アゼルバイジャン(Republic of Azerbaijan )は、カスピ海(Caspian Sea)と南コーカサス(Transcaucasia)に位置する共和制国家です。南はイラン(Iran)とアルメニア(Armenia)、北西はジョージア(Georgia)とロシアに隣接しています。首都は、古代都市でも有名なカスピ海に面する港湾都市のバク(Baku)です。
私がこの国を知ったのは2009年頃です。イリノイ大学(University of Illinois)の友人がこの国の大学に客員教授として招かれました。彼から電話で「今ジョージアにいる」というのです。私はてっきりアメリ南部のジョージア州からの電話だと思いました。彼からの電話は、かつてグルジア(Gruziya)と呼ばれていた国、ジョージアからでした。
第一次世界大戦後の1918年10月にチェコスロバキア共和国(Republic of Czechoslovakia)として独立します。第二次世界大戦後の共産主義時代には重点的に工業化され,軍需産業や重工業が発展します。1989年11月のビロード革命(Velvet Revolution)後,1993年1月にチェコとの連邦を解消し,スロバキア共和国として独立します。チェコとスロバキアが平和裏に分かれたの形容して「ビロード離婚」(Velvet Divorce)とも呼ばれます。「欧州への回帰」を目標に2004年3月にNATO加盟し、同年5月にEU加盟を果たします。さらに2009年1月からユーロを導入します。
外交面でも内政面でも日本では余り知られていない国がヨーロッパにあります。その一つがスロバニア(Republic of Slovenia)です。首都は人口29万人のリュブリャナ(Ljubljana)です。中央ヨーロッパの地図を見ますと、大国に挟まれ歴史的にさまざまな変遷を辿ってきたことが伺える国がスロバニアです。
オーストリア共和国(Federal Republic of Austria)は、中部ヨーロッパの内陸に位置し、南はドイツ(Germany)、イタリア(Italy)とスロベニア(Slovenia)、西はリヒテンシュタイン(Liechtenstein)とスイス(Switzerland)、北はドイツとチェコ(Czech)、東はハンガリー(Hungary)とスロバキア(Slovakia)とに隣接しています。
スイス連邦(Swiss Confederation)の面積は、4.1万平方キロメートルといわれますから九州と同じくらいの広さです。首都はベルン(Bern)、人口は850万人位です。永世中立国(permanent neutrality)として知られるのがスイスです。1815年にオーストリア帝国の首都ウィーン(Vienna)において欧州の列強が参加してウィーン会議(Congress of Vienna)が開かれます。その席でスイスの永世中立が承認されます。
マルタの人々の特徴は、新約聖書の使徒行伝(Acts of the Apostles)28章で、使徒パウロ(St. Paul, the Apostle)が記述しています。彼は紀元2年に宣教の途中、マルタ島に漂着します。そこでマルタの人々から暖かいもてなしを受けるのです。その影響のせいでしょうか、マルタの人は旅人への暖かさ、親切さ、寛容さで知られているといわれます。
サンマリノ共和国(Republic of San Marino)はバチカン市国と同様、イタリアの中に国土を構える国です。イタリア中北部アドリア(Adoriatic)海岸近くのエミリア・ロマーニャ州 (Emilia-Romagna)、マルケ州(Marche )のペーザロ・ウルビーノ県(Pesaro e Urbino)との間に位置しています。面積は約61平方km、これは東京の山手線の内側と同じくらいの広さといわれます。世界で5番目に小さい共和制国家です。
現在世界で唯一、家名が国名になっているのがリヒテンシュタイン(Principality of Liechtenstein)です。建国は1719年ですから、創設301年を迎えるそうです。リヒテンシュタインは、中央ヨーロッパに位置する立派な立憲君主制国家です。面積は南北に25キロメートル、東西に6キロメートルで、香川県の小豆島とほぼ同じという広さです。周りはスイスとオーストリアに囲まれています。
これから数回にわたり、ヨーロッパに位置するミニ国家を散策することにします。最初はアンドラ公国(Principality of Andorra)です。この国があまり知られていないのは当然のことです。スペインのカタルニア地方(Catalonia)とフランスに挟まれたピレネー山脈(Pyrenees)の山間に位置し、国土面積は金沢市程度しかない小さな国だからです。
地図を見ると地中海の東端、トルコの南、シリアの西に浮かぶのがキプロス島です。世界遺産の遺跡が点在する長い歴史を持つリゾートの島にあるのが、キプロス共和国(Republic of Cyprus)です。首都ニコシア(Nicosia)は、オスマン(Ottoman)トルコからの侵略を防ぐ城壁が残る都市です。世界でただひとつの2つの国に統治される首都という珍しい街です。国連がコントロールする緩衝地帯「グリーンライン」(Green Line)と呼ばれる境界線が街のなかにあるとあります。
ポルトガルは、日本人にとってヨーロッパの歴史を学ぶ時には、身近に感じる国です。それは、種子島にポルトガル人によって鉄砲が伝来したこと、ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)という探検家がアフリカ南岸を経てインドへ航海した記録に残る最初のヨーロッパ人であることを学ぶからです。このインド航路の開拓によって、ポルトガル海上帝国の基礎が築かれたというのですから、ガマの貢献は偉大というしかありません。
ポルトガルといえば思い出すのは探検家であり航海者だったヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)です。記憶しやすい名前です。ヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した最初のヨーロッパ人と呼ばれています。インドに到達したのは1498年といわれます。さらに1500年には、インドを目指したペドロ・カブラル(Pedro Alvares Cabral)がブラジルを発見し、ポルトガルによるアメリカ大陸の植民地化が進んでいきます。