お金の価値 その十四 ワイマール共和政のハイパーインフレーション

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 ワイマール共和政の経済状態に触れる前に、インフレーションのおさらいをしておきます。現在、長い間デフレといわれている日本では、身近な日用品や食品、料理品、サービス、ガソリン、電気やガスなどが値上がりしています。この主たる理由は、円安による輸入価格の値上がりや賃金の上昇が原因といわれます。このような円という通貨が安くなるために起こる物価上昇を「コスト・プッシュ・インフレーション」(cost push inflation)と呼ばれています。インフレーションは、国民の総需要が総供給量を上回り物価が上昇すること現象です。しかし、原材料や仕入れ価格、輸送費の上昇を販売価格に上乗せせざるを得ない供給側の問題が現在の「コスト・プッシュ・インフレ」なのです。

hyper inflation on street

 前述のように国民の需要が供給を上回り物価が上昇するがインフレーションです。このことを「ディマンド・プル・インフレーション」(demand pull inflation)といいます。需要(ディマンド)が物価の上昇を誘因するインフレという意味です。この「ディマンド・プル・インフレ」は、賃金の上昇などによって消費者の懐が温かくなり、商品が少々価格が高くても手に入れたい状況のことです。景気が好調な時に起こる現象です。2%位の物価上昇は健全な状態といわれています。

 一般的にコスト・プッシュ・インフレは「望ましくないインフレ」、ディマンド・プル・インフレは「健全なインフレ」と認識されています。現在の原材料や仕入れ価格、輸送費の上昇によって起こっている物価上昇は、「望ましくないインフレ」なのです。

 これまで世界には、いろいろな経済的な危機に見舞われています。その例を二つ紹介します。第一は、1918 年から1933年までのドイツ国家、ワイマール(Weimar)共和政のハイパーインフレーション(hyper inflation)です。ドイツは第一次世界大戦に敗れ、1919年6月に、戦勝国であるフランス、アメリカ、イギリスと、連合国が被った損失と損害に対する責任を実質的に認めるベルサイユ条約(Treaty of Versaillesに署名します。この条約による戦争費用の請求書である賠償金額は、今日の換算で約4,400億ドル、65兆円という額に達しました。この巨額の負担は、ドイツが敗戦後の再建を図る際の大きな経済問題になります。全海外領土と本国の13%を失い、ラインラント(Rhineland)の占領と非軍事化が実施されます。ドイツは賠償の支払いに滞ると、1923年1月にフランスが賠償不払い問題を口実にベルギーとともにルール地方(Ruhr area)の占領に踏み切ります。この占領は、ルール地方は石炭の産出で知られ、工業も盛んな地帯であったからです。

Hyper Inflation with children

 1923年に、ワイマール共和政の通貨パピエルマルク(Papiermark)の価値の暴落が起こります。パピエルマルクとは、「紙のマルク」という意味で、1万マルク紙幣のことです。第一次世界大戦の戦費の負担と、敗戦により課された巨額の賠償により、通貨が乱発されて価値が大幅に下落したのです。マルクの購買力が半日で半分から3分の1になり、賃金や給与は支給直後に物に替えなければならなくなりました。

 小売業や農民は価格上昇を見越して売り惜しみ、物々交換のみに応じるようになります。田舎では豊作にも関わらず、農家がどんな代価を払っても紙幣を受け取ることを断固、拒否したため、収穫は田畑に残ります。食料を手に入れられず、町は飢えて子どもの栄養失調や餓死が続出したといわれます。店舗にはものすごい行列ができ、人々はお金を手に入れるとすぐに、物価が再び上昇する前に、狂ったようにお金を使い始めす。食事をしに行くと、注文してから会計までの間に費用がかさんでしまうことも珍しくなかったといわれます。一般庶民は貯蓄を失なう状態となります。
 
 アダム・ファーガソン(Adam Ferguson)という経済学者は、ワイマール・ドイツにおけるハイパーインフレの原因と現実の姿を次のように記述しています。

「昼夜を問わず、国内の30の製紙工場、150の印刷会社、2,000台の印刷機が働き、紙幣の猛吹雪を絶え間なく増大させ、その下で国の経済は消滅した。」

「カフェーでビールを一杯注文するにも、慎重な人は初めから二杯目を注文しておく。多少なまぬくくなるかもしれないが、その間に値段が上がってしまうといけないからである。」

Carrying money

 ハイパーインフレとなれば、こうした状態になるという例え話です。1922年中には1ドルが162マルクから700マルクまで暴落し、1923年10月のハイパーインフレのピーク時には、1ドルで4兆2,000億マルクが買えるという天文学的数字を記録します。商品の価格は1日あたり21%上昇し、政府は100兆マルク紙幣を導入しました。給料をもらったり、お金を運んだりするのは事実上不可能で、手押し車、かご、スーツケースが必要だったようです。価格を計算して紙幣を数えるのに数分かかる有様になったといわれます。

 1923年10月にザクセン(Saxony)に左翼政府が誕生し、共産党が革命計画を進め、11月にヒットラーによるミュンヘン(Munich)一揆が起こります。同年10月に政府はようやく発行限度を持ち、全産業である農業や商工業の保有資産を担保として、レンテンマルク(Rentenmark)という銀行券を発行します。1レンテンマルク=1兆マルクの比率で回収し、以降は紙幣発行による赤字財政を中止します。これによりインフレは沈静化し、レンテンマルクは安定した通貨価値を持つことに成功するのです。当時この現象は「レンテンマルクの奇跡」と呼ばれます。

 その間、国防軍の力で各地の反乱を鎮めるとともに、経済復興を望むアメリカと革命化を恐れるイギリスの助けを借りて、1924年8月にドーズ案(Dawes Plan)を締結して、賠償問題を暫定的に解決し、ドイツはようやくハイパーインフレを乗り切るのです。ドーズ案とは、アメリカ人の銀行家であるドーズ(C. G. Dawes)が提案したドイツの賠償の支払金額減額による解決案です。賠償不履行による賠償問題は、大戦後の平和にとって不安定材料として懸念されていたのです。ドーズ案は1924年に成立し、アメリカからドイツに多額の資本が流入します。その後、1925年7月にフランスはルール地方から撤退します。
(投稿日時 2024年10月31日)

お金の価値 その十三 インフレーションとハイパーインフレーション

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

ハイパーインフレーション(hyper inflation)は、物価上昇率が非常に高い状況、さらにその上昇率が加速していく状況のことです。数値による定義は様々ですが、フリードリッヒ・ケーガン(Friedrich Kagan)という経済学者は、ハイパーインフレーションを「月間50パーセントの以上のインフレ率」と定義しました。また、別の学者は、「3年間で累積100%以上の物価上昇」とも定義しています。

インフレーションとは、「膨らんだ状態」という意味です、アメリカの南北戦争時に戦費調達の臨時処置として発行した紙幣の通称が「グリーンバックス」(greenbacks)です。紙幣の裏面が緑色であったのでこう呼ばれました。この紙幣の発行量の膨張に伴って、物価が著しく騰貴したことからインフレーションという用語が定着したといわれます

物価が上昇すると、通貨の流通速度が増します。通貨の購買力が急速に低下するので、誰も通貨をあまり長く持たないで、すぐ使った方がよいという世相になります。明日になると同じ通貨で買えるものが減ってしまうので、賃金は月払いではなく日払いを求めるといった状況も生まれます。現在の日本では、お金をすぐ使わないで貯金しておこう状態です。インフレーションではなくデフレなのです。

アイザワ投資大学より引用

最も一般的なインフレーションの尺度は消費者物価指数(CPI; Consumer Price Index)と呼ばれます。消費者物価指数とは、全国の世帯が購入する財やサービスの価格の変動を測定する経済指標のことです。消費者物価指数は次の簡単な式で表せます。
消費者物価指数(CPI)=(比較時の費用/基準時の費用)×100

例として、一年前に300万円だった物価が今年は315万円になったとしますと、300万円/315万円×100で、消費者物価指数は105となります。

多少のインフレーションは望ましいことであると主張したのが、イギリスの経済学者ケインズ(John Keynes)です。彼は、インフレーションは名目収益を増やすことになり、債務返済を容易にすることで、投資の促進に役立つといいます。その一つの例は、アメリカで1974年に、多額の学生ローンを抱えて大学を卒業した人々は、カーター(James Carter)政権の1970年代後半のインフレーションに感謝したといわれます。というのは、ローンの返済額は名目で固定されていたので、インフレーションによって名目賃金が多かれ少なかれ増えたために、返済が楽になったのです。私も日本育英会、今の日本学生支援機構から借りたローンの返済で同じ経験をした一人です。住宅ローンを固定金利で持っていた庶民が、適度のインフレーションを期待するのと同じことです。

ケインズは、消費を直接的に増やす財政支出政策が最も効果があると主張した学者です。彼の有効需要創出の理論を提唱します。有効需要とは、貨幣の支出に伴って市場に現れる需要のことです。ケインズはは不況時は政府が財政出動し、過剰な生産に応えられるように有効需要を創り出すべきと説いたのです。彼の理論が、大恐慌に苦しむアメリカのルーズベルト大統領(Franklin Roosevelt)によるニューディール政策(New Deal)の強力な後ろ盾となったのは有名です。ニューディール政策により、大規模なダム・道路建設工事などの公共事業をとおして失業者に仕事を与えました。

John M. Keynes

インフレーションとは、物の価格の上昇による貨幣の購買力の低下を意味します。ほとんどの西側諸国や日本はわずかなインフレーションを望んでおり、年間目標を約2%に設定しています。その理由は、消費と企業活動を奨励するという考えからです。ケインズが予測したように、供給が需要に追いつかないときは、供給を促すための投資が必要だという論理です。

後述するドイツ、ワイマール共和国政府は、物の価格の上昇は、紙幣をもっと印刷するだけでこの問題が解決すると把握していたようです。当時の通貨であるドイツマルクに対する対外的信認がなくなり、金融市場での借り入れがほぼ不可能になったため、紙幣の発行と経済不況は悪循環となっていきます。紙幣の印刷の問題は、適度なインフレーションか、制御不能なインフレーションにつながりかねないということです。ドイツマルクに対する対外的信認とは、賠償支払いをドイツマルクで果たそうとしたドイツに対して、フランスなどが「マルクでは駄目だ、ループルとかポンドで払え」ということです。というわけでどの国も、次稿で紹介するワイマールのような事態にならないように通貨の発行や信認に注意を払っているのは当然です。
(投稿日時 2024年10月30日)

お金の価値 その十二 消費税の増税

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 現在、消費税の増税や減税について議論されています。この議論は、しばしばその長期、短期的な影響についての両面から注目されています。まず注目しなければならないことです。それは消費税の増税は、消費者の負担増や景気に及ぼす影響と家計への負担を中心とする経済政策に影響を及ぼすことです。増税によって消費者の購買力が一時的に低下する可能性があり、その結果、全体の消費活動が抑制されることが懸念されます。消費の減少は、生産、雇用、所得の低下につながり、結果として経済全体の成長に悪影響を及ぼす可能性があるのです。なお、消費税は間接税です。所得税とか相続税、入湯税などは直接税といわれます。

軽減税率

 家計にとっては、消費税増税は直接的な影響を与えます。日常生活で必要とされる商品やサービスの価格が上昇することで、家計の生活費は増加します。特に、低所得者層や固定収入の家庭では、消費税増税による負担の割合が収入に占める割合が大きくなりがちです。これは、所得が低いほど消費に占める税負担の割合が高くなる逆進性の問題と関連しています。消費税減税や廃止は、こうした問題を解決する方策となるかもしれません。消費者の買い控えは経済全体の成長を妨げる要因となり得ます。

 次に消費税増税の持つメリットです。増税による歳入の増加は、全世代が恩恵を受ける社会保障制度の持続や高齢化社会における医療や介護の資金源となります。また若い世代への教育や子育て支援などにも貢献します。消費税は、いうまでもなく消費者が商品やサービスを購入する際に課せられる税金です。消費者が負担し事業者が納付します。その収入は景気の変動に比較的左右されにくいという特徴があるといわれます。経済状況が変動しても国民の基本的な生活必需品や日常的に利用されるサービスは不可欠であるがゆえに、国民は消費税を黙認し、税収が大きく落ち込むことが少ないのです。

 消費は、国民の実質所得に影響を受けます。総務省が10月5日に発表した5月の家計調査があります。それによりますと、2人以上世帯の消費支出は29万328円と物価変動の影響を除いた実質で前年同月比1.8%減少で、マイナスは2カ月ぶりとあります。その要因として円安の影響で海外旅行が伸びなかったこと、物価高が響いて食料の支出も減ったとあります。消費支出の3割を占める「食料」は3.1%減ということです。消費税が増税されると、この総消費の減少傾向は一段と続くことが容易に予想されます。全面的な消費税の廃止が難しいのであれば、食料品や生活必需品に限って消費税を廃止するのです。ヨーロッパでは「付加価値税」とか「外形標準税」として課税されています。イギリスでは食料品など生活必需品はゼロ税率であり、フランスでも軽減税率適用です。軽減税率とは特定のものを買う場合のみ税率を軽くすることです。

海外の消費税

 厚生労働省が10月8日に発表した「毎月勤労統計調査」では、1人当たりの基本給などにあたる所定内給与は、2023年の8月と比べて3.0%増加し、31年10か月ぶりの高い伸び率となりました。一方で物価の変動分を反映した実質賃金は、物価の上昇に賃金の伸びが追いつかず、昨年8月に比べて0.6%減少しました。実質賃金が上昇しても物価の上昇が続く限り、消費は増えないのです。実質賃金とは、労働者が実際に受け取った給与(名目賃金)から、消費者物価指数に基づく物価変動の影響を差し引いた指数のことです。実質賃金の減少は、当然消費の低下につながります。消費の減少は消費税の低下になり、国の歳入が減ることになります。

 このような状況で、もし消費税増税が実施されれば消費者は購入を控え、全体として国の税による歳入は減ると考えられます。そうすると、いわゆるプライマリー・バランスを達成するために、国の政策の執行に使われる支出も制限されるのは間違いないことです。プライマリー・バランス、つまりに政策的な経費を税収で賄おうとする考え方、そのものが問題なのです。プライマリー・バランス、つまり財政健全化の指標とはデフレを続ける財政方針なのです。
(投稿日時 2024年10月29日)

お金の価値 その十一 国債の種類

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 国債には、数多くの種類があります。財務省のWebサイトによれば、大まかに二つの国債があるといわれます。その中でも知られているのが普通国債です。その例は、建設国債、特例国債、復興債、脱炭素成長型経済構造移行債、子ども・子育て支援特例公債、そして借換債です。建設国債とは、財政法第4条第1項にある、公共事業費、出資金及び貸付金の財源を調達するためのものです。特例国債は別名赤字国債と呼ばれ、税などによる歳入が不足すると見込まれる場合に、公共事業費等以外の歳出に充てる財源を調達するものです。例えば、社会保険制度や年金制度で保険で賄えない場合に、赤字国債で補填するといったことです。復興債は、東日本大震災からの復興のための施策に必要な財源のつなぎとして発行されています。子ども・子育て支援特例公債は「子ども・子育て支援法」に基づき、財源を確保するまでのつなぎとして、2024年度から2028年度まで発行されるものです。

国債は国の債券

 借換債は、普通国債の償還にあてる公債です。毎年度多額の国債償還の満期がやってきます。こうした国債のすべてを償還して終わるのではなく、多くは再度国債を発行して借り換えるのです。ここで知っておくべきことは、借換債によって、国の債務が増加するわけではありません。例えとして家計でいえば、借金を返済するために、新たに借金し、前の借金を返すということです。借金額が変わらず長く続くだけのことです。

 かつては赤字国債の発行にあたり毎年度、国会の議決で特例法を制定していました。それでは手続きが煩雑で時間がかかるので、2012年度の途中からは複数年度にわたり適用される特例法に基づいて特例公債が発行されるようになりました。現在は、特例公債の発行期間を2021年度から2025年度までの5年間とし、一般会計の歳出の財源にあてています。個人向け国債については、額面1万円から、1万円単位で、新窓販国債については、額面5万円から、5万円単位で購入可能です。国債は、市場で売買される金融商品なので、満期前でも売却し、換金することが可能です。

 再度申し上げますが、国債の償還等の経理を行う国債整理基金特別会計では、毎年度多額の国債の満期がやってきます。このとき利払い費を含めて国債のすべてを償還して終わるのではありません。多くは再び国債を発行して借り換えるという措置をとります。これを借換国債といい、通常は借換債と呼ばれています。このように借換債の発行によって、国の債務は借り換えという措置によって、増えることはないのです。

昭和の戦時国債

 財務省のサイトによれば、日本では、歳出と歳入の乖離が広がり借金が膨らんでおり、受益と負担の均衡がとれていない状況だと言っています。日本経済をオオカミ少年のように「危ないぞ、危ないぞ」と言っているようなものです。現在の世代が自分たちのために財政支出を行えば、これは将来世代に負担を先送りすることになるというのです。これは本当でしょうか。国の借金は国民の借金ではありません。財務省はさらに「社会保障の給付と負担の不均衡状態をはじめ、借金返済の負担が先送りされることで、将来の国民が社会保障や教育など必要なものに使えるお金が減少したり、増税などによって負担が増加する恐れがある」とも言っています。「社会保障の給付と負担の不均衡状態」になるのは、防衛費の増大などによって生まれるのです。

 財務省は国の借金について次のように解説しています。
 「借金が膨らむと、自由に使えるお金が少なくなってしまい、大きな災害などによって多くのお金が必要となった場合に、すぐに対応できなくなってしまう恐れがあります。」 「国の財政状況の悪化により、国が発行する国債や通貨に対する信認が低下すると、金利が大きく上昇したり、円の価値が暴落して過度な円安になってり、物価が急激に上昇するなどのリスクがあります。」

 こうした借金財政に対して、財務省は長らく「税制健全化」ということをうたい文句としています。それは2025年度に国と地方をあわせたプライマリー・バランス(primary balance :PB)を黒字化すること、そして債務残高対GDP比の安定的な引き下げを掲げています。プライマリー・バランスとは、税収や税外収入から国債の元本返済や利子の支払いに充てられる費用などを除いた歳出との収支を表す指標で、「基礎的財政収支」と呼ばれます。つまり、「収入と支出のバランス」のことで、社会保障や公共事業に代表されるような行政が行うサービスにかかる経費を、消費税等の税収で賄えているかどうかを示しています。

 PB黒字化の達成のために、増税案などが叫ばれています。政府は2022年末に、防衛力の抜本的な強化のための防衛費増額とその財源確保を決めました。その財源には法人、所得、たばこの3税で2027年度までに1兆円強を賄う増税策が含まれました。しかし、増税を通じた財源確保について、自民党内から予想以上に強い反発が出たため、2022年末の与党税制大綱には、防衛増税の実施を盛り込むことができませんでした。未だに「財源はどうする?」と問うマスコミに対して、言い訳に苦心する政治家、財務省の官僚がいます。そして結局は増税論議になるのです。通貨発行権のある国の政府にお金の制約はないのです。

 政府は、自民党内部からの強い反対によって、2024年度には、増税をしないと決め、さらに定額減税実施の方針を決めました。増税による恒久財源確保ができない場合は、防衛費増額を見直しているのです。その場合、赤字国債の発行による防衛費の財源確保の可能性があります。このように国債は、プライマリー・バランスによる「税制健全化」方針の論議にいつも登場する話題です。通貨発行権のある国の政府にお金の制約はないと思うのです。もの・サービスの供給能力が問題であってデフレの中、インフレーションを懸念しては事は始まらないのです。
(投稿日時 2024年10月28日)

お金の価値 その十 国債発行と日露戦争

注目

Last Updated on 2024年12月26日 by 成田滋

最近、NHKが制作した「坂の上の雲」が再放送されています。司馬遼太郎の歴史小説も素晴らしいのですが、ビデオからも日露戦争の緊張が伝わってきます。この戦争は日本の命運を賭けた一大事件ともいえるものです。なぜ日本がヨーロッパの大国ロシアを相手に戦いを挑んだのかです。当時、日本には戦争を遂行するだけの国力や財があったのかを知りたくなります。調べていくとそこには国債の発行を巡るユダヤ人と日本との関わりがあったことがわかります。

「坂の上の雲」から

 アジアにおける帝国主義は、とりわけ日本とロシアの関係に緊張をもたらします。当時日本は、日清戦争によって朝鮮半島と遼東半島などを支配していました。帝政ロシア=ツァーリは満州や朝鮮への進出を企て、日本の権益とぶつかることが懸念されており、ロシアとの戦争を予想していました。しかし、欧米列強にくらべ日本は経済力でも軍事力でも大きく立ち遅れていました。そのためには戦時国債として1,000万ポンドを調達する必要がありました。当時、国債を国内で引き受ける力はなく、外国に引き受けを求めたのです。

高橋是清

 日銀副総裁であった高橋是清が外債募集のためアメリカに渡ります。ですが、どこも公債を引き受けるところがありません。次に日英同盟が結ばれていたイギリスにわたり、そこでユダヤ系のアメリカ人銀行家であったジェイコブ・シフ(Jacob Schiff)に会います。クーン・ローブ商会 (Kuhn Loeb & Co.) の上席パートナーであるシフが5000万ポンドの戦時国債引き受けることを申し出てくれます。さらにシフらの支援を受けて、残り500万ポンドの国債もイギリスの金融機関から引き受けて貰うことになりました。こうして日本は戦時国債を発行することができました。なおシフは全米ユダヤ人協会の会長職にありました。

 シフらが2億ドルの融資を通じて日本を強力に資金援助したことで、日本の勝利とロシア革命による帝政ロシア崩壊のきっかけをつくったといわれます。以後日本は3回にわたって7,200万ポンドの公債を募集、シフはドイツのユダヤ系銀行やリーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)などに呼びかけ、融資が実現します。結果として日本は勝利を収め、シフは一部の人間から「ユダヤの世界支配論」を地で行く存在と見なされるようになったといわれます。シフは、もし帝政ロシアが敗北すれば、革命にしろ改革にしろ、ロシアはよい方向に進むであろうと考えていたようです。ともあれ戦費調達の成功は、高橋是清の財政政策の手腕によるものだったといわれます。

 シフは第一次世界大戦の前後を通じて世界のほとんどの国々に融資をしてきたといわれます。さらにシフは1917年にレーニン(Vladimir Lenin)、トロツキー(Leon Trotsky)に対してツァーリ打倒のための資金を提供してロシア革命を支援したともいわれます。ついでですがトロツキーはユダヤ系ロシア人でした。

Jacob Schiff

 Wikipediaによれば、シフの日本に対する融資の理由は、ロシアでのユダヤ人迫害といわれるポグロム(pogrom)に示されるツァーリによる反ユダヤ主義(Anti-semitism)に対する批判であったようです。特に1903年、今のモルドバ(Republica Moldova)の首都であるキシナウ(Kishinev)で発生した大規模なキシナウ・ポグロム(Kishinev pogrom)にシフは唾棄し痛烈な非難を向けたといわれます。

 日本を帝国主義列強の一つに押し上げた日清・日露戦争期に、国債は大きな役割を果たしました。特に日露戦争では軍費を賄うために83%が公債・借入金で調達され,約15億8000万円の公債が発行されたといわれます。そのうち約8億円は英国通貨ポンドでの公債となり、こうした外資導入は日本の命運を左右する重要な契機となりました。日露戦争が終わり、1905年のポーツマス条約の締結によって南樺太が日本に割譲されます。これにより国策によって大勢の移住者に混じって筆者の父方の成田家、母方の吉田家も南樺太へ移住します。そんなわけで私は樺太生まれです。
(投稿日時 2024年10月18日)

お金の価値 その九 バランスシートの意味

注目

Last Updated on 2024年10月17日 by 成田滋

 家計の場合、毎週、毎月の家計簿によって、支出が増えたとか預金が減ったとか、を調べることができます。ですが家計簿では、資産がどのくらいで、ローンなどの負債や純資産がどのくらいなのかはわかりません。そこに登場するのが、家計の財務状態がどうなっているかを示すバランスシートとか貸借対照表です。政府や企業の場合、このバランスシートは財務のバランスがとれているかを表す大事な帳簿となります。

 家計に戻って、投資のために銀行から借り入れて貯蓄を増やそうとします。それによって利益を得たとします。借入金があること自体には問題がないのですが、利益に比べて借入金が多い場合は行き詰まり、貯蓄が減ってしまいます。投資信託や株、為替で損をしたという話がこの状態です。株の場合、投資の対象として適しているかを判断する際には、財務の状態がバランスをとれているか否かを調べるのが基本なのです。以下、ある家計のバランスシートの記載例です。

家計のバランスシート

企業のバランスシート

 純資産とは資産と負債の差のことです。借方と貸方の等式を維持するための調整を行う残余変数とされています。このようにバランスシートとは家計簿では分からない家計の財政状況がわかります。企業などの場合はもっともっと複雑で、借方と貸方の区分けは難しいのですが、資産と負債の基本を理解できるならば、特定の企業の株を購入するか否かの判断材料とすることができます。

 資産とは、個人や会社が集めたお金をどのような状態で持っているのかを示します。資産は現金、預金、受取手形、売掛金、有価証券など、1年以内に現金化することが出来る「流動資産」と、土地、建物、機械など長期間保持する投資有価証券などの「固定資産」とに分けられます。負債とは、返さなければならない個人や会社のお金を表すもので、他人資本とも呼ばれています。負債も資産と同じく、1年以内に返さなければいけない「流動負債」と、1年を超えて返さなければいけない「固定負債」とに分けられます。

ストックとフロー


 
 国には、企業会計における貸借対照表や損益計算書は存在するかという問いですが、財務省において、企業会計の考え方を活用して国全体のフローとストックの財務状況を一覧で開示する「国の財務書類」を作成し公表しています。フローとは、一般家庭の家計においては、ある決まった期間の収入や支出のお金の流れ、 ストックとは、過去からある時点までの蓄積された量のことで、貯金、家や土地などの資産のことを意味します。家計に関してはフローとストックという用語は使いませんが、バランスシートの考え方と応用は役に立ちます。

 最後に、福澤諭吉の「学問のすゝめ」にある一句を紹介します。「もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。例えば、いろは47文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤の稽古、、、、」。福沢の言う「帳合いの仕方」こそが今のバランスシートのことだと思われます。
(投稿日時 2024年10月16日) 成田 滋

お金の価値 その八 銀行の機能と「信用創造」

注目

Last Updated on 2024年10月13日 by 成田滋

 銀行は三つの機能を有するといわれます。ほとんどの人は預金のために銀行に口座を持っています。銀行は集めた預金を他に貸し出して経済を活性化しているのです。それによってわずかですが、預金者に利息を払うのです。銀行は、こうした預金業務を請け負う「金融仲介機能」を行っています。これが第一の機能です。

 次に銀行は口座からの自動引き落としによって公共料金やカード支払いを引き受けるサービス業務を請け負っています。これは為替業務といわれ「決済機能」です。私と同様にアメリカの大学で勉強していた子どもたちの学費のために、為替業務を通して送金していました。当然手数料が発生しましたが、実に便利な決済でした。

日本銀行

 銀行の三番目の機能は「信用創造」(credit creation)というものです。この機能は少々わかりにくいですが、流通している通貨の量を増やす働きがあります。これが「信用創造機能」です。もっといいますと、集められた預金を他の人や企業に対する貸し出し業務によって通貨が増える仕組みのことです。貸し出しは融資ともいわれます。銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額の何倍もの預金通貨をつくりだすことを「信用創造」といいます。

 「信用創造」のからくりは次のような例で説明できます。Aさんが民間銀行に100万円を預けます。次にこの銀行はBさんに90万円を貸し出すとします。Bさんはそのまま90万円を預けます。そうするとこの銀行にはAさんの預金100万円とBさんの90万円の預金残高があることになります。100万円のお金が190万円になっているのです。銀行は現金で貸し出すことはしません。その代わりにBさんに口座を作ってもらい、その口座に90万円と書き入れることでお金を貸し出すのです。これが「信用創造」の考え方です。

 「信用創造」は社会全体の通貨量を増やすことによって、経済活動を円滑にするという役割を持っているといわれます。別な見方をしますと、融資活動が活発な時は、通貨が増え、それによって経済活動も好調になるといえます。つまり、銀行から融資を受けた者はそれによって新規に工場を建て、商品の生産にまわしたりしながら供給活動を活発にすることができるのです。銀行が融資するだけで、預金は創造されるのでしょうか。政府が支出するだけで、日銀の準備預金は創造されるのでしょうか。答えはイエス、まるで錬金術や詐欺のようですが、「信用創造」とはこのような仕組みなのです。

信用創造

 もう一つの「信用創造」に関する説明です。銀行に100万円の預金があるとしましょう。ただ、銀行は100万円の紙幣を金庫に保管しているのはありません。銀行のコンピュータ上に100万円というデータがあるだけです。ですからキーボードをたたけば、いくらでも貨幣を造り出すことができるのです。世の中の通貨には現金と預金から成り立っています。ですがほとんどのお金は預金というデータです。私たちが5万円を紙幣で税務署で納税するとします。そのお金は政府預金に50,000とデータ入力して5万円が加わります。政府は5万円という紙幣を使って支出にあてるのではありません。データ入力した50,000の1万円札5枚は紙幣はシュレッダーにかけてよいのです。なお、政府預金とは、日銀に持つ当座預金のことです。

(投稿日時 2024年10月14日)  成田 滋

お金の価値 その七 為替取引のはじまり

注目

Last Updated on 2024年10月12日 by 成田滋

 古今東西、物の取引には通貨が介在します。対面のときは特にそうです。しかし、遠方と遠方の取引ではそうはいきません。そこで人々はいかに取引するかを工夫していきます。中世に入ると、遠隔地間の売買を決済するのに、現金の輸送ではなく、手形という書類によって決済するすることが盛んになります。これが「為替取引」です。

 日本で最初の為替取引は、「替米」であると言われています。「替米」とは、手形のことで鎌倉時代には御家人が鎌倉や京都で米や銭を受け取る仕組みとして利用されたといわれます。言うまでもなく手形とは一定期間後に現金化できる証書のことです。

替米

 13世紀後半になると、「替米」に代わって「割符」が登場します。「割符」も手形のようなものです。割符の由来は、当事者同士が別々に所有し、後日その二つを合わせて証拠としたという意味があります。商取引が発展し為替取引が活発化すると、手形の発行と支払いを専門とする割符屋が現れます。現在の銀行のような為替業務をする商売です。

割符

 戦国時代になると、大名の命令によって、武田信玄の甲州金や豊臣秀吉の金貨、銀貨などが次々と鋳造されるようになります。甲州金は、甲斐国などで流通した貨幣です。武田領国では黒川金山や湯之奥金山などの金山が存在したので、こうした貨幣が鋳造されたと記録されています。秀吉が作った金貨は「天正長大判」とか「天正菱大判」といわれます。江戸時代になると、徳川家康によって全国統一の貨幣として、金貨、銀貨、銭貨の三貨が鋳造されました。これが全国で通用する鋳造貨幣の誕生といわれます。

天正長大判


 家康が鋳造した三貨のうち、江戸や上方を中心として東日本に流通していた金貨と銭貨は「計数貨幣」であったのに対し、大坂を中心として西日本に流通していた銀貨は「秤量貨幣」でした。「計数貨幣」は、額面価格と貨幣の枚数で価値が決まり、「秤量貨幣」は重さで価値が決まるものです。こうして金貨と銀貨の両替とか交換のために「相場」が生じます。

 両替は、時期などによって相場が変化する変動相場となっていたことから、手数料を取って両替をする両替商というのが生まれます。両替商は、両替以外にも、商人や大名、そして幕府などを取引相手として、預金の受入れや、手形の発行や決済、貸付や為替取引など各種の金融業務を広く営むようになります。こうして両替商は現在の銀行業務と同じような役割を担っていきます。わかりやすくいえば、空港などで外貨の両替を行う店舗とか窓口のことと思えば良いでしょう。

 江戸幕府や諸藩は財政上の不足を補うために御用金を徴収しました。御用金とは、町人や農民らに対して臨時に上納を命じた金銀を指します。体裁としては臨時の借上金であり、利払いと元本返済の約束がされていたので、現在の国債の元となったといわれます。

 Wikipediaによりますと、日本における最初の紙幣は、戦国時代に伊勢国で発行された山田羽書(やまだはがき)といわれます。伊勢国は昔から伊勢商人の拠点として知られていました。特に伊勢神宮の門前町であった伊勢山田は日本各地に営業網を持つ伊勢御師の拠点でもありました。伊勢御師とは、「お伊勢参りの仕掛け人」で、広告を出したり、参拝案内や宿泊などの世話をする神職のことです。伊勢御師が彼らの営業網を利用して一種の私札である山田羽書を発行して各地で流通させたといわれます。伊勢参りのために使われたのが山田羽書というわけです。山田羽書は後にどこかで現金化されたはずです。

 さらに藩札という紙幣が発行されます。その直接的な狙いは紙幣発行と引き替えに正貨を得て藩の財政難を救うことにありました。藩札は、幕府が発行する金貨や銀貨、銅貨と交換できるという約束のもと、基本的にはその大名の治める藩内で通用しました。銀貨が必要な場合、大名らは強制力を用いて紙幣と引き替えに銀貨を回収し、住民には紙幣を使用させたのです。そして諸藩は、領内の主要な地点に藩札会所を開設し、印刷用の版型などを管理します。印刷は領内で行い、領内外の富商・富農、両替商などを藩の用達商人を札元として指定し、彼らの信用によって紙幣を流通させていきます。

 このような紙幣の発行によって、時には社会に混乱を引き起こします。時の為政者は、藩札の兌換を巡る取り付け騒ぎや一揆、打ちこわし、信用の裏付けの弱い紙幣の流通、小判の純度の引き下げという改鋳に苦慮したようです。いわば、悪貨は良貨を駆逐する事態が起こったのです。徳川吉宗は経済失策の原因が金融引き締めにあるとは見抜けず、質素倹約という緊縮財政を強いたことが知られています。市中に出回る通貨が減る状態です。江戸の経済を活性化するためには、倹約とか引き締めではなく、財政支出の増大によって需要を喚起し、人々を働かせて生産を高めることが必要だったのです。

John M. Keynes


 質素倹約の様相を現代社会にあてはめてみましょう。私たちは貯蓄を増やそうとします。そのためには支出を減らす努力をします。物価が上がる世相ですから、できるだけワケありのものを選ぶとか、買え控えするのです。そうすると総消費や国民所得は減ってしまいます。そのことにより企業は減産し、賃金を引き下げ、従業員を解雇し、それゆえ家計の所得は減っていきます。つまり、失業した人々が減らす貯蓄と消費を削った人々が増やす貯蓄が等しくなったときには、全体としての貯蓄、つまり金融資産は増えないのです。これが経済学者ジョン・ケインズ(John M. Keynes)の有名な「倹約のパラドックス」(paradox of thrift)です。
(投稿日時 2024年10月12日) 成田 滋

お金の価値 その六 電子マネーの普及

注目

Last Updated on 2024年10月10日 by 成田滋

 最近、現金を使う機会が少なくなりました。これまでは、銀行や郵便局、コンビニから現金で振り込みをすることが多かったのですが、最近は全くそうした振り込みをしなくて済むようになりました。自宅でパソコンやスマホで決済するのです。買い物もクレジットカードで済ませ、電車やパスに乗るときは全国交通系ICカードを利用します。このカードも残金が少なくなると、紐付けされている口座から自動的にチャージされます。ただ、交通系ICカードはシステム更新に費用がかかるので近々廃止され、クレジットカードのタッチ決済やQRコード決済に取って代わられます。

 現金をデータ化し、電子データをやりとりすることでキャッシュレスで買い物ができるのが電子マネーです。電子マネーはアプリやクレジットカードと紐づけて、キャッシュレスで買い物ができるサービスです。電子マネーは現金での支払いでは得られないお得なポイントがたまるという利点もあり、急速に利用が進んでいます。店のレジにあるリーダーにクレジット・デビット・プリペイドをタッチするだけ。サインも暗証番号も不要なので便利です。

Bit Coin

 最近、ビットコイン(Bitcoin)やペイパル(PayPal)といった「暗号資産」が話題となっています。もともと法令上、「暗号資産」は「仮想通貨」と呼ばれていましたが、現在は「暗号資産」へと呼称が変更されています。基本的なことですが、暗号資産は、中央銀行によって発行された法定通貨ではありません。つまり通貨としての裏付け資産を持っていないのです。円とかドルでの決済には銀行などの第三者が介入しますが、暗号資産は銀行の介入はありません。「交換所」や「取引所」と呼ばれる暗号資産交換業者がいて、入手・換金することができます。こうした業者は、金融庁で登録を受けなければなりません。

 ここで一つの質問です。ビットコインで納税できるのでしょうか。答えはノーです。なぜかというと、暗号通貨は主権通貨でないからです。主権通貨とは、国が、排他的に法的にコントロールする権能を有する通貨のことです。米ドル紙幣の表面には、「この紙幣は公的及び私的なすべての債務に対する法的な支払い手段である」と表記されています。日本銀行券にはこうした但し書きは見当たりません。銀行券は主権通貨として確立しているから言わずもがななのでしょう。

 暗号資産は、法定通貨と同様に物やサービスの対価としてやり取りすることが可能な仕組みとして、高い注目は集めてはいます。利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にある点には注意が必要なようです。利用者の需給関係などのさまざまな要因によって、暗号資産の価格が大きく変動する傾向にあることを理解する必要があります。私は暗号資産の口座を開いたことはありません。

Credit card in Korea

 ペイパルなどの暗号資産は、基本的に銀行と資金の受取り手の媒介として機能しています。ペイパルのアカウントには銀行口座からの引き落とし、クレジットカードによる前払いによって資金が集められています。このように預金口座はクレジットカードを提供している銀行の背後に存在しているといえます。

 2024年7月に韓国のソウルへ行ったときです。一番驚いたことは電車でもパスでも博物館でも喫茶店でもクレジットカードやデビットカードが使えることです。韓国通貨ウオンを使うことは全くありませんでした。この上もなく便利な旅でした。これまでのような現金による決済は、韓国でもインターネットなどの通信ネットワークを利用しての電子取引に代わっています。注意すべきことは、成りすましでアカウントを不正に利用される可能性があることや、操作ミスによって間違った商品を注文してしまうことなどです。現金決済とは全く違うことに留意したいものではあります。
(投稿日時 2024年10月10日)  成田 滋

お金の価値 その五 小切手とカード

注目

Last Updated on 2024年10月8日 by 成田滋

 1977年から1983年頃にウィスコンシン大学で留学していたときのエピソードです。まず大学に着いて最初に行ったことは地元の銀行に現金を持参して口座を開設したことでした。そうすると銀行から100枚綴りの小切手帳が渡されました。そうしてアパートの家賃の支払いなどから小切手を使い始めることになりました。

 新学期が始まるので、授業料を支払いにいきますと、大学からは、「現金での授業料は受け取らない、小切手で支払うように」との指示でした。その理由は、多額の現金を口座から引き出すのは不便であり、収受には間違いが起こりやすいというのです。国際ロータリークラブからの奨学金も小切手で渡されました。それもって預金口座に入れました。

小切手

 毎日、買い物をするときは小切手で支払います。もちろん現金での支払いもあります。電気代などの請求書の支払いには、小切手を会社に郵送するのが一般的です。実は今も小切手全体の4分の3がアメリカで切られているのですが、他のどの国も小切手は普及していないといわれます。日本もしかりです。クレジットカード決済を生み出し、暗号資産を生み出したアメリカで、今も古風な小切手が使われているのはなぜでしょう。小切手が最も普及している国が、クレジットカードを発明し、ペイパル(PayPal)やアップルペイ(ApplePay)を生み出し、メタの暗号通貨リブラ(Libra)を考え出した国であるというのは不思議な現象といえそうです。

 1970年代は、日本ではクレジットカードの利用は一般的ではありませんでした。「インターナショナルカード」というカードが発行されたのは1978年の日本ダイナースクラブです。当然ですが当時私はクレジットカードなるもの持っておりませんでした。今も、日本でのカードの利用率は低いといわれます。スーパーマーケットでのカウンターでは、ほとんどの人が現金で支払うのを目にします。カードの信認度の低さとカード利用率の低さには因果関係があるといわれます。我が国でカードの利用が少ないのは、カードを使えるところが少ないからなのか、それとも人々がカードを使いたがらないからでしょうか?カードの価値は、それがどこで使えるか否かによって決まるのだと思われます。田舎の小さな店での買い物ではカードは使えません。

Apple Pay

 日本は世界に比べてカードが普及していません。その理由は正札が精巧で偽札が少ないことに関連しているようです。偽札が出回ると現金でのやりとりのとき、本物かどうかで点検することになり、やりとりでいやな雰囲気になりかねません。その一例を紹介します。私が沖縄からウィスコンシン大学に留学するとき、那覇東ロータリークラブの役員だった方よりお餞別として100ドルを貰いました。100ドル札です。あるとき、買い物でそれを使おうとすると、店員がしげしげと見て、「店長と相談するので待って欲しい」というのです。店員は始めて100ドル札を見たにちがいありません。そして偽札と疑ったのでしょう。小切手やカードはその心配がないので、現金より利用することが多いのです。それに引き換え、日本のお金は安心して使えるという風土や文化が国民に定着しているので、小切手やカードはあまり普及しないようです。

Debit Card

 デビットカードとクレジットカードが最も利用されているのが韓国です。このことを前稿で申し上げました。カードの利用と同時に銀行口座から引き落とされる即時払い方式がデビットカードです。基本的には一括払いのみで、口座残高の範囲内でしか利用できないため、お金の使いすぎを防ぐことができます。他方、後払い方式で、一定期間内に決済した金額が毎月決まったタイミングにまとめて引き落とされるのがクレジットカードです。1回払いだけでなく、分割払いでの支払いや、利用件数や利用金額にかかわらず毎月一定額を払うリボ払いも可能です。

 小切手の話題に戻りますが、アメリカ人が小切手を好む理由は、他の支払いの選択肢と比べたときの小切手の魅力にあるからなのでしょう。スーパーマーケットでは、小切手をきって現金に換えることができるほどです。このように小切手がアメリカで便利なのは、それが受け入れられ、それを管理する法的枠組みがあり、そして同じくらい重要なことに、それが文化の一部となっているからだと思われます。支払い方法での選択肢がある他の国々で、小切手がほとんど使われていないのはなぜなのか、これは興味ある話題です。私の見立てでは、日本人は小切手は現金という通貨よりも信用がないと思っているからです。本来小切手は通貨のはずなのですが、その信認が低いのです。

 先日親戚の葬儀に行ってきました。そのために銀行に出かけ口座から札を引き出し、新品のものだけを選んで香典袋入れて持参しました。不便きまわりないことでした。これも日本古来の伝統なのかと諦めるとともに、小切手の便利さを思い起こした次第でした。
(投稿日時 2024年10月7日) 成田 滋

お金の価値 その四 国債は国の借金

注目

Last Updated on 2024年10月5日 by 成田滋

 日本政府が発行する債券は「日本国債」と呼ばれます。これが国債です。通常国債は銀行で売買されます。日本の場合は日本国内での個人向け売買や金融機関が運用を目的に購入するのが主流です。他国の国債は国際間で売買されることが多く、日本も他国の国債を大量に保有しています。特にドル建の国債を多額に所有しています。国債を大量に持っているとその国と外交交渉するときに有利ですし、貿易などでのドル建ての決済に必要な資金となります。円高の時に購入したドルを円安になったからといって全部売却するのはドル建ての決済で困るので、おいそれと売買できないのです。外国債はその国がデフォルトすると回収できなくなってしまうというデメリットはありますが、ドルやユーロの場合は強固な通貨ですから債務不履行、すなわちデフォルトの心配はほとんどありません。

昔の国債

 国債は国の借金と言いましたが、自国で国債を売買している場合にはデフォルトは起きません。外国に国債を買ってもらっている場合は、返済できないと国際問題になります。ギリシャやスペインは国債を外国に引き受けてもらっているため、自国の通貨で返済できないので困ったのです。かつて、国債は用紙に券面を印刷して発券されていましたが、2003年1月から始まった「振替決済制度」によりペーパーレス化が進みました。この制度では国債を紙で発行しないことや売却や購入などの取引内容が口座情報に記録されることが法的に明確にされました。

 財務省のサイトには興味ある記述があります。それは「国民1人当たり1000万円の借金」であるというフレーズです。この借金を孫の代までにも背負わせてよいのか、という言葉です。ここで肝心なことは、「国の借金」は「国民の借金」ではなくて日本政府の借金なのです。この政府の借金をあたかも国民がこれから税金を支払って返さなければならないようなフレーズになっているのです。これは大きな間違いで、決して国民が返済したり、負担したりするものではありません。財務省はこのようなフレーズを使って、借金は良くない、通貨をむやみに発行してはいけないのだというのです。「国民1人当たり1000万円の借金」というのは、「借金額を国の人口で割ってみただけの数字」なのです。国債は借換債という国債で返却されます。国民の税金で償還するのではありません。

GDP比の債務残高

 ここで間違ってはいけないのは、政府の借金は家計の借金とは全く異なるということです。家計では、借金は自分でいつか返さなければなりません。自分で紙幣を刷ることは許されていないの反して、政府には子会社である日本銀行には貨幣発行という能力があるのです。この通貨発行権があるため、借金を期限内に必ず返済することができるのです。ですから国の借金と呼ばれる政府債務は大変でも何でもなく、日本の財政破綻といった可能性は全くないのです。

 繰り返しますが政府・日銀には日本円の政府の債務はほぼすべて円建てなので、債務不履行に陥ることはありません。海外で起こるデフォルトの話は、デフォルトした国は、外貨を持たないために支払いができない状態なのです。適正な量の国債発行は、「信用創造」という日銀が有する「貨幣を生み出す」機能を指します。信用創造とは、銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額以上の預金通貨をつくりだすことをいいます。創造される信用貨幣の量は日銀の準備預金制度に依存していますので、過度な発行は控えられるのは当然です。ちなみに準備預金制度とは、市中銀行の預金の一定割合の額を中央銀行に預け入れさせる制度のことです。この預金は当座預金となり利息はつきません。

 ところでWikipediaによりますと、21世紀に入ってからの各国の負債の増加を見ると2001年=100とし、2015年時点のデータでは、英国が429、米国338、日本は163とG7の中で最も増加率が低いのです。G7の中で最も借金を増やしていないのです。この状態が望ましいかどうかです。この負債とは国債のことです。国債は、需要と供給を促進するための投資です。日本は投資をしない「ケチケチ国家」ともいえるのです。

 今、日本は震災や天災に備えなければならない状態です。国土強靱化が叫ばれています。そのためには、膨大な資金が必要です。震災や天災が起きてからの復興は大変なことです。もっと事前に強靱化を進めておけば被害を少なくすることができるのです。防災庁の設置ということが新内閣で言われています。そのためには、大量の資金が必要となります。もしかしたら、防災国債などが生まれるかもしれません。防災税などといった増税は論外です。

 「ケチケチ国家」を進めるのが、プライマリー・バランス(PB)の黒字化と債務残高対GDP比の安定的引き下げを掲げてきた財務省だといわれています。PBとは、財務省の見解によれば、「社会保障や公共事業をはじめ様々な行政サービスを提供するための経費を、税収等で賄えているかどうかを示す指標」といわれます。財務省は、税収でさまざまな政策的な経費を賄う財政健全化目標を掲げています。受益と負担のバランスを保つというのがプライマリー・バランスといわれます。つまり、消費増税などによって黒字化するという方針であり、国債という赤字をだす政策には反対しているのです。いざというときに、国債の信認が下がると償還が困難になりデフォルトになり、国家の信用を落とすことになりかねないと財務省は懸念するのです。

財政収支のイメージ

 G7の国債の5年以内のデフォルト確率を比較する興味あるデータがあります。それによりますと日本は0.33%とG7諸国中ドイツに次いで2番目に低いのに対し、英国は0.70%と日本の2倍以上の水準に達しています。このようにデフォルト確率が低いのは、日本国債に対する信認が高いからだというのが定説となっています。

 税収でさまざまな政策的な経費を賄う財政健全化目標というのは、「ガラパゴス化した日本の財政政策」だと揶揄されています。これが財政金融政策や経済の正常化を進める上での支障となっているといわれる所以です。経済活動が活性化しない状況が続くのは、プライマリー・バランスを堅持しようとする政府の施策にあるようです。
(投稿日時 2024年10月5日)  成田 滋

お金の価値 その三 「欲しがりません、勝つまでは」

注目

Last Updated on 2024年10月3日 by 成田滋

 戦時中の通貨発行の経緯は貨幣を考えるヒントを与えてくれています。政府は、国威発揚のために新聞報道をとおして国民から「国策標語」を求めます。「強化標語を公募し、以つて一億国民蹶起の合言葉となし。御賛同の上、御後援賜はり度」というのが大手の新聞に載ったといわれます。いわば戦争遂行のための国民決意を表す標語です。全国から多数の標語が集まったようです。その中には、「ぜいたくは敵だ」、「すべてを戦争へ」、「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」などに混じって次の標語も選ばれます。「胸に愛国、手には国債」です。

戦時中の国策標語の一つ

 戦費の調達のために、国は多額の国債を発行します。戦時国債と呼ばれる財政出動です。国債発行とは、通貨の発行のことです。国債によって市場に通貨を供給し、工場を建て武器を製造することを促すために発行したのです。国債によって原材料を買い入れ武器を製造するために国民を雇います。国民はそれによって収入を得ます。国債とは、このように供給と需要を大いに刺激するのです。収入が増加すると所得税が政府に入ってきます。しかし、肝心の生活に直結する品物は作らず大いに不足するのです。この状態を示す標語が「黙つて働き 笑つて納税」です。収入を需要にまわすと商品の価格が上昇し、下手するとインフレーションが起こります。戦時中ですから政府はインフレーションといった混乱を歓迎するはずがありません。

「欲しがりません、勝つまでは」

 「欲しがりません、勝つまでは」という標語も同じことです。国民に我慢を強いて、戦争を遂行したかったのです。こうした我慢や倹約という行為は、どの国でも奨励していたのです。例えば、戦時中のアメリカでは、車を一人で利用する事は隣にヒトラーを乗せている事と同じだ、という論調がありました。また自家用車では相乗りを推奨しました。缶詰を兵器に使えるようにと金属を倹約するように奨励されたこともあるくらいです。働かない国民には、兵器工場で働いて尽くすように勧めたともいわれます。「我々は標語に“触発”されたというより“抑圧”、“支配”された」という回想記も残されています。

 このように、程度こそ違いますが、戦時においてはどの国でも国民に戦争を他人事と思わせず、倹約に努め勤労にいそしむように奨励したのです。国の巨大な国債発行とは、輪転機をぐるぐる回し過ぎることです。当然通貨の価値は下落し、物価が上昇して資産が目減りしたのが戦時中の国債です。そして国民の持つ債券は大きく下落したのです。このようなインフレというリスクを国民に伝えなかったのが戦時内閣でした。

(投稿日時 2024年10月3日) 成田 滋

お金の価値 その二 輪転機を回して紙幣を刷る

注目

Last Updated on 2025年2月2日 by 成田滋

北海道大学時代に「貨幣論」という授業を受けたことがあります。そのとき、どんなことを学んだかはほとんど記憶がありません。ただわずかに記憶に残ることは、輪転機を回して紙幣を刷りすぎると物価が上昇し、社会が混乱するということです。そのからくりは理解できるのですが、どの位の紙幣を発行するかのさじ加減はどのように決めるか、という質問を教授に出すことができませんでした。

 最近、岩井克人という学者の 『貨幣論』を読んで貨幣の興味ある話題に触れることができました。筆者は、貨幣は共同体的な存在であるいうのです。人々は貨幣を使うことによって貨幣共同体の構成員となり、貨幣共同体は貨幣が未来永劫にわたって存在し続けるとの期待によって存続するというのです。別な言い方をすれば、1万円札に1万円の価値があるのは、人々が皆そう信じているから、ということです。「他の人々もこの紙切れを1万円の価値があると思って取引に応じてくれる」という期待が壊れれば、1万円はただの紙切れになってしまういます。一例として、アマゾン川の原住民から果物を買おうとしてドルや円紙幣をだしても買えません。原住民はその価値を知らないからです。

紙幣印刷機

 以上のような現象は、戦後間もなく起こった50銭紙幣が紙切れになったのと同じで、人々がその50銭の値を信じなくなったからです。貨幣が貨幣でなくなるハイパー・インフレーションが起こったのです。Wikipediaによりますとハイパー・インフレーションとは「通常のインフレを超え、通貨が信用を失ってしまったときに起こりうる状態」と説明されています。

しかし現在の日本の経済状態をかえりみますと、物価上昇で庶民を苦しめています。このインフレのような状態は、コストプッシュインフレと呼ばれ、ロシアのウクライナ侵略やガザ戦争による物流ルートの遮断や航空輸送の制限により、輸送コストが増加することで起こる特異なインフレです。通常のインフレとは、需要と供給のインバランスが原因となるのです。コストプッシュインフレは、通貨の信用問題ではありません。

Benjamin Franklin

 さて1万円紙幣は広義の中央銀行の債務証書とされます。中央銀行とは国ー政府のことです。逆にいえば、国民は1万円の資産をもっているということです。もし政府が債務の返済を履行できない、いわゆるデフォルト状態になれば、国は滅びることを意味します。しかし、そうした事態にならないのは、国は債務を返済する力、すなわち徴税能力を持つからです。いざというときは、税金によって負債を返済できるのです。しかし、実際には徴税によって負債を解消するのではなく、借換債という国債を発行して返済するのです。このように国債を発行し続けることでデフォルトは起きないというのが正しい理解なのです。

(投稿日時 2024年10月1日) 成田 滋

国政選挙の予測 その九 戦略とキャンペーン

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

日本の国政選挙とアメリカの大統領選挙キャンペーンには、いろいろな違いがあります。その一つは、資金の集め方です。現在日本では、政治家個人への献金は原則として禁止されており、政治家に献金する場合は、一政治家が一つだけ指定できる資金管理団体や候補者の後援会などを通じて献金することになります。日本国籍を持つ個人のみ献金が可能で、一政治団体に対して年間150万円迄の政治献金が認められています。これが選挙資金の中心となります。こうして党に寄せられる政治献金などをもとにして、党より公認されると候補者へ選挙資金が配られます。

 アメリカでは、組合などは政党や政治家へ直接献金することが禁止されているため、PAC(Political Action Committee)という政治資金管理団体を設立して資金を調達し、それを通じて政治献金を行なっています。特定の候補者に属して選挙活動を行うPACへの献金は、一人当たり年間5000ドルに制限されています。献金すると税制上も優遇されるため、主に富裕層からの政治献金の受け皿となっています。マイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツが今回の大統領選で、民主党候補のハリス副大統領の支持に回り、5000万ドル(約75億円)を民主党のPACに寄付したといわれます。

 アメリカ大統領選挙戦をみますと、集まった献金を使ってテレビCMやSNSなどで他の候補を中傷する「ネガティブキャンペーン(negative campaign)」に用いるなど、特定の政党や候補者への批判や支援につながっている場合が多いようです。例えば、相手を誹謗するような、堕落した(corrupted Joe)、眠りこける(Sleepy Joe)、不正な(crooked Hilary)、変人(weirdo)、精神異常(mental collapse)、精神病質(psychopat)といった言葉遣いです。ネガティブキャンペーンは日本の選挙でもしばしばなされていますが、個人の人格などへの批判や攻撃は少ないです。

Harris vs Trump

デジタル・メディア・コンテンツの台頭
 今日の選挙戦の一つの特徴は、これまで以上にデジタル・メディア・コンテンツが台頭してきたことです。ある調査によれば、テレビの生放送を見る時間は減っています。録画番組を視聴する時は、CMを飛ばすのが常です。全国向けのテレビにおける候補者討論会の生放送でも、視聴しなかった者は若年層に顕著だったようです。投票しそうな有権者の1/3がテレビ生放送は見ないとか、映像を見る際にも45%人々が見ているのは、テレビ生放送以外の内容ともいわれます。少し古い統計ですが、2012年のバラック・オバマ(Barack Obama)とミット・ロムニー(Mitt Romney)による大統領選挙におけるテレビ選挙広告は30億ドル市場といわれ、依然として大手マスメディが広告の最大の出資先となりました。ただどれだけの有権者が選挙広告を見ているかは調査しなければなりませんが、、、

ポジショニング
 トランプは2017年1月の大統領の就任演説において、「何も行動をしない政治家とワシントンDCから権力を奪い、忘れ去られた国民にその権力を取り戻す」と宣言しました。この言葉には彼の選挙戦略が凝縮されています。
I will take power away from inaction politicians and Washington DC and give it back to the forgotten people.

 トランプは自らを「成功した起業家で、過去に政治・行政における一切のキャリアを持たない、史上初の米国大統領候補」という立場を鮮明にしました。あらゆる共和党内候補や民主党候補のビル・クリントン(Bill Clinton)から自らを差別化したといわれます。他の候補者を「不誠実(dishonest)で堕落した(corrupted)候補」として攻撃する一方で、自分自身をその対極にある、「正直(honest)で成果を創出する(entrepreneurial)変革者(change agent)」と自認したのです。こうしたポジショニングは、過去の大統領選挙にはない新たな戦略で、選挙の主導権争いに勝利したといわれます。奇抜な発言や政策、駆使したメディアなどがトランプの勝因だったというわけです。

 候補者は通常、支持基盤を広げるにあたって投票頻度の低い有権者と投票先が揺れる有権者(Swing Voter)の両方をターゲットに据えます。その中で、もともとZ世代を中心とする若者は民主支持が多いとみられてきましたが、トランプ陣営も若い男性に支持を広げ、2024年10月25日現在では予断を許さない情勢だといわれます。トランプ陣営はこのところ投票頻度の低いZ世代に重きを置いているようです。最近は時給20ドルで若者を雇い在宅訪問などによって、ヒスパニックなど白人以外の有権者へも働きかけているといわれます。しらみつぶしのドブ板の選挙戦ともいえそうです。

メディアの活用とポピュリズム
 資金が豊富なハリス陣営はトランプ陣営と対照的に、より幅広い有権者層で票を獲得しようとしているといわれます。選挙イベントや登録推進活動を通じて、トランプを支持していない女性や黒人などの層を取り込む戦略を取っているといわれます。両候補が活用するメディアでも違いが見られています。トランプは、もともと若年層の支持率が低いこともあり、その改善策としてソーシャルメディアに注力しています。他方、ハリスは反トランプ派の支持を広く集めようとして、ソーシャルメディアよりも情報の伝達範囲が広いマスメディアを重要視しています。ワシントン・ポスト(Washington Post)やニューヨーク・タイムズ(Newyork Times)などの全国紙、その他ABC、CNN、NBC、CBSなどのケーブルテレビといった、いわゆる既存の大手マスメディア(mainstream media)を積極的に活用しています。

 今、アメリカでは大きな懸念がメディアに登場しています。それは「フェイクニュース」(fake new)という現象です。フェイクニュースとは「偽り」だけを意味しているのではありません。自身にとって不都合で納得のいかない、情報に対して、「デマ」というレッテルを貼る意図的な政治的な PR 情報のことです。自分に対して厳しい立場のメディアをたたく常套句がフェイクニュースです。もっと懸念することは、フェイクニュースを信じ拡散しやすいのは、自分で情報を検証したり、情報を疑ったりする資質のない人々が大勢いることです。

 我が国では、フェイクニュースはあまり話題とはなりませんが、ポピュリズム(populism)という「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル」になびきやすい層が大勢いるのです。先の東京都知事選挙で、SNSに乗ってポピュリズムに影響を受けた多くの人々の投票行動が話題となりました。各党の戦略とキャンペーンは複雑になり、有権者の選択肢も増えた反面、決断することも難しくなっています。それだけにさまざまな教育的な機会による判断力などの資質の養成が大事な時代となっています。
(投稿日時 2024年10月27日)

国政選挙の予測 その八 投票率

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

「若者の投票率はなぜ低下したのか」という津田塾大学での研究を引用してみます。若年層と高齢層の投票率の差は、日本では1970年代は10%程度であったものが、1990年代には20~30%程度、2010 年代は30~40%程度に拡大しています。若者が投票に行かなくては、ますます政治に若者の意見が反映されなくなってしまうのは確かです。なぜ若年層の投票意欲が低いかです。それには「政治的有効性感覚(Political Efficacy)」の観点が欠かせないといわれます。政治的有効性感覚とは、若者は「自分の一票に影響力がない」と感じることです。ここが高齢の有権者の意見と異なるところです。

 有権者は、自分の地域の政治的・経済的状況が変化しつつある時は、政治的有効性感覚の有無にかかわらず、投票という行動に移ると考えられています。このことは特に高齢者にいえることのようです。帰属意識の高い若者が多い地域では、若者の政治的有効性感覚が高く、多くの若者が投票に行くともいわれています。

 公益財団法人「明るい選挙推進協会」の調査によれば、「自分には政府のすることに対して、それを左右する力はないか」という質問に、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えたZ世代の割合は約7割に上っているとあります。これは一種の「政治的無力感」といえます。Z世代とは、1990年代半ばから2000年代に生まれた世代」を指します。同じ調査では、国会議員・地方議員・首長について、Z世代は「全く信頼できない」と「あまり信頼できない」と回答した割合は7割近くに達しています。

投票意欲

 アメリカの著名な政治学者であるリップハルト(Arend Lijphart)は、選挙における低投票率は問題視しなければならないと主張しています。その理由の第一は低投票率を「不均衡な投票率の結果だ」と指摘するのです。不均衡な投票率によって政治的影響力の差異を生み出していると主張します。金持ちや高学歴層などの「恵まれた人たち」はさまざまな形で政治に関与し、政治的な影響力を行使しがちです。それに対して、「恵まれない人々」は政治的な影響力をそれほど行使しない傾向があり、その結果として投票という政治参加には「階級バイアス」がかかっているというのです。

 Z世代も高齢者も含め、すべての有権者が政治に対する関心を保ち主権者としての意識を有するためには、政治に対する一定の知識も必要と考えます。こうした必要性は、若者に対する学校教育にとどまらなく、有権者となった人々に対しても、継続的な主権者教育への機会を提供し、政治に対する知見をさらに深めることを目指すべきでしょう。
(投稿日時 2024年10月26日)

国政選挙の予測 その七 地域の人口動態

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 各地の過疎地域は、山間部や離島などを中心に日本全国に広がっています。全国の市町村の約半数が過疎の問題を抱えており、日本面積で言えば、国土全体の6割弱の割合となっています。人口の減少とともに、税収が減少し行政サービスの廃止や有料化が起こります。人口が減少し過疎化が進むと、必要な人口規模を確保できなくなり、金融機関や病院、飲食店、小売店などのサービスが縮小や撤退につながる可能性が起こっています。

廃校

 それにもまして、気掛かりなことは、コミュニティが希薄化することです。人が少なくなると消費需要が減少し、地元の商店や飲食店も廃業に追い込まれる場合も見られます。商店街がなくなれば、買い物の利便性が低下するだけでなく、住民同士の交流の場も失われてしまいます。

 さらに、地方から流出した人口が都市部へと集中することで、都市部の「過密化」が進みます。都市部は、地方からの労働人口が増え、政党の岩盤層と呼ばれる者の票と若年層を中心とする浮動票とに分かれると思われます。高齢者は概して、保守政党の大事な基盤ですが、若年層はどのような将来設計を立てれるかによってどの政党を選ぶか、あるいは政治に無関心になり投票率が下がることが予想されます。

寂しい商店街

 若年層が都会にやってくると、まずは仕事探しで苦労します。多くの場合、非正規雇用者として仕事に従事しがちです。働く機会がないため非正規労働に就いているのです。賃金が低く、社会保障や福利厚生面で不利な立場にあるため、生活安定や将来への不安が高まります。家を待つとか結婚するなどの夢は大分先のこととなります。企業にとってみれば、非正規雇用者を雇う場合、安い賃金で雇用できますが、人材育成が進まない、業務が限られる、そして従業員が定着しないという課題に直面します。

 デフレといった一種の社会不安が続くならば、有権者の投票行動へも影響します。ましてや裏金事件や裏公認料の配布などによる政治不信が高まるときは、人口動態の如何に関わらず選挙結果に影響すると予想されます。
(投稿日時 2024年10月26日)

国政選挙の予測 その六 経済や景気動向

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

内閣府のサイトによりますと、今や日本経済は、緩やかなデフレの状態にあると報道されています。そのデフレの要因は、(1)安い輸入品の増大などの供給面の構造要因、(2)景気の弱さからくる需要要因、(3)銀行の金融仲介機能低下による金融要因、の3つがあげられるというのです。私なりに以上の3つの要因は次のように解釈してみます。

第一の「安い輸入品の増大などの供給面の構造要因」とは、安い輸入品の増大によって、国内の原料を使った製品の製造価格が上がり、そのため価格も高くなり売れないということです。ブランド品とかは高くても売れますが、一般の消費者にとっては高値の花ということになります。

第二の「景気の弱さからくる需要要因」とは、実質賃金の上昇が緩やかなために、消費者はモノやサービスを買え控えに走り、需要が供給よりも低くなる状態のことです。需要が高まらないと生産という供給も滞り、企業は製造を抑制するなどして受益が下がるのです。

物価上昇率

第三の「銀行の金融仲介機能低下による金融要因」とは、預金などの資金を借り手や企業に貸し出すことで、資金の流れを仲介する役割です。こうした金融仲介機能を発揮することで、お金を経済の血液として循環させ、地域や経済を活性化することができるのです。しかし、モノを供給する企業の内部留保が増え、銀行の企業への融資などの金融仲介機能が振るわないために、経済の好循環が滞るのです。銀行には、質の高い金融商品とかサービスを提供するといった積極的な金融仲介業務が期待されているようです。

AIによりますと、日本経済の景気回復は、2024年度後半から2025年度にかけて緩やかに進むと予想されています。実質GDP成長率は2024年度は+0.6%、2024年度は+1.1%、そして消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)は2024年度は+1.9%、2025年度は+1.4%と予想されています。物価値上げの伸びが落ち着くことで、実質賃金がプラスに転じ、個人消費は緩やかに増加すると予想されています。

新聞などは、AIの予測のように持続的に下落するデフレの状況から潮目が変わってきたとも報道されています。賃金は物価の伸びに追いつかず物価が上がっていても、賃金が上がっていれば大きな問題とはなりません。ですが日本全体で見れば、賃金の上昇率は物価の伸び率を下回っています。物価上昇を考慮に入れた賃金のデータは「実質賃金」と呼ばれています。日経新聞によりますと、2024年4月の実質賃金は前年同月と比べて0.6%減っています。減少は22カ月連続です。このような状況にあっても、消費税増税とか社会保険料の値上げという声が与党や一部の野党から何故でるのかが理解できません。

実質賃金と名目賃金

現在、与党内では2025年度の基礎的財政収支、いわゆるプライマリーバランス(PB)の黒字化目標が大きな焦点の一つとなっています。つまり、2025年度PB黒字化目標を堅持し、財政規律を維持する財政規律派と、2025年度PB黒字化目標を見直すことで、財政出動の余地を広げることを主張する積極財政派との対立が続いています。この対立を国民はどのように受け止めるかが選挙結果に表れると思われます。
(投稿日時 2024年10月25日)

国政選挙の予測 その五 メディアの多様化

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 最近のいろいろな報道は放送や新聞メディアの他に、SNSといったインターネット上で人々がつながり、コミュニケーションや情報共有を行うためのプラットフォームが頻繁に使われています。インターネットの活用は今後ますます広がり、やがてインターネットでの電子投票も進むかもしれません。投票形式が多様化すると、投票率もアップすることが期待されています。しかし、電子投票に躊躇するのは、高齢者などの支持が強い与党とか一部の野党です。電子投票は家や職場から投票できるのですから、本来ならば投票所が遠い田舎に住む人々にとっては便利なはずです。ですが、これにより投票率が高まると、それを歓迎しない党があるので、未だこの方法は実現していないのです。新しいことをやりたがらないのが今の行政です。それでもインターネットの利用は今後もますます浸透するので、時代の趨勢に逆らうことは困難になるでしょう。

ポスター掲示板

 今年の都知事選挙で大いに支持を伸ばした候補者がいました。SNSを大いに駆使してそれまで浮動票といわれた若者などに支持されたといわれます。実際は、今回の国政選挙でもYoutube上での政見放送やPRが盛んに行われています。こうした手法は、今のNHKで実施されている各党の政見放送よりははるかに、視聴者が高いと思われます。紙などのチラシを配布するという方法はやがて廃れていくでしょう。候補者のポスターを貼る掲示板もやがては姿を消すはずです。ポスターでは候補者の政策が全くつたわらないのです。時代遅れな手段といえましょう。改正公職選挙法では、「政治活動、例えば新聞紙又は雑誌による広告、テレビ、ラジオ等による政治活動は、選挙運動期間中、誰でも自由に行うことができる」に加えて、「インターネット上でのすべてのメディアで政治活動を行うことができる」となりました。

選挙七つ道具

 「インターネット等を利用する方法」とは、「放送を除く電気通信の送信により、文書図画をその受信をする者が使用する通信端末機器の映像面に表示させる方法」です。改正公職選挙法第142条の3第1項にウェブサイト等を利用する方法も規定されています。具体的には、インターネットのほか、社内LANや赤外線通信などであっても、「インターネット等を利用する方法」に含まれるとされました。

 インターネット上では、各地の街頭演説の様子が映し出されています。全国の街頭演説の様子がわかるのですから実に便利な時代になりました。候補者がどんな考えで政策を訴えているのかが机上のパソコンやスマホ画面でわかるのです。このようなテクノロジーは、高齢者や僻地に住む人々に大きな恵みとなるはずです。

 選挙運動用の自動車からの候補者の連呼行為は実にうるさく、迷惑な行為です。政策などは全く語られず、ただただ候補者名を連呼するだけです。選挙事務所の看板類では、「ちょうちん1個及び立札・看板の類を通じて3個」といった笑いがでるようなことが規定されています。こうしたアナログの規制は、時代遅れです。候補者のノボリやポスターにはQRコードなどが印刷されると、その人の訴えたい政策が有権者に伝わるはずです。しかし、こうのような提案を与党などは採用しようとしません。公職選挙法を変えるのを躊躇しているのです。それには理由があります。投票率が高くなると困るからなのです。
(投稿日時 2024年10月24日)

国政選挙の予測 その四 選挙制度とゲリマンダー

注目

Last Updated on 2024年12月20日 by 成田滋

2016年6月19日以降の国政選挙から、選挙年齢が「満18歳以上」に引き下げられました。現在の日本では、満18歳以上の有権者は全人口の80%以上を占めています。かつては選挙権はごく一部の限られた人たちだけが持てる権利でした。1890年までは、投票資格は 「満25歳以上の、直接国税を15円以上納める男子」に限られていました。その数は、全国の人口のたった1%だったといわれます。

 1994年3月4日に公職選挙法が改正され、衆議院選挙に小選挙区比例代表並立制が導入されました。それで思い出すのは、「ゲリマンダー」(Gerrymander)という巧妙というか狡猾ともいえる区割りの戦術です。選挙において特定の政党や候補者に有利なように選挙区を区割りするやり方です。本来的に、その選挙区割りが地理的レイアウトとして変わった形をしています。一選挙区から一人しか当選しない小選挙区制を採用している場合、特定の政党に投票する傾向の強い地区を分割します。別の政党に投票する傾向が強い選挙区にその分割した地区を吸収させることによって、特定の投票を無効化することができるのがゲリマンダーです。つまり、選挙区割りを変えることで一方の側に有利な選挙結果を生み出すのです。

ゲリマンダーという用語の由来についてです。Wikipediaによりますと、1812年頃マサチューセッツ州(Massachusetts)のエルブリッジ・ゲリー(Elbridge Gerry)という知事が、自分の所属する政党に有利なように選挙区を区割りした結果、幾つかの選挙区が不自然な形となります。そのうちの一つがサラマンダー(salamanderートカゲ)のような異様な形をしていたことから、ゲリーとサラマンダーを合わせた造語「ゲリマンダー」が生まれたといわれます。こうした区割りのことをゲリマンダリング(Gerrymandering)とも呼ばれます。

Gerry-Mander

 小選挙区制はこのゲリマンダーの考えを元に作られています。「日本にある全47都道府県ごとに人口比で割り当てられた定数289人の議員数の人を選挙で選ぶ」という方法です。しかし、小選挙区では一人しか当選しないので、多くの票が死票となります。それを防ぐために比例代表制も併設されています。比例代表は「全11のブロック(北海道・東北・北関東・南関東・東京都・北陸信越・東海・近畿・中国・四国・九州)に分かれた選挙区で、定数の176人を選挙で選ぶ」という方法です。

 小選挙区制のメリットとしては、以下の3点が挙げられます。「安定した政権をつくれる」、 「有権者との距離が近くなる」、 「 選挙費用の負担が小さい」。ところが小選挙区制は、支持者の多い、大きな政党にとって有利な選挙になります。そのため政権与党が頻繁に入れ替わることがなく、政局が安定する傾向にあります。また小選挙区制では選挙の活動エリアが狭くなるため、候補者と有権者1人ひとりとの距離が近くなり、向き合える時間が増えます。その結果、地元の意向をくみ取った政策を実現することができるようになります。さらに、候補者にとっては、選挙費用を安く抑えることができるというメリットもあります。小選挙区制の選挙では、選挙運動による候補者へのアピールは、選挙区内だけで済みます。したがって、活動範囲が限定的になり、選挙費用の負担も小さくなるというわけです。

 小選挙区制のデメリットは、「死票が多くなる」、「一票の格差が生じる」、「地元への利益誘導」といったことです。死票とは、選挙で落選した候補者へ投票された票のことです。得票数が2位以降の候補者に投票された多くの票は無駄になり、少数意見が反映されにくくなります。また、選挙区の人口が異なるために、有権者の持つ一票の価値が平等ではなくなってしまう「一票の格差」も深刻な問題です。小選挙区制の区割りは、各都道府県の人口に応じて決められています。

 しかしそれでも、人口の多い都市部と人口の少ない地方では、一票の価値に差が生じてしまいます。さらに、小選挙区制の選挙区エリアは小さいため、地元の有権者の支持を一定数集めることができると、当選の確率が大きく上がります。このような仕組みを利用し、地元の自治体や企業に利益誘導を行うことで、選挙区における支持基盤を固めようとする候補者が出てくることが懸念されるのです。ついでですが、アメリカの上院議員の選挙では、各州は定員が2人と定められているため、ゲリマンダーは生じません。

 衆議院では、一つの選挙区から原則3~5人を選出する中選挙区制を長らく採用してきたため、元来の意味でのゲリマンダーはほとんど発生しませんでした。その理由は、第一に人口変動が生じても各選挙区の定数を増減させることによって概ね対応でき、区割りを変更する必要性が小さかったこと、第二に各選挙区の規模が大きく、概ね市区町村などの境界に従って設定されていたため、恣意的な区割りを行う余地がもともと少なかったことからです。1980年までは「地方区」ならびに全国一円の「全国区」として固定されていました。この選挙制度の運用上はゲリマンダーの危険性は存在しませんでした。ついでですが、1983年以降は「小選挙区」と「比例区」となりました。

 地方議会では、市区町村は原則として単一選挙区とし、都道府県では原則として市・郡を基本単位として区分された選挙区です。政令指定都市は行政区を基本単位として区分されています。従って、衆議院と同様に、ゲリマンダーはほとんど発生しないといえます。
(投稿日時 2024年10月23日)

国政選挙の予測 その三 知名度や認知度

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

 先日ある選挙区での街頭演説会に出会いました。この候補は、いわゆる「裏金議員」の一人でした。聴衆は多く、歩道橋にも人が溢れるほどです。演説場所は開始前から物々しい雰囲気で、荷物チェックに多数の警察官やSPが目を光らせる厳戒態勢です。この候補は衆議院議員として長く務めますが、2024年5月の政治倫理審査会へ出席しなかったことから、世間からは説明責任を果たしていないと指摘されていました。それでも地元では非常に知名度が高いといわれる人です。

 候補者の演説を聴いていると、地元に自分がどれほど貢献してきたかを高らかにうたい、一住民として気恥ずかしくなるほどです。どうして候補者というのは、自分を過剰にPRするのでしょうか。選挙は、自分の信念や公約を有権者に訴えるものであるはずです。政治改革、経済や外交の課題についての考え方を聴衆は期待しているのです。しかし、演説は終始いかに地元で汗を流してきたかを叫ぶだけです。

街頭演説

 長らく国政を務めると知名度は絶大なはずです。なにも大袈裟は街頭演説は必要ないはずですが、どうも裏金議員の烙印を押され、おまけに公認を得られないというのですから、ご本人は必死に活動するほかないのでしょう。周りの応援演説者は地元の議員や首長で、演説内容はこれまた候補者がいかに地域に貢献したか、という話題で満載です。なにか、田舎の蛸壺のような選挙でさっぱり心に響きません。拍手をするのは、街頭演説車の前に陣取る者だけ。あとは白けたような表情の人々です。国政選挙ですから、政治とカネ、外交と安全保障、経済、少子高齢化、一極集中と過疎化、所得、物価、社会保障など、国が劣化しつつある問題などについての大所高所からの演説を期待したいのです。

 知名度とは、人、企業、ブランド、商品などの「名前」が知られている度合いのことで、 アンケートで「名前を聞いたことがある」「名前は知っている」と回答する人が多ければ多いほど、知名度が高いといわれます。しかし、一般的な知名度は大抵、マスコミらによる宣伝活動やCMなどによって操作される煽動型情報であることも多いのです。知名度より認知度が大事だといわれます。有権者や消費者が人、商品、サービスの内容や価値を理解できている度合いのことです。多額の裏金議員であるとか、ある特定の宗教団体との癒着があったという報道により、知名度は広がっても認知度や支持率とは一致しないのも確かです。投票率が知名度を反映するというのも確かです。選挙では特に重視されるのが、俗に「地盤、看板、カバン」の三バンです。このうちの看板が知名度のことを指します。

Growth of Popularity

 人気は知名度や認知度と違い、世間からの受けのことを指します。多くの人に好まれことを意味します。しかし、人気とは流行であり、その時代の嗜好をも意味します。人気が高いからといって人望があるとは限りません。「人気が一挙にガタ落ち」というのは知名度が高いといわれる裏金議員にも当てはまりそうです。

 投票日が近くなると、新聞などで当落の予想が行われますが、例えば誰が当選するかについて人気投票があるとします。この場合、公職選挙法では、選挙に関する人気投票の公表を禁止しています。ただ、調査員が面接調査をし、その結果を公表するのは、人気投票には当たらないと解釈されています。選挙期間中に、個々の選挙区の情勢記事を報じることによって、有権者の投票行動が影響を受けることは確かです。その報道により、投票に出かけるか、出かけないかは有権者に委ねられることです。
(2024年10月22日)

国政選挙の予測 その二 最新の世論調査結果

注目

Last Updated on 2024年10月20日 by 成田滋

 2024年10月に発足した石破新内閣について時事通信社が実施した調査の結果を引用します。それによると、「末期、石破政権の船出」という見出しで、「支持するは28.0%、支持しないは30.1%」とあります。調査は10月11日から14日に、全国の18歳以上の男女2,000人を対象に個別面接方式で実施し、有効回答率は58.6%で1,172人からの回答とあります。こうした結果は、衆議院の解散時期をはぐらかしたり、総裁選時の発言を翻したり、裏金議員の公認問題の対応が批判されたりしたことが有権者の回答に反映したようです。ただし、「全国の18歳以上の男女2,000人」をどのようにして抽出したかが分かりません。ここが調査結果が正確か否かの分岐点となります。

内閣支持率の推移

 次に、NHKは10月12日から3日間で行った石破新内閣についての世論調査を引用します。それによりますと、「10月発足した石破内閣を「支持するは44%、支持しないは32%」とあります。NHKの調査方法ですが、全国の18歳以上を対象にコンピュータで無作為に発生させた固定電話と携帯電話の番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行っています。そして調査の対象となったのは、5,489人で、46%にあたる2,515人からの有効回答です。

 この二つの調査結果には大きな違いがあります。支持するは28.0%と44%、支持しないは30.1%と32%という按配です。支持しないはほぼ同じ率ですが、支持するが大きく分かれていることが気になります。この違いは、一つは、1,172人と2,515人という標本数の違いと、標本の選び方にあります。時事通信社がどのようにして回答者を選んだのかが不明なことです。それに対してNHKはコンピュータで無作為に抽出したとあります。ただ時事通信社は個別面接方式で回答を得たのに対して、NHKは固定電話と携帯電話によって回答を得たことにも注目すべきと思われます。

 調査方法に関する考察です。NHKと同様に朝日新聞でもRDD方式を採用しています。RDD調査の先進国はアメリカです。ABC、 CBS、ピュー・リサーチセンター(Pew Research Center)などもRDDを使っています。電話による調査は、対面にくらべて安価で便利ではあります。ですが、携帯電話しか持たない人が増え、固定電話調査だと有権者全体をカバーできないという問題があります。これをカバレッジ誤差(coverage error)といいます。

スマートフォン保有率

 選挙調査は選挙区単位の調査となります。そのため電話番号には地域情報が必要となります。電話番号に地域の情報を持たない携帯電話に対しては調査が行えないので、地域情報を持つ固定電話に対してのRDD調査となります。少々不便で集計に際しては誤差が生じるる可能性があります。対面と電話では、どちらか正確な情報を得られるかです。私の考えでは、対面での回答のほうが電話よりも正確ではないかと思われます。

 最後に、選挙調査では、選挙の序盤より終盤の方が、回答率が高く正確な情報が得られます。これは二つの要因が考えられます。一つは、序盤調査という経験を通して、電話オペレータの電話調査でのトークのスキルが上がること、二つ目は、選挙投票日に近づくにつれ有権者の選挙に対する意識が高くなり、投票行動がほぼ確定するからです。
(投稿日時 2024年10月20日)

国政選挙の予測 その一 過去の選挙の投票率

注目

Last Updated on 2024年12月23日 by 成田滋

国内や海外でのいろいろな選挙戦が各種のメディアで報道されています。そして、選挙戦の予測が伝えられています。選挙結果予測するためには、多角的な分析が必要です。そのために必要となるのが予測のパラメータ(変数)です。パラメータに沿って、予測を裏付ける資料とか過去のデータを集めると選挙の内実が理解できます。

 予測にはいろいろな見方や立場から、様々な組織や団体が世論調査をします。調査というのは、母集団であるすべての有権者に対して行うのは不可能ですから、どうしてもサンプルといわれる標本を抽出しなければなりません。その際、人口構成から同じ比率でどの位のサンプルを抽出するかなど、最も難しい作業が待っています。

 選挙予測の正確さを期するために、次の9つのパラメータが有力でないかと思われます。すなわち「過去の選挙投票率」、「最新の世論調査結果」、「知名度や人気」、「選挙制度」、「メディアの報道」、「経済や景気動向」、「地域の人口動態」、「投票率」、「戦略とキャンペーン」です。もちろん他にもあるかもしれません。「過去の選挙投票率」から選挙の予測を考察していきましょう。

過去の選挙投票率
 過去の選挙における有権者の投票行動は、投票後の統計から分かります。これは変えようがありませんので、最も信頼できるパラメータといえます。選挙における年代別投票率とか都道府県の投票率、各党が獲得した投票率などです。投票率は選挙結果に大きく影響します。

 過去のアメリカ大統領選挙の結果を振り返ってみます。1980年の大統領選挙では 「小さな政府」 という明確な保守主義を掲げた共和党のドナルド・レーガン(Donald Reagan)が当選します。後に「レーガノミクス」と呼ばれる大幅減税と積極的財政政策を実施し、経済の回復と共に双子の赤字をもたらしたといわれます。外交面では、イラン革命やニカラグア(Nicaragua)でのサンディニスタ(Sandinista)政権成立によって親米独裁政権が失われ、この失地を挽回すべく強硬策を貫き「強いアメリカ」を印象付けた大統領です。

 その後、1989年にはジョージ・W.ブッシュ(George Busch)が、1993年にはビル・クリントン(Bill Clinton)が選ばれます。クリントンは“ニュー・デモクラット”(New Democrat)を旗印に民主党を中道寄りに導き、「大きな政府の時代は終わった」と、新しい民主党の理念を訴えて当選します。2001年には、ジョージ・ブッシュ Jr.が選ばれます。彼の支持者は、宗教的右派、社会的保守派など共和党の枠を越える保守層でした。

 2009年のバラク・オバマ(Barack Obama)の当選では、「オバマ連合」”が健在であることが明らかになりました。オバマ連合とは民主党リベラル派とヒスパニック系、アフリカ系などの少数派、さらに浮動票といわれていた若者層のことです。

 2017年にはドナルド・トランプ(Donald Trump)が勝利し、在任中の4年間は「アメリカ第一」を前面に出して政権を運営し、不法移民がアメリカの労働者の職を奪っているとして激しく非難しました。さらにTPP(環太平洋パートナーシップ)協定やNAFTA(北米自由貿易協定)についても国益にならないと否定的な見解を示して支持をえました。主に労働者の浮動票を集めて当選したのです。

 最近では2021年にジョー・バイデン(Joe Biden)が黒人や女性、ヒスパニックの支持を得て当選します。選挙戦では、こうしたマイノリティと呼ばれる人々の投票率が大きく伸びたことが分かっています。ちなみにヒスパニック系アメリカ人の有権者は、ニューメキシコ州では35%、カリフォルニア州では27%、テキサス州では21%強、フロリダ州では18%強、アリゾナ州では12%、ニュージャージー州では10%強に達しています。こうした人々の多くは浮動票と呼ばれがちでした。激戦州(Swing State)と呼ばれる州の選挙では、浮動票が選挙結果を左右したといわれます。2024年の大統領選挙戦では、過去の投票率や投票結果を参照しながら、さまざまな予測がたてられるのはお分かりのとおりです。

“Swing Vote”

 浮動票の投票行動が、どのように選挙に与えたかを描くアメリカ映画があります。2008年制作の「Swing Vote」というコメディ映画です。トレーラーハウスに住む飲んだくれの父親とその父の世話をやく小学生の娘モリーが主人公です。「選挙で投票なんかしたって、貧乏は変わらない」というダラダラの父親に対して、モリーは「自分たちの一票には力がある」と語ります。大統領選挙が近づき、モリーは同行して父親の有権者登録を手伝います。そして、投票日には自分と一緒に投票所に行くことを約束させるのです。しかし、投票前日に父親は飲み過ぎて、投票所に現れません。そこで、モリーは投票用紙を持って父親に代わり、こっそりと投票しようとするのです。この一票こそが、やがて次期大統領を決めるものとなる、という非常に真面目なストーリーの映画です。