懐かしのキネマ その2 サウンドトラック

映画には主題曲があります。サウンドトラック(サントラ)(soundtrack)で良く知られています。前回少し触れた映画「ティファニーで朝食を」の主題歌「ムーンリバー」(Moon River)は、作曲家ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancine)というイタリア系アメリカ人によるものです。ニューヨークのアパートで猫と暮らしている娼婦ホリー(Holly) は、宝石店ティファニーの前で朝食のパンを食べるのが大好きです。やがて彼女のアパートに作家志望の青年ポールが引っ越してきます。2人の愛のさや当てに相応しい甘ったるいメロディに酔いしれます。

映画「ひまわり」(Sunflower)のサントラ「愛のテーマ」もマンシーニの作曲です。1970年に製作されたこの映画は、戦争によって引き裂かれた夫婦の行く末を描いた作品で、キャストは、ソフィア・ローレン(Sophia Loren)とマルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni)。エンディングでの地平線にまで及ぶ画面一面のひまわり畑が記憶に残ります。ロマンチックなサスペンス映画のサントラ「シャレード」(Charade)も甘ったるい名曲です。「刑事コロンボ」の主題曲もあります。映画「別働隊」の主題歌「モナ・リサ」(Monna Lisa)もあります。第二次大戦中、北イタリアを舞台としたパルチザン(ゲリラ–Partisan)の活躍を描いたものでした。マンシーニの作品はどれも印象に残るものです。

1997年のアメリカ映画「タイタニック」(Titanic)の主題歌「 My Heart Will Go On」も印象に残る曲です。作曲者はジェームズ・ホーナー(James Horner)。「ドクトル・ジバゴ」(Doctor Zhivago)の「ララのテーマ」(Lara’s Theme) も趣があります。作曲はモーリス・ジャール(Maurice Jarre)です。主演は、オマー・シャリフ(Omar Sharif) とジュリー・クリスティ(Julie Christie)でした。このように映画にとってはサントラは、欠かすことのできない助演者のような存在であることがわかります。

懐かしのキネマ その1 映画雑誌 

今回から映画に関する話題を取り上げていきます。私は父の影響を受けた大の映画ファンです。父とは生前は時々観に行ったものです。最後に一緒に観たのは「戦場にかける橋」(The Bridge on The River Kwai) でした。映画雑誌、名監督、名俳優や脇役、名作映画、サウンドトラック、映画の文化などを綴ってみます。

映画はキネマ (kinema) とも呼ばれます。キネマトグラフ(kinematograph)の略字です。「キネマ旬報」という映画雑誌があります。1919年7月に創刊されて今も発行されています。名称からはレトロ趣味の感じがします。毎年、「日本映画ベスト・テン」・「外国映画ベスト・テン」・「文化映画ベスト・テン」が選出されて名画が紹介されています。最近は読者の投票でもっとも人気が高かった作品として「キネマ旬報読者賞」が作られています。今となっては懐かしい「映画の友」とか「映画情報」という雑誌もありました。シネマ(cinema) という単語もあります。同じく映画という意味ですが、この単語で思い出すのは、「シネマ‐スコープ(CinemaScope)」です。映画館で横長のスクリーンに驚いたものです。もちろん「総天然色」でした。

「スクリーン」という映画雑誌を覚えている人はよっぽど映画が好きな人です。発行が 1946年という歴史があります。洋画専門の雑誌です。カラーページなので、書店で手にとっては「観たいな、、」とつぶやきました。「スクリーン」の表紙には、しばしばオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)が登場しました。ハリウッド黄金時代に活躍した女優です。1953年の「ローマの休日」(Holiday in Rome)や1963年の「ティファニーで朝食を」(Breakfast at Tiffany’s)など、鼻から抜けるような彼女の発音は忘れられません。

アメリカの文化 その21 車社会のあれこれ

車社会の話題です。アメリカ人は、車に資産価値があるという意識は薄いようです。車とは移動手段だと割り切っています。その現れの一つは、洗車の習慣がないことです。アメリカ人は自宅で洗車し綺麗に磨くなどはしません。車内の中も相当汚れています。しかも犬を乗せて移動するとなれば、車内の中は汚くなるのは当たり前です。車検もないので、少々の傷などは問題視しません。バンパーは傷だらけです。車体を保護するためにパンパーがあるという考え方です。

ぼろぼろのしかもアンティークの車が時々走っています。見ると運転する側の床に大きな穴があいています。地面がみえ、空気が入ってきます。運転手にきくと、この穴に足を突っ込んでブレーキをかけるのだそうです。「これが本当のフットブレーキ(foot break)だ、」と笑い飛ばすのです。

フリーウェイには複数人乗っている車が優先的に走行できるレーンがあります。「Carpool」または 「High Occupancy Vehicle:HOV〕Lane」といいます。 道路に菱形のマーク(◇)がついています。通勤の際の一人乗りの車は渋滞の原因になるのです。同じ職場で働く者に相乗りを奨励する会社や役所があります。会社所有の車を提供して相乗りを奨めるのも珍しくありません。運転は相乗り仲間で週や月極で交代するのだそうです。

フリーウェイや道路が交差する地点に「YIELD」 という標識もあります。これは「譲れ」という意味です。左側から来る車が優先です。「ALL STOP」という標識は、交差点に先に入った車から通過せよという標識です。慣れるのに少々体験が必要です。このマナーを忘れると叱られます。

アメリカの文化 その20 オルガンビルダーと森 有正

パイプオルガンの話題です。北海道大学のクラーク会館に設置されるオルガン以前のことです。1965年に札幌ユースセンター教会が、ミズリー派(Missouri Synod)ルーテル教会から400本のオルガンの寄贈を受けます。オルガンの製作会社はアメリカのWalkerという会社でした。オルガンの組み立てを担当したのは、日本で最初のビルダーで鵠沼めぐみルーテル教会員の辻宏氏です。その組み立て行程を間近で見学できたのは幸いでした。このオルガンは北海道で最初に献納されたオルガンとなります。

オルガンが完成し、その柿落で招かれた演奏者は秋元道雄東京芸術大学教授です。そのときバッハ (Johann Sebastian Bach) のトッカータとフーガ ニ短調(Toccata und Fuge in d-Moll) を始めて間近で聴きました。秋元氏は東京芸術大学のオルガン科卒業後、ライプツィヒ=ベルリン (Leipzig-Berlin) 楽派のヴァルター・フィッシャー(Walter Fischer) 教授の門下生であった真篠俊雄教授に師事します。やがて、秋元氏はイギリスとドイツに留学します。そしてロンドン市立ギルドホール音楽演劇学校 (Guildhall School of Music and Drama)より全英最優秀音楽留学生賞である「サー・オーガスト・マン賞」(Sir August Mann Award)を受賞します。

その後、パリのノートルダム大聖堂 (Cathédrale Notre-Dame de Paris) での演奏会を含め数多くの演奏活動を行います。「プラハの春・国際オルガンコンクール」など多くの国際コンクールの審査員をつとめた経歴を有しています。芸大で教えながら、飯田橋にある日本キリスト教団富士見町教会のオルガニストも務めました。我が国でもオルガン科を有する大学が増えてオルガニストが養成されています。秋元氏に師事した人々が活躍しているようです。2010年1月に生涯を終えられました。

欧米では教会の大小に関わらず必ずオルガンがあります。教会堂の大きさによってオルガンも大型になります。小さな教会のオルガンは、会衆から見えるように前面や側面に設置されています。コンサートホールでは、装飾を兼ねて前面に配置されるのですが、それよりもはるかに多くのパイプが聴衆から見えない所に配置されています。その数は数千本から数万本に及びます。音階をなす数十本の笛が1組となって使われます。金管、木管の組み合わせです。この一組はストップと呼ばれます。

札幌ユースセンター教会で奉仕していたとき、哲学者でフランス文学者だった森有正が「オルガンを弾かせて欲しい」と教会を訪れたことがありました。森は明治時代の政治家森有礼の孫です。オルガンを演奏し、特にバッハのオルガン曲の奏者として優れた仕事を残し、レコードを出すクリスチャンでもありました。パリ大学東洋語学科で日本語や日本文化を教えた経験をもとに、晩年に哲学的なエッセイを多数執筆します。私も『遥かなノートルダム』という著作を持っています。「言葉と経験」という思想を『バビロンの流れのほとりにて』、『アブラハムの生涯』という本の中で強調しています。オルガンと秋元道雄、森有正をつなぐのはノートルダムのようです。

アメリカの文化 その19 Daylight Saving Time

イースターが過ぎると急速に日が長くなる気がしてきます。ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)という政治家で著述家、物理学者をご存知と思います。この人はアメリカの100ドル紙幣に印刷されています。凧を用いた実験で雷が電気であることを明らかにしたことでも知られています。意外なことに彼は、現在140か国で採用されている「サマータイム」(Daylight Saving Time: DLS)の創案者なのです。今回の話題はこの「サマータイム」です。

DLS は世界中の40%位の国々で使われています。日本は1948年に一度採用されますが、1951年に廃止となります。DLSの趣旨は、夏の太陽–日照時間をより有効に活用しようということです。アメリカでは、毎年3月14日に時計を1時間進め、11月7日に1時間戻すことになっています。最初にDLSを取り入れた国はドイツです。1916年4月30日に時間を進めたのです。それを遡る1908年に、カナダのオンタリオ州(Ontario)にあるサンダーベイ(Thunder Bay)の街でDSLを取り入れたという記録があります。

ベンジャミン・フランクリンがDSLの概念を提案したのは、1784年といわれます。アメリカの独立宣言から8年後のことです。現在使われているDSLの正式な提案は1895年になされます。その間、ニュージーランドのジョージ・ハドソン(George Hudson) という昆虫学者が2時間の時刻を早める提案をします。そしてアメリカでは1918 年に国としてDLSを採用することになります。だた、今もってアリゾナ州(Arizona)の一部やハワイ州(Hawaii)は珍しくDLSを採用しない州となっています。

DLSの評価についてです。日付けを1時間早めることにより、夕方に消費する燃料を節約できるといわれます。しかし、この考え方は見解が分かれています。さらに DLSは車を運転する時間中の交通事故や怪我を減らせることができるという研究もあります。DLSの採用によって、人によっては健康を害するという研究もあります。なんとも悩ましいDLSという慣行です。

アメリカの文化 その18 Easterと卵

「イースター」(Easter)は復活祭のことです。十字架にかけらたイエス・キリスト(Jesus Christ)が3日後に復活したことを祝う祭りです。 復活祭は年によって日付が変わる移動祝日です。基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」とされ、今年は本日4月4日となります。ドイツでは「オースタン」Osternと呼ばれています。イースター」も「オースタン」もゲルマン神話の春の女神「Eostre」やゲルマン人が用いた春の月名である「Eostremonat」に由来しています。

ギリシャ正教(Greek Orthodox)やロシア正教(Russian Orthodox)、日本正教会では復活祭のことを「パスハ」(Paskha)と呼んでいます。カトリック教会やラテン系の国では「パスカ」(Pascha)、スペインでは「パスクワ」(Pasqua)と呼ばれています。こうした語は「過越の祭り」(Passover)を意味するヘブライ語(Hebrew)が語源となっています。キリスト教における復活祭は旧約聖書時代の過越の祭りを雛形にした祝日とも推測されます。

ヨーロッパや北アメリカは、長く寒い冬が終わり、キリストの復活祭とともに春の到来を祝うのがイースターです。イースターのシンボルは生命の誕生と再生の象徴である卵と繁殖力の高いウサギ (イースターバニー Easter Bunny) です。イースターエッグが良く知られています。色とりどりの卵が店で売られ、自宅でも色づけした卵を子ども達に分け与えて祝います。

世界中の多くの教会で特別な礼拝が行われます。食事やイベントなどさまざまな習慣や風俗があります。イースターの個性的なイベントといえば、最もファッショナブルで知られるニューヨークのイースターパレードがあります。意匠をこらした帽子を被り、奇抜な衣裳を身に着けた人々が歩行者天国を練り歩きます。ドイツ人は、イースターではこれでもか!というくらい呑んで食ってのお祭りとなります。とことんまでやる真面目な国民性が反映しているといわれます。

アメリカの文化 その17 メディケアとオバマケア

メディケア (Medicare) とは、アメリカでの65才以上の高齢者と障害者のための国が運営する保険制度です。メディケアを受給できるのは下記の条件を満たす人です。
・65才以上で、アメリカ居住5年以上のアメリカ市民権または永住権保持者
・65才未満の身体障害者で一定の資格を満たす人
・末期の腎臓病またはルー・ゲーリック(Lou Gehrig)病(筋萎縮性側裂索硬化症)の人

低所得者や障害者には、メディケイド (Medicaid) という制度もあります。メディケイドは、連邦および州両方の税収入によって運営され、実際に管理運営しているのはそれぞれの州です。2010 年にオバマ大統領が署名して発効した医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act)があります。通称「オバマケア」(Obama Care) と呼ばれ、メディケイドの枠が拡大され、多くの州では65才未満の低所得者のメディケイドへの加入資格がそれまでよりも緩和されました。

オバマケアによりますと、保険にはカバーしなければならない最低基準があります。保険の補償内容である保険プランは、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナの4つのレベルに分けられます。ブロンズは保険料が一番安く、プラチナが一番高いレベルです。ブロンズは医療費の約6割を保険がカバーするプラン、シルバーは 7割、ゴールドは8割、プラチナは9割となっています。保険料が高ければ補償の額は高くなるのは当然です。

保険料負担が所得に応じて一定の割合以下になるように、補助金制度が設けられています。保険料の補助を受けることができる条件は主に次の通りです。
・アメリカで所得税を納税していること
・家庭の所得が、貧困レベルの40%以内であること
・勤務先で団体保険の提供がないこと
アメリカの医療保険や健康保険の制度は複雑です。貧富の格差が大きいことも制度をわかりにくくしています。

アメリカの文化 その16 ベーグル

ベーグル(Bagel) は、小麦粉に水や食塩を加えて練った生地を発酵させ、細長くのばしリング状にしたものを茹でてから焼き上げるパンです。外側はカリッと焼き上げられ、内側はもっちりと詰まった歯触りになります。東欧系ユダヤ人であるアシュケナジム(Ashkenazim) のパンといわれます。

最初のベーグルはポーランドのクラクフ(Krakow) でユダヤ人コミュニティーから発祥したともいわれます。円形や製法は、もとはユダヤ人が中世の頃、南ドイツからポーランドに製法を持ち込んだプレッツェル(pretzels)から着想したようです。確かにベーグルはプレッツェルとそっくりです。ベーグルの定番の食べ方といえば、クリームチーズを塗るやつです。スモークサーモンやチーズ、トマト、タマネギなどをスライスしたベーグルにはさんで食べるときは涎がでます。

ニンニクや芥子の実、ゴマ、刻みタマネギやそれらを混ぜ合わせたものなどもあります。また、生地にシナモンとレーズンやリンゴ、ブルーベリー(blueberry)、クランベリー(cranberry)、ライ麦のプンパーニックル(pumpernickel)といったベーグルも美味しいです。

アメリカの文化 その15 大学の雇用

かつて勤めていた関西のとある大学で、『これぞ日本の蛸壺』というような姿を目の当たりにしました。学長選びのことです。教職員には、どこどこの大学を出たかによる鉄の団結のような組織があります。派閥というかマフィアのような存在です。マフィアは学長選挙の時に動き出します。かつて学長は選挙権のある教授の投票によって決められました。選対事務所のような所から盛んに電話などで勧誘がきます。私は一匹狼。派閥には属していませんでした。党派党略から独立すべき教員集団にも関わらず、選挙になるとがぜん派閥が元気が出るのは不思議でした。

このような大学での鉄の団結は、教員採用の時にも威力を発揮します。選考委員会のメンバーの多くはこうした派閥が占めます。表向きは公募ですが、書類選考の段階から内定者がいるようなものです。学閥の人脈を使い、教職を探す後輩などに連絡してあるのです。ですから一匹狼は、よほど傑出する業績や経歴を有しないと採用されません。

アメリカでの教員になるための応募手続きです。はじめは、募集している大学に自分の研究業績のレジュメ(resume)を送ります。研究業績にはポスドクの経歴ももちろん大事な要素です。この書類審査によって3名くらいが最終候補に選ばれます。候補者は大学での人事選考の面接に招かれます。この時の旅費は招く側が負担するのです。ここが日本と違うところです。首尾良くポジッションを得たにしても、大抵は3年の雇用契約です。ここから終身雇用身分であるテニュア(tenure)への途が始まります。雇用契約が切れ更新がないとまた仕事探しを始めます。その間業績を増やす努力を続けるのはいうまでもありません。

アメリカの文化 その14 フードスタンプ

私の3人の子どもはマディソン市(Madison) の小学校にいるとき、「フードスタンプ」(food stamp)という食料交換クーポン券を貰いました。私には収入が全くなかったので、学校に申請するとフードスタンプがすぐ認められました。アメリカには1960年代から貧困層にクーポン券を配布する食料費補助政策が実施されます。学校給食にも「無料―割引給食プログラム」ができました。

フードスタンプは「食べ物は心と体をつくる大事なもの、人間の基礎であり国にとっては財産である」という考え方が前提にありました。当たり前のことです。しかし、今も大勢の貧困家庭で育つ子どもがいます。無料の給食が必要なのです。一度ミネアポリス(Minneapolis)の小学校を院生3人とで訪ねたとき、朝食を食べてこない子どもに給食が振る舞われていました。ハンバーガーとミルク、そして山積みになったケチャップがありました。私たちも無料の朝食に預かりました。ハンバーガーは通称ジャンクフード(junk food)と呼ばれます。「Junk」とは屑とかがらくたという意味です。高カロリーですが、栄養価のバランスを著しく欠いた調理済み食品を指します。他の栄養素であるビタミンやミネラルや食物繊維があまり含まれない食べ物ともいわれます。

かつては学校は自前で給食を作っていました。ところが教育予算が削減されるにつれ、給食を作れなくなり、経営が苦しい学校にファーストフード企業(catering)が入ってきます。大量に安く給食を提供できるという宣伝が効いたのです。給食のコスト減とともに給食の質が下がっていきます。ファーストフードの提供するメニューによって、栄養の偏った肥満児童が増えていきます。大人の肥満も目立ちます。いまアメリカ人の死因の多くは肥満による心疾患や脳卒中、そしてガンです。人口10万人当たりの死亡数は日本の2倍という数字です。特に心臓病や高血圧は4倍から6倍も多いのです。