国際政治では、国家が自国の安全保障と国益を最優先する現実主義が見られます。チェンバレンは当時のイギリスの軍備が未整備で時間稼ぎをした面もあり、「実力が整うまで対立を避けたい」という現実的な動機があったといわれています。ヒトラーには、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約(Treaty of Versailles)で取り上げられ、チェコスロバキア領(Czechoslovakia)となったズデーテン地方(Sudetenland)を取り戻したいという意図がありました。トランプも「アメリカ第一主義」に基づき、ロシアより中国を競争相手と見なす優先順位から、ロシアとは緊張を高めたくないという発言を繰り返してきました。トランプの譲歩や対話が必ずしも弱腰ではなく、戦略的な判断をしているということも伺えます。
こうした感謝祭の一方で、アメリカ先住民は感謝祭に反対しています。ここが最も重要な点です。一部の先住民団体や支持者は、感謝祭を 「反省すべき歴史を美化する行事」 ととらえ、毎年この日を「追悼の日」(National Day of Mourning) を開催しています。「追悼の日」の背景には先住民の苦難の歴史が隠されるという側面があります。感謝祭の「友好の物語」とは対照的に、実際には白人による土地の奪取や植民地拡大、民族の虐殺が行われたという歴史もあるのです。開拓が進むにつれて先住民の文化・言語・宗教の破壊が進み、先住民社会は壊滅的な被害を受けます。この重大な歴史的事実が、感謝祭における「和やかな物語」によって覆い隠されいるという批判があります。
先住民コミュニティはアメリカ国内の各地に存在します。インディアン居留地(Indian Reservation) で、アリゾナ州北東部とユタ州(Utah)やニューメキシコ州(New Mexico)にまたがるナバホ・ネイション(Navajo Nation)や、ワイオミング州中西部のウインド・リバー・インディアン居留地(Wind River Indian Reservation)、ショショーニ族(Eastern Shoshone)などがあります。ウイスコンシン州には、フォレスト郡ポタワトミ・コミュニティー (Forest County Potawatomi Community)があります。居留地では、現在も貧困率の高さ、健康格差、教育機会の不足、伝統的土地の権利問題などが存在しています。「感謝祭を祝う余裕などない」という声もあります。差別や不平等が現代にも続いているのです。
この本に「思索の源泉としての音楽」という章があります。森はオルガン演奏をこよなく愛した人です。特にバッハ(Johann Sebastian Bach)のパッサカリア(Passacaglia)やグレゴリアン聖歌(Gregorian Chant)に心酔していました。こうした音楽の本質は、人間感情についての伝統的な言葉を、歓喜、悲哀、憐憫、恐怖、憤怒、その他を、集団あるいは個人において究極的に定義するものだとします。人間は誰しも生きることを通して自分の中に「経験」が形成されると森はいいます。自己の働きと仕事とによって自分自身のものとして定義される、それが経験だというのです。この仕事は、あらゆる分野にわたって実現されるもので、文学、造形芸術などとともに音楽もその表れだといいます。
辻の小説家としての特徴についてです。彼は、フランスの文学者、ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire)、ジッド(André Paul Gide)、プルースト(Marcel Proust)などから影響を強く受けてできました。その主張は、芸術性や精神性、死生観、自己探求といった重厚なテーマであり、一般大衆小説とは一線を画します。非常に文体が緻密かつ格調高く、哲学的な要素も多いので読み応えがあるというか、難しさもあります。