素人のラテン語 その九 ラテン語と弁論術と教育

ギリシャの弁論術がローマ人の演説に影響を与えたのは前二世紀頃といわれます。政治の場や法廷での演説は、ローマで公人として世に処するためには不可欠の要素でありました。公衆を前にした演説では精緻な論議よりも、大仰な表現による感情的論議のほうが群衆を動かしやすいことがありました。当時広められた弁論術のスタイルは感情的で律動的、修辞的な傾向があったようです。

ローマ帝政の確立とともに、弁論術は政治的な意義を失っていきます。だんだんと平明なスタイルとなります。それでもそれまでの慣習的な影響によって弁論術は、依然として要の地位を保ちます。現代における平明なスタイルの弁術は、マーチンルーサーキング(Martin Luther King Jr.)博士が演説したワシントン大行進における「I have a dream」でしょう。中学2年で教わる単語を用いて誰にでもわかるような内容の不滅の演説といえます。ジョン・F・ケネディ(John F. Kennedy)大統領の就任演説もそうです。

ヨーロッパにおいて大人だけでなく、子弟の教育においても、きわめて重視されたのが弁論術です。子どもたちに材料を明確かつ論的な方法で整理し、自分の意見を相手に納得いく形で述べさせることを教えたといわれます。思考力や記憶力の訓練の手段ともみなされ、近代教育理論の体系に充分に適合しうると考えられていきました。

イギリスの初等教育学校、グラマースクール(grammar school)でも当初はラテン語初等文法を教授されたという歴史があります。こうした流れはやがて現代の学校における作文教育とか知的好奇心を深める遊びと探索学習、そしてその成果を発表するというように教育界に大きな影響を与えることになります。