心に残る一冊 その4 「時代精神の病理学」 

原題は「Pathology Des Zeitgeistes」とい日本語訳では「時代精神の病理学」となっています。「Zeitgeist」とは「その時代のエートス」といった意味です。ヴィクトール・フランクル(Viktor Frankl)は、フロイド(Sigmund Freud)やアドラー(Alfred Adler)の薫陶を受けた精神医学者です。後年はこの二人と袂を分かち、精神医学界にロゴテラピー(Logotherapy)という療法を創始していきます。その背景には、アウシュビッツ(Auschwitz)強制収容所の経験が基にあるといえそうです。

この著作は五年間にわたるラジオ番組での講演が下敷きとなっています。「精神医学の啓蒙という問題」、「老化の精神衛生」、「中年の精神衛生」、「不安神経症」、「宿命論的態度」、「睡眠障害」、「自分自身に対する不安」など、現代的な心理学や精神医学のテーマを取り上げています。大変わかりやすい内容であるのが特徴です。「科学者には表面的に分かりやすく書くか、または判りにくければ基本から書くの二つに一つしかない」というアルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)のフレーズを引用しています。

こうした講演の基調にあるのは、これまでの精神医学や精神分析学(Psychoanalysis)、個人心理学に対する強い疑念です。個人心理学は人間をただの自然物と考え、人間の精神性を見逃していると主張します。人の行動は無意識によって左右されるという基本的な仮説を退け、人間には衝動があるといっても、人間の最も本質的なものは衝動からは説明できないと看破するのです。