ユダヤ人と私 その4 「お前はユダヤ人か?」

自分は紛れもなく国籍は日本人ですが、一度だけ「お前はユダヤ人(Jew)だろう」と揶揄されたことがあります。ウィスコンシン大学で苦学し、懸命にアルバイトをしていたときに一緒に働いていた大学の職員から掛けられた言葉です。相手も半分、冗談にいったに違いないのです。

本当に経済的に苦し時代でした。子供や大きくなり、家内も懸命に働いていました。博士課程の授業料も堪えました。そんな理由で毎日、大学構内の芝刈りや木の剪定作業、そして週末は院生宿舎の管理人室で仕事をしていました。私のそんな働きぶりをみて、ユダヤ人ではないかと思われたらしいのです。実をいうと「お前はユダヤ人だろう」などと言うことは、働き過ぎで金儲けに走っているなど、人種差別や偏見を示唆するステレオタイプば表現です。戦前、勤勉な日系アメリカ人が卑下されて「ジャップ(Jap)」といわれたのと同じ感覚なのです。

古代ローマのエルサレム総督(Governor General)のピラト(Pontius Pilatus)はユダヤ人でした。イエス・キリスト(Jesus Christ)は彼によって殺されたと信じられています。キリストを金で売って裏切ったイスカリオットのユダ(Judas Iscariot)がユダヤ人への偏見や憎悪につながっているともいわれます。

ユダヤ人に対する偏見は世界中にあります。シェークスピア(William Shakespeare)も「ヴェニスの商人」(The Merchant of Venice)でユダヤ人を主人公にしています。ユダヤ人金貸し、シャイロック(Shylock)です。強欲で金儲けが上手くてずる賢いというイメージをこの作品は広めたようなところもありますが実はそうではありません。シャイロックの無念さを思うとき、迫害されてきたユダヤ人が現在の国際金融を作り出してきた源泉がシャイロックの生き様にあるといえましょう。