認知心理学の面白さ その四十七 偽りの記憶の研究

ロフタス(Elizabeth Loftus)の記憶に関する研究では、「心のどこかに過去の体験の映像が確かな形で保存されているのではないか」という精神分析学における無意識の存在に疑問を提起することに始まります。

ロフタスがおこなった別の実験では、被験者に自動車事故の詳細に関して口頭で誤った情報、例えば現場付近に道路標識があったという情報が与えられたとします。すると大半の被験者はその情報がそのまま再現されたというのです。これによって当のできごとの起こったあとで与えられる示唆や誘導的な質問によって再生が歪められることが明らかになります。誤った情報が観察者の再生のうちに「植え付けられる」(inprint) ことがあり得るということです。

「植え付けられる」ことは法的審理において重要な意味を持ちます。目撃同定証拠の信頼できない性質は刑事上の正義、および陪審員裁判の経過において影響するのです。記憶はその後の示唆や誤情報によって持ち込まれる細部の不正確さによって歪められるばかりでなく、初めから誤っている場合すらありうるからです。

1987年にロフタスは、10万人のユダヤ人虐殺に加わったとして訴えられた被告の証人を依頼されます。ユダヤ人であるロフタスは記憶と目撃証言に関する研究の第一人者ですが、彼女は「被告人を有罪とする目撃者の記憶は科学的にいうならば確かとは言えない」というコメントを残して結局は証言しませんでした。与えられた情報などによって、偽りの記憶が生成されることを理解していたからだと考えられます。

「脳での記憶は見たもの、聞いたものという認知的事実が保存されているわけではない」、「記憶を思い出すことは、記憶を思い出す時に再構成されている」、「ほんの些細な暗示によって記憶が書き換えられてしまう」、「過去のできごとの映像がそのままの形で記憶のなかに保存されているなどということはまったくあり得ない話である」とロフタスは指摘します。精神分析学への痛烈な反論です。