認知心理学の面白さ その十六 精神分析とフロイド

精神分析学(Psycho analysis)では「無意識(the unconsciousness)」ということが重要な概念として取り上げられます。心理学において最も魅力があり、かつ難しいテーマの一つといえそうです。無意識には私たちの現実の経験の一切が含まれているともいわれます。同時にそれは私たちの覚醒状態や統制を規定しているようでもあります。私たちのあらゆる記憶や思想、感情を蓄積する場ともいわれます。

前回、フロイドは詩や哲学に大きな影響を受けたことに触れました。シェークスピア (William Shakespeare) やニーチェ(Friedrich Nietzsche) を指しているようです。フロイドはこうした詩人や哲学者による卓越した人間の心理描写を考察して、彼らが自分より以前に無意識を発見していたといっています。彼は、「自分が発見したのは無意識を研究する方法である」とも述べているくらいです。すこぶる興味深いことです。

さてフロイドは精神の構造を意識、無意識、前意識の三相からなると仮定します。そのきっかけとなったのはヨセフ・ブロイア(Josef Breuer)という内科医との出会いです。ブロイアはウイーン(Vienna)で頭痛や感覚喪失、意識の途絶などに悩む患者を治療していました。彼が用いた方法は「会話による癒し」(talking cure)という、患者が幻想や幻覚を語らせることでした。それによって患者の症状が著しく回復することを知ります。ブロイアーは、患者のトラウマになっている出来事の記憶へ近づくのを容易にするために催眠術を使います。患者の症状は二週間のセッションによって和らいだことを紹介します。

患者の症状は、無意識の状態の中に埋もれている混乱をもたらす記憶の産物であるとフロイドは解釈します。さらに、考えを声にすることでそれらの記憶が意識化されると症状は消失していくと説明します。こうした治療の経緯はフロイドの研究に大きな影響を与え、精神分析学の研究に没入していきます。精神分析学についてはあまたの著作があります。

認知心理学の面白さ その十五 フロイド と「エディプスコンプレックス 」

「真打ち登場!!」といえば落語の世界になりますが、心理学の歴史でさん然と輝くのがジクムント・フロイド(Sigmund Freud)。フロイドこそ心理学研究の真打ちの一人といえるでしょう。彼の研究分野は認知心理学とは呼ばれませんが、精神病理学における理論の精緻化と治療の実践は、後の認知心理学の発展に大きく寄与していきます。

フロイドは1856年にチェコ(Czech)のモラビア(Moravia)地方でユダヤ系の家族に生まれます。当時はオーストリア・ハンガリー帝国  (Austro-Hungarian Empire)時代です。両親はウクライナ(Ukraine)出身だったようです。彼が育てられたユダヤ人両親の複雑な事情、特に母親の再婚や貧しい家族環境などを念頭に入れてペンを進めます。

フロイドは、表彰されるほど優秀な成績によって高校を卒業します。高校卒業の資格はラテン語で「Matura」といいます。Maturaは大学入学資格ともいわれ優秀な生徒に与えられるので、別名「maturity diploma」ともいわれました。「資格として十分過ぎる」といったニュアンスがあります。さらに彼は文学を好み、ドイツ語はもちろんのこと、フランス語、イタリア語、スペイン語、英語、ヘヴル語、ラテン語、さらにはギリシャ語にも堪能となります。そういえば、ヨーロッパの大抵の研究者は自国語の他に数カ国語を理解できます。

シェークスピア(William Shakespeare)の作品を愛し、彼のその後の研究ではシェークスピアの劇に登場する人物の生き様から多くの事を学んだと回想しています。1881年にウイーン大学(University of Vienna)から医学博士号を取得します。そして1902年には同大学の神経医学科の客員教授となります。同時に精神医学のクリニックを開きます。 1938年にフロイドはナチスの支配から逃れイギリスに移住します。

さてフロイドの学術研究の経緯です。大学生の頃、ニーチェ (Friedrich Nietzsche) の哲学に一時心酔しますが長続きせず、結局精神医学の世界に入っていきます。ユダヤ人であったことがフロイドのその後の研究に大きな影を投げかけたといわれます。ユダヤ教の聖書であるトーラ (Torah)の超正統派の思想に悩まされたといわれます。なぜならばフロイドは思想的には自由に発想する人だったようです。前述した両親の複雑な関係に生まれたフロイドは、母親を手に入れようと思い、また父親に対して強い対抗心を抱くという現実の葛藤に苦しんだようです。この意識は、「エディプスコンプレックス」(Oedipus complex) といわれ、状況に対する相反する感情 (アンビバレンス: ambivalence) な心理の抑圧のことを指します。ちなみに、ギリシア神話の登場人物が「エディプス: Oedipus」です。実の父を殺し実の母と親子婚を行ったといわれます。