北方領土を考える その七 「蝦夷」とは

「蝦夷」とはアイヌの古称と言われます。白川静氏の「字通」にこの記述があります。もともと「エビス」、「エミン」又は「エミシ」とも言われます。「蝦」はエビという漢字です。ブリタニカ国際大百科事典によりますと「夷」は「エミシ」と呼ばれ、本来勇気ある者を指し、多く男性の美称として用いられたとあります。このように「蝦夷」とは東北北部から北海道、千島方面にかけての先住民に限られた使い方です。もともともは地名ではないのです。

「夷」についてもう少し触れます。この漢字の構成からして、「夷」は「弓人」の意味ではないかという説があります。弓と大との組み合わせで、大は人の意味。「大に従い、弓に従う」という意ともなります。ですから「夷」、「エミシ」は勇者となるというのです。

昔は「毛人」という用字がありました。古代「エゾ」は本来は「毛人」と書かれていました。このことは中国の史書である「宋書」にあるそうです。「蝦夷」という文字の日本語読みとしては「エミン」というのは古い使い方で、「エゾ」というのは新しい用字だったようです。日本書紀にも唐帝に蝦夷の男女二人が使節の中に随員として同行していたという記述があるそうです。やがて日本では、「毛人」 が 「蝦夷」という言い表し方をするようになります。

「蝦夷」についての中華思想は興味あります。「世界民族問題事典」(平凡社)によれば、中国では「夷」は狭い意味があって、「勇武な蛮族についてのみ用いられる」というのです。古代の蛮夷思想によれば、「蝦夷」という人々は政治的、文化的に「蛮族」の観念とされます。政治的に中央の権力に奉じない、文化的にも「華風」になじまないというのです。そのような理由で蛮族は「化外の民」として扱われてきました。「化外」と「辺境」が蛮民の住むところと考えられてきました。

「化外」の民は本州にもいました。東国の古名「あずま」は、「田舎」とか「辺鄙」の意味です。東北の古名は「道奥」で文字通り「道の奥」であり、政治や文化の外、「化外」の意味となります。東国、道奥の人々は古代の辺民、蛮族を代表することとなり、「エミシ」といえばそれは東夷、特に奥夷を意味し「蝦夷」となったという説です。