木枯らしの季節 その二十四  デジデリウス・エラスムス

オランダと日本との通交や「蘭学事始」から少し離れます。時代は16世紀のことです。オランダの著名な人文学者、ヒューマニストにデジデリウス・エラスムス (Desiderius Erasmus) がいます。 彼はカトリック(Catholic)の司祭、神学者、哲学者でありました。ロッテルダム (Rotterdam)の出身です。当時、ラテン語名には出身地をつける慣習があったそうで周りから「ロッテルダムのエラスムス」(Erasmus of Rotterdam)とも呼ばれました。

エラスムスは1509年にエッセイの 「愚者礼賛」(The Praise of Folly)を著します。愚かしい女神モリア (Moriae) が主人公です。彼女は雄弁、軽妙で洒脱、貴族や聖職者、神学者、哲学者ら権威者をやり玉にあげます。ローマカトリック教会の迷信を悪用する堕落したありさま、さらに人間の営為の根底には痴愚の力が働き、人間は愚かであればこそ幸せなのだ、と痛烈な風刺を交えた荒唐無稽ながらまじめな内容です。このエッセイは、聖書伝説やギリシアやローマの古典からの詳しい引用が根拠になっています。

文献に基づく確かな知識が大切であることを主張したのがエラスムスです。そのことは1516年に刊行した「校訂新約聖書」にも示されています。ギリシア語やラテン語の原典に立ち戻って新約聖書を改訂するという作業であります。彼は聖書を忠実に文章化し、地位や貧富、老若男女、言語の相違を越えて誰でもが聖書を読み、聖書にもとづく生活をできるようにするべきだと考えます。当時としては画期的な主張です。ラテン語で書かれた聖書を民衆は読むことはできなかったのです。

このようなエラスムスの主張はルターの改革理念である「万人祭司主義」(Universal Priesthood) を先取りしていたのです。聖書を民衆のものとすることをルター( Martin Luther)に先立って叫んだのです。ルターが1517年に提起した「九十五ヶ条の論題」 (The Ninety-Five Theses)で始まった宗教改革(Reformation)をして、「エラスムスが産んだ卵をルターがかえした」といわれる所以です。忘れてはならないオランダを代表する世界的な人文学者です。