文化の日を考える その二 「文明と文化」

thumbnail-image-shashinkan-rakuten-co b4716daccd1ba16dfbcf 617hscgfbpl-_ac_ul320_sr226320_私は「空海の風景」など司馬遼太郎氏の作品を読んだ一人です。その中で印象に残るのが「街道をゆく」という43冊のシリーズものです。「街道」とか「みち」という交通の視点から歴史や文化、風俗を考察しているのが特徴です。司馬遼太郎は「もしも後に、私の仕事で残るものがあるとするならば、それは『街道をゆく』かも知れない」といわしめるほど、思い入れの多い内容となっています。国内はもとより、アメリカ、アイルランド、モンゴル、オランダ、スペイン、中国、台湾、韓国などを紀行しながら「日本人とは何か」「国家、文明、文化、民族とは何か」を思索しています。

上は国家から下は町内会まで人は多くの集団の中で暮らし、秩序づけられ安らげて生きています。それを支えるのが文明とか文化であるというのが司馬史観といえる考え方です。文明といえば世界四大文明とか、文明開化といったように否定できないような「普遍的」なものとか合理的なものという意味合いで使われます。「普遍的」とは国境とか民族の垣根を超えて通用する価値ということです。

他方、文化ではこちらはむしろ不合理なものであり、特定の集団、たとえばある民族においてのみ通用する特殊なもの、他に及ぼし難いものといえそうです。例えば箸と茶碗をもって食するのは、アジア人に見られる食生活です。あるいは婦人が襖をあけるとき、両ひざをついて両手で開けるのも日本独特の所作です。結婚式は教会で行い、子供ができると神社で七五三を祝い、病気になるとお寺のお百度参りをするのも文化。忠臣蔵の忠義心も文化です。独特ですが普遍性はありません。以上の脈絡からすれば、キリスト教も仏教も神道もイスラム教もいろいろな民族がいろいろな様式で信仰している文化の様式ということになります。

文化に合理主義は成立しにくい、というテーゼに対して反論したくなりそうなのですが、そうした問いはさておいて説明しにくいほど美しさとか雅さとか、安堵したり落ち着いた気分になれるのが文化です。司馬遼太郎は「不合理さこそ文化の発光物質なのである」といっています。永遠に光り輝くものではないという意味にもとれます。

文化の日を考える その一 文化の定義とは

be14a071-396a-892f-0fa3-5722fc7d7fd0siba meiji_emperor sim「文化の日」が近づいています。再び「文化とは」ということを考えたくなる候です。文化とは誠に味わいのある言葉です。紛争や事件が耐えない今日、武力や刑罰などの権力を用いず、学問や教育によって人々を導くことが「文」。学芸は諸文物が進歩し、世の中が発展することが文明開化と呼ばれます。人間の理想の実現のために果たしてきた精神的な活動とその所産の総称が「文」といわれます。

「文化とは」を考える切り口は人によって違うでしょうが、私は愛読する佐伯泰英の時代小説と司馬遼太郎の「アメリカ素描」に書かれてある「文明」と「文化」の定義、そしてルース・ベネディクト(Ruth Benedict)の文化観に切り口を求めたくなります。

昨年、八王子にやってきた娘婿や孫娘らと会話しながら、日本とアメリカの公的祝日が話題となりました。もっとも日本はアメリカに比べて祝祭日が多いということが話題の端緒でした。建国記念日や天皇誕生日、憲法記念日などは彼らには納得できます。アメリカにも似たような歴史的なことを記念する祝日があるからです。私はさらに、日本には成人の日、春分の日、秋分の日、みどりの日、文化の日などが祝日になっていることを説明しました。

娘婿が興味を示したのは文化の日です。実は筆者も文化の日を説明するのに窮したのです。「日本の文化を大事にすること、学問に励むこと、ノーベル賞をもらった人々に勲章を与える」などと説明したのだが、娘婿の顔は得心するものではありませんでした。これではいかんと思い文化の日の謂われを調べました。もともとの文化の日の制定は、明治天皇誕生日である1852年11月3日に由来するとあります。そういえば戦後しばらくの間、両親らが文化の日を明治節とか天長節と呼んでいたのを思い出しました。

みどりの日、昭和の日などを天皇の誕生日を記念する日であることも娘婿に説明しました。すると彼が、「日本は新しい天皇が生まれるたびに祝日が増えるのか?」と誠に答えにくい質問をしてきました。このままでは、何十年後毎に祝日が増えるわけです。