女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その十五 会話にみる人間の生き様

1a07eca re02 d0093936_20573365面白い本に出会うのは誠に眼福の思いがします。「居眠り磐音 江戸双紙」もその一冊です。一冊といっても50巻に及ぶ大作の時代小説です。なんといってもこの小説の魅力は、登場人物の対話にあります。励まし、癒し、笑い、喜び、労り、切なさ、同情、風刺、省察、呆れ、叱責、苦悩、怒り、憎悪、、、父と子の絆、夫婦の愛情、師匠と師弟の信頼、ありとあらゆる感情や挙措が描かれます。そこにしみじみとした余韻が残るのです。是非、お読みいただきたい一作です。

時は江戸も幕末に近い頃。田沼意次が権勢を振るっていた時代です。関前藩の下士、坂崎磐音は藩内の権力争いに巻き込まれ、上意によってかけがえのない友を失い、その一人を殺めることになります。許嫁であった奈緖の兄がその友でした。もはや藩にとどまることができず、江戸に出て長屋に住み鰻割きで生計をたてます。

やがて両替商の今津屋吉右衛門やその大番頭の由蔵から、用心棒として厚い信頼を得ます。佐々木玲圓道場の尚武館で修行し、その人格と剣術の技によって跡継ぎとなります。「居眠り剣法」として名を轟かすようになります。そして今小町と呼ばれた美貌のおこんと結ばれます。

意次らの陰謀により次の将軍となるはずの徳川家基が毒殺されます。家基の護衛の任にあたっていた玲圓はその責任をとって自裁し、玲圓を輔弼していた磐音も深い自責の念に駆られます。道場の尚武館は取り潰されます。

磐音とおこんは江戸を逃れ意次らの刺客に追われながらも、高野山の懐の中で忍びの一派である雑賀衆に助けられなんとか生き延びます。その間に息子の空也が生まれます。塗炭の苦しみを経て江戸に戻り、尚武館を再興するのです。

ざっとですがストーリーを要約してみました。磐音の波瀾万丈ともいえる生き様が描かれているのですが、彼の周りの人物との対話がこの小説の白眉ともいえる部分なのです。皆貧乏でその日その日暮らしをしています。ですがそこに暖かい人情による助け合いがあります。毎日が不安だらけなのですが、懸命に生きようとする知恵と気概があります。

幕藩体制の綱紀が緩み、士農工商というたがは外れてきて、幕府の政治を風刺したり揶揄する余裕が庶民にも生まれます。読売という瓦版、タブロイド紙によって情報が庶民に伝わり、政治にも影響を及ぼすことになります。為政者はメディアを敵に回すことができなくなります。国内だけでなく、密かに海外との交易も盛んになり、情報が大量に出回ります。新しい時代の夜明けが近づきます。

剣の道に生きる磐音もこうした時代の変わり目を感じていきます。ですが、頑なに伝統の剣術を通して道を究めようと、息子の空也や弟子達にその奥義の深さを教えていこうとするのです。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その十三 お咲

19map01 pcbe-62674 672福岡藩の「下士」、猪俣平八郎がいます。「下士」とは、江戸時代の武士階級で正規の身分を持った者とはいえ、武士の下層に属し、一応は武士ながら畑仕事に従事するほど、生活が困窮していました。「郷士」とも呼ばれていました。

平八郎の幼なじみにお咲がいます。やがて二人は駆け落ちしようと誓い合います。磐音をそれを手助けしようとします。

お咲 「坂崎様、私のわがままでご迷惑をおかけします。」
磐音 「お咲どの、恋を貫くとはおよそそのようなものであろう。苦労は二人になったときから始まるもじゃ。」
お咲 「猪俣さまと連れ添うのは無謀と申されますか。」
磐音 「そうじゃない。好きな相手と添う以上、苦労は致し方ないものだと言うだけじゃ。」

磐音は、自分と昔の許嫁、奈緖とのもの悲しい過去をお咲にきかせます。そして最後に言います。

磐音 「お咲どの、自ら選んだ道じゃ、苦労もあろうが、共白髪まで添い遂げられよ。祈っており申す。」

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その十二 竹村武左衛門の娘、早苗

1280px-Des_briques_d'acier_au_katana_-_2016-04-19 Japanese_blacksmith d825ee6d9c1e684d38eb8e63c066e20bもと伊勢は津藩の家臣が竹村武左衛門です。妻の勢津と四人の子供と長屋で暮らしています。酒豪と粗野な言動で家族を困らせています。だが不思議と憎めないのです。竹を割った性格でズケズケとものをいいます。坂崎磐音や品川柳次郎とは用心棒仲間です。

娘の早苗は磐音の尚武館道場で住み込み女中として働いています。息子の修太郎は竹村家の嫡男となるはずなのですが、自堕落な性格で遊び仲間に引き込まれ家族を心配させています。母の勢津は息子を仕官させたいとして、尚武館道場に通わせるのですが修太郎の稽古は休みがち、自他とも剣術(ヤットウ)に向いていないことがわかります。

磐音はあるとき、修太郎を連れて鰻屋に連れて行き職人の働きぶりを見せながら食事をします。その足で、御家人にして名人研ぎ師である鵜飼面助のところにも立ち寄るのです。磐音もまた大事な刀を面助に託しています。

やがて修太郎はあちこちの刀鍛冶などを訪ね歩き、面助に師事したい考えるようになります。そして両親に自分も将来研ぎ師になりたいと相談します。しかし、両親と早苗は半信半疑なのですがしぶしぶ修太郎の申し出を受け入れます。

武左衛門と勢津が息子の刀鍛冶への修行を認めたことを知った磐音は、修太郎を連れて面助の研ぎ場を訪ねます。そして弟子入りを頼むのです。磐音の熱意にほだされたのか、面助は断るわけにいきません。磐音は早苗が弟子入り話で心配する尚武館に戻ってきます。そこにおこんの父、金兵衛もいます。

早苗 「若先生、真にありがとうございました。後は修太郎の忍耐と頑張りだけです。」
磐音 「面助様の研ぎを極めるのは並大抵のことではござらぬ。修太郎どのは時に姉の早苗どのに泣き言を言うてくるやもしれぬ。そのときはきつい言葉で追い返すのではのうて、なにか一つ、成長の証を見つけてな、褒めてやりなされ。」
磐音 「自らが望んだ道、われらも気長に見守っていこうではないか。」
金兵衛 「早苗さん、喜べ。姉があれこれ案じた甲斐があったというものだ。」

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その十一 小田平助

jss0 cimg9827 a697佐々木玲圓道場尚武館に小田平助がいます。強い西国訛りで磐音の弟子です。もと西国の大名に仕えた下士だったようです。ゆえあって辞し、諸国を武者修行し、槍折れ術の達人となります。剣にも秀でています。玲圓や磐音に外連味のない真っ直ぐな気質を見込まれ、弟子となります。

尚武館の奥でおこんらを手伝っているのが、武左衛門の娘の早苗です。あるとき早苗は自分も武術の稽古をしてみたいと申し出ます。そこで磐音に稽古をつけてもらうことになります。それを見ていた平助がいうのです。

平助 「大所帯の尚武館、若先生ともなると左団扇かと思うたがくさ、武者修行の者より何倍も働かされるよばい。」
磐音 「小田どの、それがしも深川六間堀の裏長屋に住まいした折りのほうが、自由な時間があったような気がします。」
平助 「若いうちのたい、苦労は買(こ)うちでんせちゅう ばってんくさ、大先生もあれこれ働きなさるたい。若先生も死ぬまで働かんとちがうやろか。」
磐音 「大いにそうかもしれませんね。」
平助 「若先生のよかといえばたい、苦労は苦労と思ちゃらんことたいね。」

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その十 竹村武左衛門

ottosei4 cast03 mqdefault「居眠り磐音 江戸双紙」には、個性的な人物が登場します。江戸下町の舞台に人生の縮図が展開されます。威張りくさる武士から賭け事にはしる坊主、吉原の頂点にある花魁大夫から飯盛り屋の女中、武士の首根っこを押さえる商人から金をせしめようとする浪人などです。たがが外れてきた江戸幕府にあって、皆懸命に生き延びようとしています。

もと伊勢は津藩の家臣といわれるのですが、素性は不明。本所の南割下水にある半欠け長屋に住む貧乏浪人が竹村武左衛門です。妻の勢津と四人の子供と暮らしています。南割下水は今の両国あたりから錦糸公園、そして北十間川を経て隅田川に流れていたようです。

稼いだカネは酒に消え、家族や周りを困らせています。だが不思議と憎めないのです。竹を割った性格でズケズケとものをいいます。お金や出世には全く無頓着。磐音や品川柳次郎とは用心棒仲間です。

そんな武左衛門に対して、品川柳次郎の母、幾代の態度は誠に辛辣です。昔、習ったことがあるという薙刀を振るような勢いで武左衛門の粗野な言動を叱責します。そんな幾代が柳次郎に言います。

幾代 「そなたにあの貧乏神どのさえついておられなければ、もう少し早く出世の道が開けたでしょうに。」

柳次郎 「母上、竹村の旦那がおったればこそ、坂崎さんとも知り合い、今津屋、佐々木先生、速水様方のご親切を受けることと相成ったのでえす。貧乏神と思えばそうかもしれません。ですが、母上、竹村の旦那はわれわれにとってどれほど生きる力を授けてくれたことか。」

柳次郎の仲間思いが、厳しい母親へ精一杯の抵抗に現れています。武左衛門の娘、早苗は磐音の紹介で尚武館に住み込み女中として働くことになります。父親の奔放な性格にハラハラする娘です。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その九 品川柳次郎と母親の幾代

20120330_712041 img_20060414T114114610 img01磐音の用心棒仲間に品川柳次郎がいます。彼は貧乏御家人の次男坊です。江戸時代の御家人の多くは、戦場においては徒士と呼ばれる武士、平時においては勘定所とか普請の勤務、番士もしくは町奉行所の与力や同心としての職務や警備を務めていました。

大都会江戸に住む御家人は、江戸の物価高に悩まされ常に逼迫していたようです。そのため公然と内職をして生計(たっき)を支えることが一般的でありました。本所は北割下水で幕府から拝領していた古い屋敷に住む柳次郎の家も例外ではありません。団扇づくりで家計を助けています。母親の幾代は武家の矜持を失わず品川家を細腕でしっかりと支えています。

ある日、打ちたての蕎麦を土産に、磐音が北割下水の品川宅を訪れます。日がな内職の団扇作りに追われて辟易としていた柳次郎は磐音が用心棒の仕事をもってきたかと期待します。

磐音  「無沙汰の挨拶に寄りました」
柳次郎 「なにかいい仕事はありませんか?」
幾代  「柳次郎!、母と一緒に仕事ができる以上の幸せがありますか」

がっかりする柳次郎に幾代はこのように言いきかせるのです。「母と一緒に仕事ができる、、、」 なんと凜とした仕草でしょうか。

御家人の身分は御家人株と呼ばれるように、家格によって与えられた役ごとに相場がありました。幾代は品川家を存続させようとします。やがて磐音や彼の師匠である佐々木玲圓の剣友、速水左近らの努力で品川家の惣領に柳次郎が決まります。近くに学問所勤番組頭である椎葉家の長女、お有がいます。柳次郎とは幼なじみの仲でした。磐音は、気さくで率直な性格、そして大の母親想いの柳次郎に剣術を教えながら、やがてこの二人の仲をとりもつのです。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙 その八 由蔵の嘆き

iwane_kirie o0480064012364289734 7a545c24時代小説「居眠り磐音 江戸双紙」の登場人物の会話に、励ましや諭し、赦しや癒しとなる言葉が見られます。それを取り上げながら、人情の機微や綾などを考えています。坂崎磐音は当代、随一の剣術家ですが、「過激さの持つ剣は瞬間的で一時的なもの、人間は心身ともに癒しの要素を持つものを本質的には受け入れる」のだといいます。そして、剣術の鍛錬に求められるのは安らぎと平穏であることを弟子達に教えます。

両替商行司今津屋の大番頭、由蔵はいつも穏やかなのですが、ときに磐音に呆れることがあります。自分が紹介した湯屋での仕事で磐音に損をさせてしまうのです。探索のために磐音は自分の持ち金二両を使います。そして僅かの報酬を貰います。今津屋支配人、林蔵も対して「坂崎さんを他人に紹介するものでない、あれではなんのための紹介だったか、、」と呟くのです。

由蔵 「一両四百文をもらって得々とするのが、どこの世界にいるというのです。商人はそれでは一日で干上がります。」
磐音 「さあ、、さほどのことをしていませんから、、」
由蔵 「呆れた、これには呆れた、」

林蔵 「いかにも坂崎さんらしいではありませんか」
由蔵 「なにを言っているんですか、笑い事ではありませんよ!」

磐音に、由蔵はあとで湯屋へ出掛け、磐音の働きとして五両を貰ってくるのです。由蔵は磐音の他人のために汗をかく損な性分に呆れながらも、情に厚く頼まれると断れない気質にほだされ、おこんと同じようにその人柄と人望に信頼をおいていきます。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙  その七 おこんの見合い話

soukan-zu_edo oiran benibana_009おこんの父、金兵衛は一人娘のおこんに内緒でしばしば見合い話を進めようと気をもんでいます。そしてお見合い話のことを磐音に漏らすのです。磐音は素知らぬ顔をします。金兵衛は磐音の気の乗らない態度が気にくわなくいらいらします。

父親がお見合いの段取りをおこんに披露します。
 「犬、猫でもあるまいし、勝手なことをしないで!」
とピシャリと断ります。見合話に見向きもしないのです。金兵衛は大慌てし、そしてしょげてしまいます。

お見合い話の顛末をおこんは磐音に語ります。
 おこん 「いいの、私が見合いをしても?」
 磐音 「それはちと困る、、」
 おこん 「ちと困るだけなの?」
 磐音 「大いに困る、、」

磐音の心も穏やかではありません。ですが磐音はだんだんとおこんのに優しさに惹かれていきます。磐音の心も穏やかではありません。ですが磐音はだんだんとおこんのに優しさに惹かれていきます。おこんもまた、磐音と一緒にいると安らげ、時にはキュンとなるのです。ですが二人はお互いに忙しく、まだ将来の契りを交わす機が熟していないのです。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙 その六 お艶と大山詣

20150624000150_233962 oyama_afuri10 624c38a9両替商、今津屋吉右衛門のお内儀がお艶です。あまり体が丈夫でなく子もできません。吉右衛門やおこんは常日頃心配しています。番頭の由蔵には、今津屋の跡継ぎがないことが気掛かりです。

体調が思わしくなり、お艶は大山詣を決意し、夫や磐音、おこんらと出掛けるのです。雨降り山といわれる大山、古くから相模国はもとより関東総鎮護の霊山として崇敬を集めてきた1,250mの山です。そこに阿夫利神社があります。古来より雨乞い信仰の中心地としても広く親しまれてきた神社です。

磐音は、激しい雨をついて厳しい岩場をお艶を背負って不動堂まで登っていきます。お艶は念願の大山詣を果たし、磐音にいうのです。

「坂崎さま、私は生涯坂崎さまの背の温もりを忘れません。」

その帰り、伊勢原宿の子安村でお艶は病状が進み、もはや江戸に戻ることが難しくなります。お艶の死期が近いことを吉右衛門は知ります。堪らずむせび泣くおこんに吉右衛門はいいます。

「おこん、人はだれも死ぬ。それはこの世に生を受けたときからの理です。なんの哀しいことがありましょうか。そう考えながらお艶のかたわらで、ゆったりした時を過ごしてみようかと考えました。」

死と向き合うのは人の尊厳に満ちあふれる姿といえましょう。背けず、真っ直ぐに生と死を受けとめる姿に神々しさすら感じます。

女性の生き方 居眠り磐音 江戸双紙 その五 おきねの死

22d3b1f2 image0-131 toufu_pic坂崎磐音は幼なじみと一緒に江戸で直心影流佐々木玲圓の道場で修行します。共に藩に戻ると陰謀に巻き込まれ、自身の許嫁である小林奈緒の兄を上意によって討ち取ることになってしまいます。傷心の磐音は藩を去り再び長屋暮らしを始めます。

両国東広小路にある楊弓場を経営するのがおきねです。そこに賭け事を挑む男が現れます。五十両を賭けて店をのっとろうとするのです。そこに今津屋の用心棒などで生計をたてる磐音が、相談にのっておきねを次のように励まします。

「勝負は背負っているものが多い者が負ける。なあに相手も人間、失敗することもあろう。勝ち負けは時の運だ」といって勇気づけます。

磐音は、おきねが矢場荒らしからとられた五十両を取り返します。大晦日、おきねは磐音に「休みがとれたらご馳走しましょう」と約束しますが、殺されてしまいます。やり場のない怒りと悲しみにくれた磐音はその仇をうちます。そして磐音はいいます。

「おきね、馳走になりはぐれたぞ、、」

今津屋の大番頭、由蔵は磐音があちこちからの依頼に助勢して飛び回ることに呆れています。
由蔵 「磐音様は今一つ欲がございませぬな」
磐音 「はあ、困ったものです」
由蔵 「ご当人がさようなことでどうなさる」

ですが由蔵は、おこんにも劣らず磐音の情に厚い人格と金銭感覚の淡泊さにぞっこん惚れ込むのです。