リベラルアーツ教育  その13 セミナリオでの日課とラテン語の学習

img_0 15eu102_3143 800px-Pcs34560_IMG_1985安土桃山時代、司祭アレッサンドロ・ヴァリニャーノ (Alessandro Valignano) は、イエズス会によって日本に最高監督者として派遣されます。巡察師という職命を受けたヴァリニャーノは、日本伝道という使命を果たすためには、同僚のイエズス会宣教師の態度や行動が極めて大切であることを理解していきます。そして日本人と親交を結ぶにはどのような心得が必要なのかと腐心するのです。やがて、行動の規範とすべき基は禅宗であることにゆき着きます。

さて、ヨーロッパからの宣教師によって指導される若き日本人はセミナリオやコレジオでどのように学んでいたかです。夏の間は4時半に起床し、祈祷してからミサ聖祭に参加します。その後、座敷の清掃です。6時から7時半までは学科の勉強。年少の者は教師の指示でラテン語の単語を学びます。暗誦したかどうかは、読み聞かせによって確認し、宿題も点検されます。年長者は年少者の学習を点検したりします。

9時から11時までは食事と休養です。11時から2時までは日本語の読み書きをし、すでに習得している者は日本文の書状を認めたりします。2時から3時までは唱歌や楽器の演奏を学び、その後休養です。3時から5時までは生徒は再びラテン語の勉強にはいり、文章を書いたり朗読したりします。5時から7時までに夕食をとり休息します。7時から8時まで再びラテン語を復習し、年少者は日本の古典を学びます。8時には夕べの祈りをし就寝となります。

土曜日の午前中は、その週に学んだラテン語や日本語の読み書きなどの復習にあてられ、その後は自由時間となり散髪、入浴、告白の時間となります。日曜日や祝日は別荘か野外で休養したり自由時間を楽しみます。団体生活は規律に従って行われていたことがわかります。

やがてミナリオを修了した者から、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノが選ばれ、ヴァリニャーノらに率いられて1582年にローマ教皇、スペインとポルトガル両王に謁見することになります。彼らは大友宗麟、大村純忠、有馬晴信の名代でありました。これが天正遣欧少年使節です。