初めに言葉があった その21 北原白秋と小椋佳 その3 エルヴィス・プレスリ

「シクラメンのかおり」は、小椋佳が第一勧業銀行赤坂支店に勤めていた頃の作で、1975年に発売されたとあります。その後浜松支店長となっています。銀行マンでありながら、作詞作曲でも類い希なる感性を発揮していきます。現在、日経の「私の履歴書」で30回にわたって自分の銀行生活や音楽活動を回想しています。

歌詞の冒頭にある「真綿色したシクラメンほど、清しいものはない」は英訳すれば、さしずめ「Nothing is as refreshing as cyclamen」となります。発音は「サイクラメン」です。「、、、ほど、、、なものはない」という表現は、修辞法でいえば反語であります。否定的な代名詞、Nothingが実は肯定的な表現の裏返しの用法で、強い断定を表しています。シクラメンほど清々しく、まぶしく、また寂しい花はない というのです。

話題はかわって、1967年にソングライターであったラシュコウ (Michael Rashkow) は「Mary in the Morning」という曲を作ります。Wikipediaによると、彼は音楽教育を受けた経歴がことがないといわれます。ですが、エルヴィス・プレスリ (Elvis Presley) がこの曲を歌うことによって、一千万枚のレコード発売という記録を生みます。

バラード風のこの「Mary in the Morning」にも「、、、ほど、、、なものはない」がでてきます。「Nothing’s quite as pretty as Mary」(メアリーほど可愛い娘はいない)です。小椋佳はこうした修辞をからプレスリーの曲から引用し、それに白秋の「からたちの花」使われる反復という修辞を下敷きにしたと考えて間違いありません。

「Mary in the Morning」の歌詞 (Lyrics)です。

Nothing’s quite as pretty as Mary in the morning
 When through a sleepy haze I see her lying there
  Soft as the rain that falls on summer flowers
   Warm as the sunlight shining on her golden hair

小椋佳はたくさんの曲を調べ、自分の作風を作り上げていったのです。そうでなければ、傑出した多くの曲を世に送り出すことができなかったはずです。現存する希有のシンガーソングライターといえましょう。


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