リンカーンにあるネブラスカ大学(University of Nebraska-Lincoln)にある自然史博物館(University of Nebraska, Morrill Hall) は恐竜の化石や開拓時代の道具、ネブラスカのインディアンの生活などを紹介するところで必見です。この博物館は、主に子ども達が社会見学で学べるような設備を用意しています。
地理ですがミシガン州(Michigan)は、北と東はカナダに、南はインディアナ州(Indiana)とオハイオ州(Ohio)に、西はミシガン湖を挟んでウィスコンシン州に接しています。五大湖で知られ、その湖とは、Huron(ヒューロン湖)、Ontario(オンタリオ湖)、Michigan(ミシガン湖)、Erie(エリー湖)、Superior(スペリオル湖)です。そのため、ミシガン州は「グレート・レイク・ステイト」(Great Lake State)とも呼ばれています。「ミシガン」という名前も、先住民族の言葉で「大きな湖」を意味するのだそうです。「クロアナグマの州」(Wolverine State)とも呼ばれています。別名はクズリです。
デトロイト(Detroit)を中心に発達する自動車産業を抜きにこの州は語れません。ちなみにこのデトロイトを作ったのは、フランス人貴族、アントワーヌ・ド・ラ・モス・キャデラック(Antoine de la Mothe Cadillac)といわれています。あの高級車の名前の由来というわけです。今も多くの大統領専用車となっています。オバマ大統領の「キャデラック・ワン」が有名です。車体前方についている月桂冠で形どったエンブレムのデザインは何度も変更されています。
『Pine Tree State』とメイン州の紹介では、「The Maine Woods」(メイン州の森)という作品を著した随筆家で思想家のヘンリー・ソローに触れました。自然をこよなく愛したいわばナチュラリストです。19世紀中頃、ニューイングランド(New England)で観念論哲学運動が起こります。アメリカの思想家、詩人であるエマソン(Ralph W. Emerson)らが唱道したニューイングランド超絶主義(transcendentalism) という運動です。この教義を故郷のコンコード(Concord)の村において徹底的に実践した作家がソローです。超絶主義とか超越主義とは、「神という超越的存在を個人の中に見る自立した自己の精神」という考え方です。自己の内なる何か絶対的な価値(神性)を直感によって掴み取るというのです。
ソローは、メキシコ戦争が起こったとき、マサチューセッツ州が課する人頭税(poll tax)の支払いを拒否し投獄されます。ソローはその顛末を、最も有名と評価されたエッセイ「市民の反抗」(Civil Disobedience)の作品で描きます。この中では、多数決という便宜主義に異議を唱え、個人の良心を擁護して納税を拒否するのです。こうした態度は、マハトマ・ガンジー(Mahatma Gandhi)やキング牧師(Rev. Martin L. King)の非暴力による公民権運動の思想的な先駆けでとなります。
前述のエッセイ「メインの森」や「カナダのヤンキー」(A Yankee in Canada)、「コッド岬」(Cape Cod)のような旅行記は、彼の精神を支えてきたアメリカの原始的自然環境の素晴らしさや大切さを再認識したことの表れといわれます。ニューイングランド一帯やコンコードの自宅周辺にあるウオルデン(Walden)湖畔や山野を歩き回り、「散歩」(Walking)というエッセイも書いています。彼の聖地は山野にあり、歩くことは彼の精神的な運動でありました。そこには精神の自由があり、文明と人間を育んできた「野性の世界」であったようです。ソローが人間と環境との生態学を論じたことが、アメリカ社会やその後の各国における環境保護運動を触発したことは特筆すべきことです。
子どもたちが大喜びするボストン子ども博物館(Boston Children’s Museum)では、「何でも手に触れる」ことができます。ショッピングエリアでは、ガラス張りのアーケードをのぞいたり、有名なファニエルホール市場(Faneuil Hall Marketplace)などの青空市場をぶらぶらするのも楽しいです。日本美術の優品も多数所蔵するボストン美術館 (Museum of Fine Arts)や1973年より音楽監督に就任した小澤征爾で有名なボストン交響楽団(Boston Symphony Orchestra)など、芸術や音楽の都としても知られています。
この州には長男と家族が住んでいるので親しみのある州です。州都で最大の都市はもちろんボストン(Boston)です。アメリカ北東部にあり、ニューイングランド地方の政治、経済、文化、観光の中心です。マサチューセッツ州(Massachusetts)の愛称は「湾の州(Bay State)とか「 旧植民地」(Old Colony)と呼ばれています。長男はハーヴァード大学(Harvard University)でポスドク(postdoc)をやり、今は州第二の都市ウースター(Worcester)のホーリークロス大学(College of Holy Cross)で教鞭をとっています。ハーヴァード大学は1636年創立。世界的に有名な大学で特に大学院教育や研究で知られ、伝統ある名門私立大学8校から成る「アイビーリーグ」(Ivy League)の1校です。
Faneuil Hall Market
ボストン周辺には、独立戦争発端の街レキシントン(Lexington)やアメリカ発祥の地プリマス(Plimouth)、ジョン万次郎ゆかりの地フェアへブン(Fairhaven)、19世紀のアメリカ文学界を代表するラルフ・エマソン(Ralph W. Emerson)、ナサニエル・ホーソン(Nathaniel Hawthorne)やヘンリー・ソロー(Henry David Thoreau)らの思想家や作家たちが暮らしたコンコード(Concord)が有名です。
メリーランド州は、山脈から曲がりくねった大西洋の海岸線まで地形が変化に富んでいることから、「アメリカのミニチュア」(American Miniatures)とよく呼ばれます。 この州は、南北戦争中の主な軍事活動の中心地でした。4 つのシビル・ウォー・トレイル(Civil War Trails)を巡ってその当時の軍人の足取りを辿ることができます。ボルチモアには、プロ野球選手ベーブ・ルース(Babe Ruth)の生家があります。アメリカの文化において最も偉大なスポーツ界の英雄の一人で、史上最も優れた野球選手と称されています。国立水族館(National Aquarium)も有名です。
メリーランド州は、「オールド・ライン・ステート」(Old Line Stateで(Lines) というニックネームもついています。1776年、アメリカの独立は確実なものではありませんでした。ワシントン将軍が率いるメリーランド州軍は、ロングアイランド(Long Island)という戦いで激戦を繰り広げます。13,000人の大陸軍と34,000人のイギリス軍との戦いです。ワシントン将軍は、数で圧倒的に劣り包囲されたため、戦闘開始後すぐに撤退を命じ、大敗北を免れます。その退却を援護したのが、Maryland Linesと呼ばれたメリーランドの歩兵でした。こうしてこの州は「Old Line State」というニックネームがつけられました。このようにメリーランドはアメリカ独立戦争でイギリス支配に対して反旗を翻した13植民地の1つです。
私はメイン州(Maine)を訪れたことはありませんが、メインの海岸付近に住む友人とはSNSでビデオチャットしています。この友人は連邦教育省に長らく勤め、兵庫教育大学に3か月の客員研究員として招いたこともあります。メイン州アメリカ北東部のニューイングランド(New England)にあり、この地方最大の州です。北西はカナダのケベック州(Quebec)ニューブランズウィック州(New Brunswick)に接しています。州都はオーガスタ市(Augusta)です。地図を見ますとこの州は長い海岸線、そして美しい山と海の景色を誇るといわれます。アーカディア国立公園(Acadia National Park)には、大西洋沿岸北部で最も標高が高い場所であるキャデラック山(Cadillac Mountain)があります。この公園には、馬車道が曲がりくねるように通い、表面には砕石が敷かれているのでサイクリングに最適だそうです。
Map of Maine
州最大の都市ポートランド(Portland) の南に位置する小さな街ケープエリザベス(Cape Elizabeth) には、有名なポートランドヘッドライト灯台(Portland Head Light)があります。 この灯台は、メイン州にある 65 の灯台のうち最古のもので、今も現役です。 特に旭日が昇るのをとる写真家にはたまらない場所といわれます。
アメリカの有名な思想家、詩人、随筆家であるヘンリー・ソーロー(Henry Thoreau)もメイン州の自然がたいそう気に入って3度も旅したことが「The Maine Woods」(メイン州の森)という作品に書かれています。彼の多くの著作には、今日の自然と生態系に関する叙述があり、アメリカにおける環境保護運動の先駆者としての評価も確立されています。丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2か月間送りながら書き留めた、代表作『ウォールデン 森の生活』(Walden Life in the Woods)は、そこでの生活記録をまとめたものです。その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えたといわれます。
メイン州「松の木の州」(Pine Tree State)というニックネームがあり、全土の90%近くが森林で、内陸の森林地帯はほとんど人の住まない所となっているようです。メイン州の農業生産品は、家禽及び卵、乳製品、牛、ブルーベリー、リンゴ、並びにメープルシロップとカエデ糖である。特にブルーベリーでは最大の輸出州となっています。ジャガイモの生産でも知られています。入り組んだ岩の多い海岸線が続き、漁業は州経済の主力であり、現在もロブスター漁(lobster)やハマグリなど底引き漁が盛んです。
「ケンタッキーの我が家」(My Old Kentucky Home)はスティーブン・フォスター(Stephen C. Foster)作詞・作曲の歌曲です。ケンタッキー州の州歌となっています。「主人は冷たい土の中に」(Massa’s in De Cold Ground)、「故郷の人々」(Old Folks at Home)、オールド・ブラック・ジョー」(Old Black Joe)、「夢見る人(Beautiful Dreamer)、「金髪のジェニー」(Jeanie with the Light Brown Hair)、「スワニー川」(Swanee River)など、黒人奴隷の苦しみに共感を示しそれを描き出したのがフォスターです。曲のメロディは親しみやすく、黒人歌、農園歌、ラブソングや郷愁歌などを作曲し「アメリカ音楽の父」と称されています。
開拓者の過去と現在に至る歴史を学べるのがこの州です。「峠の我が家」(Home on the Range) という民謡があります。カンザス州(Kansas)の州歌となっています。のどかな旋律と歌詞です。アメリカの中央部という地理的条件のおかげで、カンザス州はアメリカの開拓で常に重要な役割を果たし、アメリカインディアンの豊かな歴史も育まれてきました。今も残るサンタフェトレイル(Santa Fe Trail)に幌馬車のわだちをたどり、ポニーエクスプレス(Pony Express)が通った道を旅できます。フォートラーンド(Fort Larned)とフォートスコット(Fort Scott)で南北戦争の戦場跡を見学し、部族に関する博物館を見学しましょう。カウンシル・オーク・ツリー(Council Oak Tree)のようなランドマークの木があります。この木は、1825 年にオーセージ族(Osage tribe)インディアンが土地を譲渡した際に契約の場となった史跡です。
Map of Kansas
ブートヒル博物館(Boot Hill Museum)とオールドカウタウン博物館(Old Cowtown Museum)では、西部開拓時代のアウトローや開拓者が歩いた道を実際に歩くことができます。田舎の生活様式が、今も家畜牧場で続けられています。このような牧場では、牛追い、星空を眺めながらのチャックワゴン(chuck wagon)での夕食ができます。チャックワゴンとは炊事用の幌馬車のことで、19世紀の特に西部開拓時代の長距離移動で広く使用されたものです。カンザス州では、本物の家畜牧場に宿泊することができます。質素なものからおしゃれな農場までさまざまな種類があります。
カンザスといえば、カンザス・シティスタイル・バーベキュー(Kansas City Style Barbecue:BBQ)さまざまな種類の木材でじっくりスモークし、厚切りトマトを載せてモラス(Morath)という蜜糖ベースのソースで食べるのです。カンザス・シティは、『World Capital City of BBQ』と呼ばれるほどです。BBQはカンザス・シティ文化のハイライトなのでしょうか。BBQはなぜ有名になったかです。カンザスはアメリカのど真ん中に位置し、19世紀半ば頃からアメリカの物流の拠点となりました。鉄道に加えてミズーリ川(Missouri River)があり、バイヤーや卸売業者はそれを家畜類の輸送手段として使うだけでなく、肉の加工業を栄えさせたのです。
イリノイ大学(University of Illinois)があるのは、アーバナ・シャンペイン(Urbana-Champaign)という大学街で、友人のデルウイン・ハーニッシュ氏(Delwyn Harnisch)が同大学心理教育学部の教授をしていました。彼のエピソードです。ネブラスカ大学(University of Nebraska)から招聘を受けたとき、心理教育学部長に、ネブラスカ大学から示された給与額を伝えます。もし、心理教育学部が同額に近い給与を出せばイリノイ大学に残るといいます。学部長はそれは無理であるという回答だったのでネブラスカ大学へ移ることにした、という話です。このように給料の交渉ができるのがアメリカの大学の面白いところです。有名教授ならではのエピソードです。ハーニッシュ教授を兵庫教育大学に半年間客員教授として招いたことがあります。温泉や露天風呂が好きな人でした。
イリノイ州からは3人の歴代大統領を輩出します。エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)、ユリシーズ・グラント(Ulysses S. Grant)、バラク・オバマ(Barack Obama)です。さらにロナルド・レーガン(Ronald Reagan)は同州で生まれ育った大統領です。現在、イリノイ州はリンカーンを称え、州の公式スローガン「Land of Lincoln」を掲げており、1954年からナンバープレートに表示されています。州都スプリングフィールド(Springfield)にはリンカーン大統領図書館・博物館があり、シカゴには近いうちにバラク・オバマ大統領センターが建てられる予定でです。
アイダホ州の地理ですが、北はカナダのブリティッシュ・コロンビア州(British Columbia)、東はアメリカのモンタナ州(Montana)とワイオミング州(Wyoming)、南はユタ州(Utah)とネヴァダ州(Nevada)、西はオレゴン州(Oregon)とワシントン州(Washington)に接しています、ワイオミング州との州境はイエローストーン国立公園(Yellow Stone National Park)の一部を含んでいます。
アイダホ州は、スネークリバー平野(Snake River plain)の灌漑地域を中心に、アメリカでも有数の豊かな農地となっています。前述しましたが、農作物のなかでもジャガイモはアイダホ州の代名詞となっており、アメリカのジャガイモ生産量の約3分の1を占めているほどです。小麦、レンズ豆、大麦、オート麦、甜菜、エンドウ豆の種も重要な農産物収入源となっています。草原地帯だけでなく、山岳地帯の台地にも肉牛や羊の大群が放牧されています。州面積の5分の2近くが森林であり、毎年大量の木材が商業用材地から切り出されています。主にダグラスファー(douglas fir)、ポンデローサ・パイン(ponderosa pine)、ウエスタン・ホワイト・パイン(western white pine)が商業用材として家屋の建設に使われています。どうもこの州は松の木が知られているようです
外国人がハワイに来るようになったのは、1778年にイギリスのキャプテン、ジェームス・クック(Capt. James Cook)がハワイを訪れてからです。その後40年間、ヨーロッパとアメリカの探検家、冒険家、捕獲者、捕鯨船が新鮮な物資を求めてハワイ諸島に立ち寄りました。これらの接触は島の人々に大きな影響を与えることになります。たとえば、東洋と西洋から病気が持ち込まれ、それまで病気とは無縁だった島民に免疫のない病気が入ってきます。コレラ、はしか、性病、結核などの病気は、一時島民の人口を大きく減少させます。