留学を考える その55 ユタ州–Greatest Snow on Earth

このブログでは、いつの日か機会を見つけて若い人に留学を勧めたいということを主張しています。人生にとってこうした経験は必ずやプラスになることを信じて疑いません。いろいろな人と出会い、文化と接し、異なる角度から物事を考える機会となります。もちろん大学での学びは将来の仕事につながります。

話題は戻ります。ユタ州(Utah)の州都、ソールトレイク・シティ(Salt Lake City)に近づきますと、地上は真っ白。その名の通り塩の大地が広がります。しかし、州の中央部には海抜三千メートルの山脈があり、北海道のような粉雪で深く、世界的に名高いスキーリゾートとなっています。ユタ州の西部は起伏が続いています。ですが大部分が不毛の砂漠となっています。岩だらけの風景の中にひときわ目立つのがモニュメント・バレー(Monument Valley)です。しばしば西部劇の映画などで登場しました。

ユタ州は「末日聖徒イエス・キリスト教会」、俗称モルモン教会(Mormon)の発祥の地といわれます。長老であったブリガム・ヤング(Brigham Young)とその開拓者集団は、1847年7月にイリノイ州から今のソルトレイク・バレー(Salt Valley)に定着して発展していきました。現在でもモルモン教徒が全州人口の約60%を占めているといわれています。敬けんで穏やかなモルモンの人々が育んできた風土の影響で、全米でも治安も良いことで知られています。ユタ州立大学(Utah State University)のあるローガン市(Logan)は小規模都市を含めて全米一位の治安のよい町といわれます。

ソールトレイク・シティでは、モルモン教会の合唱がお勧めです。この合唱団は「Mormon Tabernacle Choir」といいます。神の幕屋教会合唱団と訳しておきます。世界一流オーケストラとの数々の共演や世界各地での演奏会で知られています。リハーサルは毎週木曜日午後8時から開かれ、その後に聴衆からの質問のやり取りがあります。ユタ州立大学を訪ねたついでに、このリハーサルの日時を確認してから練習を聴きに出掛けました。オルガンも素晴らしいものです。練習を公開するのはいいですね

ユタ州のライセンスプレートには、「Greatest Snow on Earth」、「世界で最も素晴らしい雪」と印字されています。塩と雪の白さで観光客が魅了される州といえましょう。州の愛称は「蜜蜂の巣の州ーBeehive State」となっています。

高等教育機関ですが、宇宙工学などの研究で知られるユタ大学(University of Utah)、 農業工学分野で強い研究のユタ州立大学(Utah State University)、合衆国最大の私立大学の一つでモルモン教会立のブリガム・ヤング大学(Brigham Young University)、リベラルアーツ教育のウエストミンスター・カレッジ (Westminster College)などがあります。

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留学を考える その54 テキサス州–The Lone Star State

テキサス州(Texas)はアメリカでは第二の面積を占める南部の大きな州です。1836年にテキサス共和国として一方的にメキシコから独立を宣言しますが、同年メキシコ軍の攻撃により敗れます。入植者がたてこもって抵抗した拠点がサンアントニオ(San Antonio)にあるアラモ砦(The Alamo)。デビー・クロケット(Devy Crocket)、ウイリアム・トラビス( William Travis)など指導者の名前が浮かんできます。映画も作られました。映画といえば「ジャイアンツ–Giants」。ジェームス・ディーン(James Dean)が懐かしい。

現在の州都はオースチン(Austin)ですが、近年特に人気が高い町がリバー・ウォーク(River Walk)のあるサンアントニオです。リバー・ウォークは小さな河の両岸にレストランが並んでいます。散歩、船下りが楽しいところです。今や年間1,000万人以上が訪れる全米有数の観光都市としても知られています。その人気もあって研究者を集める多くの学会もここで開かれています。

ブッシュ大統領(George Bush)親子やジョンソン大統領(Lyndon Johnson)はテキサスの出身です。メキシコ湾や内陸部に油田が多く、エクソンモービル(Exxon Mobil)などの石油会社の本社があります。カウボーイ文化に象徴される放牧業や畜産業でも知られています。アメリカン航空、コンチネンタル航空、AT&Aなど多くの企業の本拠地となっています。カリフォルニア、ニューヨークと並ぶ商業や経済の中心です。

ライセンスプレートには「The Lone Star State」とあります。メキシコからの独立という願いとして、テキサスの州旗に白い星を一つあしらったといわれています。これがLone Starの由来です。 オースチン市内の学校を見学したことがあります。引率の女性教師はピックアップトラックで案内してくれました。別な機会にサンアントニオへは学会発表で行ったのですが、不遜ながら発表を適当に切り上げてアラモ砦を見学し、リバー・ウォークへ向かいました。

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留学を考える その53 テネシー州—Volunteer State

テネシー州(Tennessee)はケンタッキー州(Kentucky)、ミズーリ州(Missouri)、ヴァージニア州(Virginia)など8つの州と接しています。最大の都市はメンフィス(Memphis)。州都はナッシュビル(Nashville)となっています。「チュチュトレイン」のチャタヌガ(Chattanooga)もこの州にあります。アパラチア山脈(Appalachian Mountains)を中心とするグレート・スモーキー山脈国立公園(Great Smoky Mountains)はハイカーが押し寄せるところです。産業では、タバコ、綿花、そして大豆などの農産物が有名です。

中学生時代の社会科の教科書に「テネシー計画」についての記述がありました。1933年にルーズベルト大統領(Franklin Roosebelt)が、ニューディール(New Deal)政策の一環として、テネシー川流域の総合開発を目的とした世界最初の地域開発といわれています。テネシー川流域開発公社(Tennessee Valley Authority: TVA)が主体となり、多くの多目的ダムなどの建設によって、膨大な雇用を創出したプロジェクトです。丁度世界恐慌のときです。中学生ながら、「いつかテネシーへ行ってみたい」という思いを持ったものです。

テネシーはカントリーウェスタン(Country Western)の発祥の地です。すでに紹介したエルヴィス・プレスリーもここの出身。彼が主に音楽活動を行ったのがメンフィス(Menphis)です。70代以上の方にはテネシー・ワルツ(Tennessee Walz)が懐かしでしょう。1950年にパティ・ペイジ(Patti Page)が歌い世界的なミリオンセラーとなります。日本では江利チエミが歌います。カントリーミュージックの影響が強い歌です。

ナッシュビル(Nashville)にも沢山の南部のライブを楽しめるところがあります。その響きはBluegrassと呼ばれるアコースティック音楽のジャンルです。演奏にはギター、マンドリン、フィドル(ヴァイオリン)、ギターなどの楽器が使われます。アパラチア南部に入植したスコッチ・アイリッシュ(Scotch Irish)といわれる北アイルランドやスコットランドから移住した人たちの伝承音楽をベースにしているようです。Bluegrassはアップテンポの曲が多く、楽器には速弾きなどの即興演奏(インプロヴァイズ)もあります。もちろん、ブルース感を表現する弾き方やハーモニーにも特徴があります。ナッシュビルに来たら必ず本場のBluegrassを楽しむべきです。

テネシー州のライセンスプレートには「Volunteer State」とあります。1800代のBattle of New Orleansに人々が駆けつけてきことに由来しています。この戦いでイギリス軍を破り、ルイジアナ(Louisiana)やテネシーが植民地から解放されていきます。

テネシーの高等教育機関です。バンダービルト大学(Vanderbilt University)、テネシー大学(University of Tennessee-Knoxville)、テネシー州立大学(Tennessee State University)などが研究中心の大学です。ベルモント大学(Belmont University)、 長老派教会(Presbyterian Church)が経営するロードカレッジ(Rhodes College)も入学が難しいリベラルアーツの大学です。授業料や生活費が他州に比べて安いのが魅力です。是非テネシーへの留学を考えてください。

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留学を考える その52 サウスダコタ州–Great Faces, Great Places

サウスダコタ州(South Dakota)は、ラコタ(Lakota) とダコタ・スー族(Dakota Sioux )から名付けられたといわれます。州都はピーリー(Pierre)。州で最も大きな都市はスーフォールズ(Sioux Falls)となっています。サウスダコタ州は農業と畜産が主要な産業です。五大品目として牛、トウモロコシ、大豆、小麦、そして豚が知られています。

州の南部にBlack Hillsという丘陵地帯があります。、背丈の低い松で覆われています。スー族の領土であり儀式の聖地として崇められている地域です。そこは国立公園となっています。この丘陵地帯にあるのがマウントラッシュモア(Mount Rushmore)で、多くの観光客がやってきます。山の岩盤に歴代4人の大統領の顔が彫られています。ジョージ・ワシントン(George Washington)、トマス・ジェファソン(Thomas Jefferson)、セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)、アブラハム・リンカン(Abraham Lincoln)です。

ローラ・インガルス(Laura Ingalls) はブログのどこかで何度も紹介した記憶があります。この州の代表的な小説家です。開拓地での幼少のときの生活経験が小説の舞台となっています。 彼女はウイスコンシン州で生まれ、幼年期に一家は中西部を頻繁に移動して開拓生活をおくります。やがて学校に通い、小学校の教師となります。その間、「インガルス一家の物語」を書きます。これがNBCで「大草原の小さな家(Little House on the Prairie)」としてテレビ・シリーズ化され一躍日本に紹介されて好評を博しました。サウスダコタ州は映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ(Dance with Wolves)」の舞台ともなりました。

私にとってのサウスダコタ州です。一度ここに住んでいたかっての宣教師とその家族を訪ねました。私が家族と始めてジョージア州に来たとき、この牧師さんから車を譲り受けた思い出もあります。この車でジョージアからウイスコンシンへ行き、そしてサウスダコタを訪ねました。果てしない大平原やトウモロコシ畑を走りました。

この州のライセンスプレートには「Great Faces, Great Places」とあります。Great Facesとは彫られている4人の大統領のことです。この4人の大統領もプレートにプリントされています。趣のある一枚です。

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留学を考える その51 サウスカロライナ州—Smiling Faces Beautifu Places

サウスカロライナ州(South Carolina)は北部でノースカロライナ州、南部と西部でサバンナ川(Savannah River)を境に位置するジョージア州(Georgia)、及び東部で大西洋と接しています。海岸線には多くの沼や入り江があり、またジョージタウン(Georgetown)やチャールストン(Charleston)など自然の良港をひかえています。

サウスカロライナ州の開発の歴史は古くメイフラワー号がニューイングランドに上陸する約100年前の1526年にスペイン人のFrancisco Gordilloが入植を試みたという記録があるようです。1629年にイングランド王チャールズ一世(King Charles I)がカロライナを植民地とします。1729年にはノースカロライナとサウスカロライナが分離します。独立戦争を経て他の州と共に独立し、奴隷制による綿花のプランテーションによって大いに繁栄します。

1860年に奴隷制廃止論者であったリンカーンが大統領になると合衆国から離脱し、1861年には後続して脱退した他の南部諸州と共にアメリカ南部連合(Confederate States of America)を結成し、北軍の駐屯するチャールストンの港に位置するサムター要塞(Fort Sumter)を攻撃して南北戦争の口火が切られます。1865年にシャーマン将軍(William Sherman)率いる北軍の侵攻により、ジョージア州アトランタ(Atlanta)が焼き払われ、「海への進軍」(March to the sea through Georgia)およびサバナよりの北上作戦により南部経済は壊滅して南北戦争の終結が早まります。小説「風と共に去りぬ」(Gone with the Wind)はこの南北戦争が舞台です。

サウスカロライナ州は長い植民地時代を残す歴史があります。例えば、チャールストンは「聖なる市」(The Holy City)ともいわれます。高い尖塔を有する教会が街の景観を形成しています。十三の植民地の中で、カトリック、プロテスタントを問わず信教に対する寛容さを認めていた数少ない都市の一つがチャールストンで、ユダヤ教を認めた最初期の植民地都市ともいわれます。州の愛称は「Smiling Faces Beautifu Places」。いい呼び名です。

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留学を考える その50 ロードアイランド州— The Ocean State

合衆国東北部、ニューイングランド地方にあるのがロードアイランド州(Rhode Island)です。州都および人口最大都市は州北部、ナラガンセット湾(Narragansett Bay)の奥に位置する港湾都市のプロビデンス(Providence)です。プロビデンスは学術都市でもあり、州全土がプロビデンス大都市圏に含まれています。Providenceとは「神の意思」とか「神の摂理」という素晴らしい響きの単語の固有名詞です。

合衆国50州の中で面積が最小の州です。滋賀県と同程度の面積ですが、独立戦争や憲法の起草では重要な役割を果たした州でもあります。独立時の十三州の1つでもありました。州の愛称は「The Ocean State」、正式な名称は「State of Rhode Island and Providence Plantations」という具合で、合衆国で最も長い州名となっています。プロビデンスにコロニーである居住地を開拓したことを象徴しています。州の愛称は、「The Ocean State」とあります。大西洋に広がるナラガンセット湾からの恵みを示すようです。

現在のプロビデンス市の創設者であり、ロードアイランド植民地の共同設立者がロジャー・ウィリアムズ(RogerWilliams)です。彼はイギリス生まれの神学者であり、政教分離原則の著名な提案者として知られています。1636年、イギリス国教会およびアメリカ・インディアンの土地の強奪に対する強烈な批判を行ったためマサチューセッツ湾植民地を追われます。ですが4人の信奉者と共にナラガンセット湾の北部沿岸の土地をナラガンセット族(Narragansett)とピクォート族(Pequot)から土地を求めて、集落を作ります。ここをバプテスト開拓者のための宗教的自由の地と宣言します。「逆境にある私に神の慈悲深い摂理を感じさせる」と言ってプロビデンスを命名したといわれます。

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留学を考える その 49  ペンシルヴァニア州—Keystone State

ペンシルヴァニア州は正式には「Commonwealth of Pennsylvania」と呼ばれます。マサチューセッツ州もCommonwealthを使うことをこのブログで紹介してきました。

合衆国の北東、大西洋岸中部に位置しています。五大湖の近くでもあります。東はニュージャージー(New Jersey)、南東はデラウエア州(Delaware)、南はメリーランド州(Maryland)、南西はウエストバージニア州(West Virginia)、西はオハイオ州(Ohio)、エリー湖(Lake Erie )、北西はカナダのオンタリオ州(Ontario)、そして北はニューヨーク州(New York)というように州に囲まれています。アパラチア山脈が州の中央を斜めに連なっています。

州都はハリスバーグ(Harrisburg)。最も大きい町はフィラデルフィア(Philadelphia)です。次いでピッツバーグ( Pittsburgh)となっています。州のモットーは「Virtue, Liberty, and Independence」です。

1631年の6月にオランダから最初の移民が Delmarvaという岬にコロニーをつくります。それ以降、北欧スエーデン人らも続々と移民してきます。デラウエア川一帯に定住し、いまのペンシルヴァニアを形成していきます。そのせいか、クエーカー教徒(Quaker)が多い州でもあります。Quakerは、キリスト友会(Society of Friends)というキリスト教団体の一般的な呼称です。友会は、17世紀にジョージ・フォックス(George Fox)らによってイングランドで設立されました。Quakerの信仰の伝統的な表明方法は証言といわれます。その中で「平和主義」はQuakerの証言としても最も知られ、暴力は常に誤りであるという信念を貫いています。

ペンシルヴァニア州は1802年に「Keystone State」(礎石となる州)とつけられました。これは独立に立ち上がった13州の一つであり、地理的に13州の中心にあったのがペンシルヴァニアです。ウィリアム・ペン(William Penn)はペンシルベニア州では忘れられない人物です。フィラデルフィア市を建設しペンシルベニア州を整備したとあります。ペンは元軍人であり地方の政治家でした。彼自身もまたクエーカー教徒であり、やがて開拓地のための自由憲章の草稿を書き上げます。フィラデルフィアなどの植民地におけるペンの権限は、英国の施政下にあって窮屈だったようです。ですが施政下の枠組みにあっても、信教の自由、公正な裁判、主権を持つ人民により選ばれた代表、三権分立による統治をうたったことで知られています。こうしたペンが示した民主主義の重視は、アメリカ合衆国憲法に多大な影響を与えます。

もう一つの州の呼び名は「Quaker State」。前述したようにペンシルヴァニア州にはクエーカー教徒が多いことに由来しています。

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留学を考える その48 オレゴン州–Oregon Trail

オレゴン州は(Oregon)太平洋に面し、北はワシントン州(Washington)、南はカリフォルニア州(California)とネバダ州(Nevada)、東はアイダホ州(Idaho)で州境となっています。オレゴン州は西部開拓の歴史が色濃く残っています。合衆国を大西洋から太平洋まで拡げるという目標のために、1800年代には本格的な開拓が進み、幌馬車で東部から多くの入植者がオレゴン・トレイル(Oregon Trail)を経てがやってきました。当時、大陸横断には5–6ヶ月かかったようです。州都はセーラム(Salem)、最も大きい町はポートランド(Portland)です。

ポートランドは札幌市とほぼ同じ緯度にあり、姉妹都市関係を結んでいます。ダウンタウンですが、コロンビア川の支流ウィラメット川 (Willamette River) の川岸は公園となっています。その一角に日本人移民の歴史公園があります。そこに移民の足跡を記すレリーフが立っています。戦前、多くの日本人がオレゴン州に移民した経緯があります。レリーフには、農業と漁業で生計をたてながら子どもを教育する姿、アメリカに同化しようとした努力、大戦中の収容所での苦しい生活、そしてアメリカ人の差別に対する謝罪の言葉などが彫られています。

「オレゴン・トレイル」というコンピュータゲームも作られました。オレゴン州のライセンスプレートはいろいろなデザインがあります。そこにはオレゴン街道- Trail-が印字されています。札幌で育った私にはオレゴン州とポートランドは懐かしい響きがあります。州の愛称は「ビーバーの州」(Beaver State)でもあります。

ウィラメットバレー(Willamette Valley)という肥沃な農地を抱え、周辺の農産物が集まるところでもあります。広大な森林を背景に国内最大級の製材業と林業があります。ヘーゼルナッツ、クランベリー、葡萄の産地でもあります。酪農では牛、羊、酪製品、卵、鶏肉が盛んな地です。

ポートランドとユージンにはそれぞれ一度、会議で招かれて訪れたことがあります。学校もいくつか見学し、子どもが学ぶ姿に接することができました。DVを逃れ母子が保護されていることも知りました。その子どもたちが学ぶ教室もありました。

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留学を考える その47 オクラホマ州—Sooner State

オクラホマ州(Oklahoma)は合衆国の真ん中より少し南に位置する州です。東はミズーリ州(Missouri)とアーカンソー州(Arkansas)に、西はニューメキシコ州(New Mexico)、南はテキサス州(Texas)、北はコロラド州(Colorado)とカンザス州(Kansas)に接しています。州都および最大都市はオクラホマシティ市(Oklahoma City)であり、タルサ市(Tulsa)がそれに続きます。

この州のニックネームは”Sooner State”といいます。和訳すれば「早者勝ちの州 」とでもしておきましょう。号令とともに我先にと土地の権利を求めて幌馬車を駆って先陣争いをしたのだそうです。中には、公式の土地所有の解禁前に、移植してきた白人たちが「ここは俺の土地だ」と勝手に宣言した者が多かったようです。こうした駆け抜けの人は”The Sooner”と呼ばれました。可笑し味があります。

州名はチョクトー族(Choctaw)の言葉でokla(赤い) と humma(人間)を合わせたものであり、「赤い人々」という意味です。もともとチョクトー族は合衆国南東部のミシシッピ川河口域に住んでいた農耕民族であったそうです。Wikipediaによると、オクラホマ州は、全米のインディアン部族のほとんどを強制移住させる目的で作られた州です。そのため、他の州に比べネイティブアメリカンの居留地(Reservation)が際だって多いのが特徴です。オクラホマ州には沢山のネイティブアメリカンの部族が住んでいます。少なくても25の言語があるということは少なくても25の部族がいるということです。

オクラホマ州は天然ガス、石油および農業の生産高が高いのが特徴です。航空機、エネルギー、輸送機器、食品加工、エレクトロニクス、通信の各産業を経済の基盤とし、天然ガス、航空機および食品の重要な生産州です。天然ガスの生産では国内第2位の州となっています。国内でも経済成長率が高く、2007年度の統計によれば一人当たり収入成長率と州総生産の成長率では国内トップクラスとなっています。油田の発見により、石油精製工業、化学工業が発達しています。

オクラホマ州は、保守的な教義を信奉するキリスト教会が多いので、”Bible Belt”と呼ばれています。その意味は、合衆国の南東中心部には多くのプロテスタントの教会、しかも伝統的な教義を大事にする教会が多いということです。いわば保守的な教理を伝統とする教会です。その象徴は、1963年創立のオラル・ロバーツ大学(Oral Roberts University)でしょう。この大学は大衆伝道者だったオラル・ロバーツが創立します。カリスマ的な伝道師であったビリー・グラハム(Billy Graham)と双璧をなした宣教師です。

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留学を考える その46 オハイオ— Buckeye State

オハイオ州は別名「バッカイヤ州-Buckeye State」と呼ばれています。Buckeyeとは州の木のことです。針葉樹の一種で、なんとなく形といい大きさといい北海道に多いカシワに似たところがあります。ドングリも秋になると沢山落ちます。州都で最大の都市はコロンバス(Columbus)。他の大きな町はクリーブランド(Cleveland)、デイトン(Dayton)、トレド(Toledo), シンシナティ(Cincinnati)、アクロン(Akron)です。

オハイオは、五大湖の一つエリー湖(Lake Erie)に面して、その岸は500キロに及びます。この地の利を使って製造業や海運業が盛んです。東はペンシルベニア、南はケンタッキー、イリノイ、西はミシガンに接しています。

州都コロンバスにはオハイオ州立大学(Ohaio State University: OSU)があります。この州の学術研究の中心的な大学です。多くの人材を輩出しています。宇宙飛行士のジョン・グレン(John Glenn)、ニール・アームストロング(Neil Armstrong) もオハイオの出身です。中西部には「Big Ten」という大きな大学の連合があります。ウイスコンシンやミシンガン、イリノイ、ミネソタ、ノースウエスタンなどの大学とともにBig Tenの一つとして、オハイオ州立大学は他大学とで研究開発を競っています。スポーツもまた然りです。

デイトン市はライト兄弟が初めて有人動力飛行機を組み立てたところで知られています。そのために、ライセンスプレートには「Birthplace of Aviation」(飛行機発祥の地)とあります。以前このブログでノースカロライナを紹介したとき、世界で初の有人動力飛行に成功したのがノースカロライナと紹介しました。デイトンは、その飛行機をライト兄弟が自分たちの自転車屋で製造したのが我が町であると主張しているのです。造った所と飛ばした所が違うというのが両方の主張のようです。可笑味があります。

オハイオ州の製造業は総生産高で50州のうちの第3位となっています。シンシナティには、世界最大の一般消費財メーカーのプロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble) の本社、アクロンにはタイヤ会社のグッドイヤー(Goodyear)の本社があります。

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留学を考える その45 ノースダコタ州—Peace Garden State

ノースダコタ州(North Dakota)は合衆国中西部の最北部、グレートプレーンズ(Great Plains)にあります。州の北側はカナダ国境であり、サスカチュワン州(Saskatchewan)およびマニトバ州(Manitoba)に接しています。西側はモンタナ州(Montana)に、東側はミネソタ州(Minnesota)との州境にレッド川( Red River)が流れ、南側はサウスダコタ州(South Dakota)と接する州です。州都はビスマーク市(Bismarck)。人口最大の都市はファーゴ市(Fargo)となっています。ノースダコタの名前は、スー族(Sioux)であるダコタ族(Dakota tribe)から由来しています。

最近の10年以上、全国平均よりも低い失業率、雇用数と人口の増大、および低い住宅空き家率など経済的な好調を持続してきた。これには州西部のバッケン・オイルシェール田(Bakken shale gas)の開発が大きく貢献しています。それに関連する技術やサービス産業の成長も好調な州経済に寄与しているようです。ノースダコタ州は、バッケン・オイルシェール田の採掘によって多くの雇用を生み出しています。すでにアラスカの石油の産出を上回り、テキサス州について第二位となっています。

興味ある話題としては、ノースダコタ州は人口比における教会数の多さでは全米一となっていることです。人口の35%がルーテル信者、30%がカトリック信者、メソジスト信者が7%などとなっています。ドイツや北欧からの移民が多いのです。ドイツ系が47%、ノールウエイ系が31%、アイリッシュが8%、スエーデン系が5%という配置になっています。

農業生産高では全米で菜種油(カノーラ油)は92%、カラシ油が62%、ひまわり油は53%、べに花油が18%を占めています。食用油の精製は一大産業となっています。

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留学を考える その44 ノースカロライナ州– First in Flight

大西洋岸にあるノースカロライナ州(North Carolina)は、周りをバージニア州)Virginia)、テネシー州(Tennessee)、ジョージア州(Georgia)、そしてサウスカロライナ州(South Carolina)に囲まれています。首都はラレイ(Raleigh)、最大の都市はシャーロット(Charlotte)です。チャペルヒル(Chapel Hill)という町には、実に綺麗なノースカロライナ大学(University of North Carolina) のキャンパスがあります。どの町も樫の木(oak)の緑が豊かです。

ノースカロライナ州は科学技術の研究開発が非常に盛んなところです。その中心はResearch Triangleと呼ばれる ラレイ、ダーム(Durham)、チャペルヒルの三つの町です。三つはちょうど三角形のように点在しています。

農業生産品は鶏卵、豚、牛、牛乳の他にタバコ、大豆が主要なものです。他にも織物、化学工業、電子機器、製紙も知られています。意外なことですが、ノースカロライナ州はカリフォルニア州以外で最大の映画制作を行っている州の1つでもあります。

ノースカロライナ州といえばライト兄弟(Wilbur Wright & Orville Wright)です。1903年、世界で初の有人動力飛行に成功したのがノースカロライナです。ライセンスプレートには「First in Flight」と記されています。

スポーツも盛んな地です。特に大学バスケットボールとフットボールは全米でも有数です。大学間での競争が激しいことにもよります。デューク大学(Duke University)、ウェイクフォレスト大学(Wake Forest University)、ノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)、ノースカロライナ大学が競っています。

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留学を考える その43 ニューヨーク州—-The Empire State

ニューヨーク州の紹介です。なにをとりあげても話題の尽きない州です。最大の都市はニューヨーク(New York)ですね。州都はニューヨークから300キロも離れた人口10万人足らずのアルバニー(Albany)。州の西端にはナイアガラ瀑布(Niagara Fall)があるのをご存じですか。

ニューヨーク州は正三角形に近い形をしています。ニューヨーク州の境界には5大湖のうちの2つのエリー湖(Lake Erie)とオンタリオ湖(Lake Ontario)があります。カナダのオンタリオ州とケベック州と国境を接し、コネチカット州、バーモント州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、そしてペンシルベニア州と隣接しています。

誰でもご存じのニューヨークは世界経済、商業、コミュニケーションの中心地です。多くの企業の本社がここにあります。またショービジネスなど娯楽産業の中心でもあります。年間4,700万人の観光客が訪れます。国際連合はじめ公共機関も沢山あります。9・11の影響がいまだに続いてはいますが、急速な回復はニューヨークのバイタリティを感じます。公共交通網も張り巡らされ、地下鉄網の総延長は世界一。多くの交通機関は24時間運行となっています。

ニックネームはBig Apple。その由来は、大恐慌時代に失業者が市内ででリンゴ売りをしていたとか、ジャズマンが使い出したとか、1800年代に街には一番いい「リンゴ」(隠語で売春婦)があったという説などです。

ニューヨークの由緒ある所の紹介です。エリス島(Ellis Island)は忘れることができません。ニューヨーク湾内にあって、19世紀にヨーロッパからの移民が到着したのがこの島です。かつての移民管理局は今は博物館となっています。1800年頃から1954年まで使われていたとあります。その近くには自由の女神(The Statue of Liberty)が建っています。合衆国の独立100周年を記念してフランスより贈呈され、1886年に造られました。ヨーロッパからやってきた人々が船上からこの像を眺めて、新天地への憧れを抱いたところです。自由の象徴ともなっています。

ニューヨーク州のライセンスプレートには「The Empire State」と印字されています。戦後しばらく、世界一高い建物といわれたEmpire State Buildingの影響があるようです。なんでも世界一が好きなアメリカのことです。ニューヨークは確かにそのような風格と内容を備えてはいるようですが、少々厳つい印象もぬぐえません。9.11の後遺症と教訓は長く続くと思われます。

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留学を考える その42  ニューメキシコ州—Land of Enchantment

この州の最大の都市はアルバカーキー(Alburquerque)です。今では伝説的となりましたが、かってビル・ゲイツ(Bill Gates)がパソコンのOSを開発した町です。もともと大部分がネイティブ・アメリカンの居留地だったところです。部分的にメキシコ領土だった経緯もあります。現在、人口の45%がヒスパニック(Hispanic)。加えて、今でもネイティブ・アメリカンが全米で第三位を占める位多く住んでいます。ですが面積からするとアメリカで最も人口密度が低い州といわれています。
州都は、かってメキシコの総督府が置かれていたサンタ・フェ(Santa Fe)です。観光はサンタ・フェの経済を支えています。温暖な気候や、冬のスキー、夏のハイキングなど野外活動の機会に恵まれています。歴史・芸術・文化の豊かな州都です。ジョージア・オキーフ美術館(Georgia O’Keeffe Museum)はその中心といえましょう。オキーフは特にアメリカ人に人気のある女性画家です。自然の景観や動植物などの自然を題材としています。オキーフはウィスコンシン州の農家に生まれ、マディソンで高校時代をすごしたこともあります。

ダウンタウンの歴史地区、特に総督府に隣接するプラザ(Plaza)にはメキシカンフードの人気レストランが立ち並んでいます。町並みは日干しの土で作られた建築物アドービ(Adobe)です。砂、砂質粘土とわらなどの素材でつくられる建材です。熱を吸収してもゆっくりと放出するので建物の中は涼しく、ニューメキシコのような暑くて乾いた地に適しているといわれています。

ニューメキシコ州のライセンスプレートには「Land of Enchantment」(魅了してやまない地)とあります。今もナバホ(Navajo)、プエブロ(Pueblo)、アッパチ(Apache)インディアンが住む居留地があります。そこで作られる民芸作品、各地にある大小の博物館の展示物、そして大自然が観光客を魅了しています。ネイティブ・アメリカンとメキシコの文化と芸術を最も身近に接することができる州といえましょう。

ニューメキシコは日本にとって忘れることのできない州です。ロスアラモス(Los Alamos) という所があります。砂漠のど真ん中に国防総省が管轄するロスアラモス国立研究所(Los Alamos National Laboratory)があります。ここで造られた原子爆弾Little Boyが博物館に展示されています。複雑な思いのする場所です。

ニューメキシコ州立大学(New Mexico State University)、ニューメキシコ大学(University of New Mexico)、サンタフェ大学(Santa Fe University of Art and Design)が主要な高等教育機関です。

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留学を考える その41 ニュージャージー州—Garden State

ニュージャージー州(New Jersey)は、ニューヨークのハドソン川(Hudson River)の対岸、そしてデラウエア(Delaware)の北東、西はペンシルバニア(Pennsylvania)に接しています。州都はトレントン(Trenton)となっています。ニューヨークの隣なので、多くの人が電車で通勤しています。フィラデルフィア(Philadelphia)へもそうです。最大都市はニューアーク(New Ark)、アトランティックシティ(Atlantic City)は東海岸随一のカジノシティとして知られています。

イギリスから最初に独立した13州のうちの一つでもあり、その歴史は古いです。ニュージャージーに最初にやってきた人々はオランダ人、そしてスエーデン人です。やがてイギリスからの移民が増加し、1649年に名前がNew Jerseyとなります。そこから長らくイギリスの植民地となります。独立戦争の頃、ニュージャージーは依然としてイギリスの支配下にあります。植民地軍とイギリス軍がこの州をまたいで大きな戦いが繰り広げられます。そのため、州のニックネームはやがて「革命への交差路)」The Crossroads of the Revolutionといわれます。

Wikipediaによれば、ニュージャージー州の一人当たり州総生産は国内第2位、一人当たり年収も国内第3位と裕福な州のようです。軍需品生産の中心であり、海軍艦艇の建造が盛んなのが州の雇用と経済を支えているようです。ニューヨーク大都市圏とフィラデルフィア大都市圏を控えていることも州の発展を支えているといえます。

ニュージャージーが生んだ有名な人物としてトマス・エディソン(Thomas Edison)が挙げられます。生涯で1,093の特許登録をしたといわれます。州のモットーは「自由と繁栄, Liberty and Prosperity」とあります。ライセンスプレートには、自然豊かな地を示すGarden Stateとあります。平等の州 (Equality State)とか、なぜかカウボーイ州 (Cowboy State)というニックネームを持っている州です。

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留学を考える その40 ニューハンプシャー州–Live Free or Die

ニューハンプシャー州は大西洋側の東海岸にあります。綴りはNew Hampshierです。いわゆるニューイングランド地域の一部で、北部及び北西部でカナダのケベック州(Quebec)、東部はメイン州(Maine)、南部はマサチューセッツ州(Massachusetts)、そして西部はバーモント州(Vermont)と隣しています。

アメリカにはNewが付く州や町がたくさんあります。州ではNew Mexico, New Jersey, ご存じNew York, 街ではNew London, New Berlin, New Heavenというのもあります。イギリスやヨーロッパ各地からの移民が開拓したことを物語ります。ニューハンプシャーの州都はコンコード(Concord)という小さな街です。コロニアルスタイルといわれる町並が絶佳です。植民地時代の木造家屋のデザインを示します。

この州で忘れられないところがポーツマス(Portsmouth)という街です。日露戦争(Russo-Japanese War)が終わり、当時の大統領ルーズベルト(Theodore Roosevelt)の仲介で講和条約(Treaty of Portsmouth)が締結された街、それがポーツマスです。Portsmouth Naval Shipyardという海軍施設が交渉の会場だったとあります。実に小さな港町です。こんなところで条約が結ばれたのか、と頭をかしげたくなるような長閑な所です。

日本の代表は外務大臣の小村寿太郎、ロシアは元大蔵大臣のセルゲイ・ウイッテ(Sergei Witte)です。ポーツマスの博物館に当時の交渉の様子を報道した写真や新聞記事が飾られています。大男のウイッテが小男の小村を威圧するイラストがあります。当時ロシアはヨーロッパの大国、日本はアジアの小国でした。アメリカは太平洋の利権があって日本に同情的な姿勢であったことを伺わせます。

ニューハンプシャーのライセンスプレートには「Live Free or Die」。「自由を与えよ、さらば死を」という意味です。ニューハンプシャーは最初にイギリスの統治を離脱し独立への歩みを踏み出します。独立宣言後、最初の13州の一つともなります。さらに特筆すべきことは合衆国の州として最初に憲法を制定した州となったことです。この歴史を踏まえているせいでしょうか、大統領選挙において最初に予備選挙が実施されるのがこの州でもあります。その後の各州での大統領選挙を予測するうえで重要な選挙となっています。二大政党にとっての重要な試金石です。

大学教育ですが、なんといっても私立のダートマス大学(Dartmouth College)が有名です。アイビーリーグ(Ivy League)のメンバーで、全米の大学の中で13番目に長い歴史を持っています。さらにニューハンプシャー大学(University of New Hampshire)やコミュニティカレッジ・システム(Community College System)もそれぞれ分校を有していますPatrickHoule_summer2012_1  20309-004-A87CB099 Portsmouth

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留学を考える  その39 ネヴァダ州–The Silver State

ネヴァダ州(Nevada)は、西にカリフォルニア州(California)、北にオレゴン州(Oregon)、東にユタ州(Utah)、南にニューメキシコ州(New Mexico)に囲まれています。州都はカーソンシティ(Carson City)。最大の街はラスベガス(Las Vegas)となっています。

ネヴァダという名前は、”雪がかぶった山々”という意味のシェーラネヴァダ(Sierra Nevada)に由来すると言われます。北部は砂漠地帯、南部や渓谷と山となっています。ラスベガスの北100キロのところに原爆実験場があります。1950年代の冷戦下で、ネヴァダ州での原爆実験が新聞紙上でしばしば報道されました。

ラスベガスのカジノは多くの観光客を惹きつけています。これが大きな産業ともなっています。他の産業としては金の採掘です。世界でも有数の金銀の算出となっています。変わったところでは、合衆国ではロードアイランド(Rhode Island)とともに、なんらかの売春が合法となっています。

多くのネイティブアメリカンが住んでいます。ナバホ(Navajo)、パイウーテ(Paiute), ショショーン(Shoshone)といった部族です。太平洋戦争中「ナバホ暗号部」が設置され、軍事的な指令文はナバホ族出身の兵士によってナバホ語に翻訳して送信され、それを受信して英語に直すという具合でした。いわば暗号文をやりとりしていたことになります。こうしたナバホ語はコードトーカー(Code talker)と呼ばれました。この映画「ウインドトーカーズ(Windtalkers)」は、この暗号をめぐるサイパン島での戦いでした。是非観て欲しい作品です。

気候は砂漠の影響で夏は乾燥して高温、冬は厳しい寒さが襲います。寒暖の差は合衆国で一番といわれています。ライセンスプレートにはThe Silver Stateとあります。

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留学を考える その38 ネブラスカ州—The Good Life

ネブラスカ州(Nebraska)は合衆国のほぼ真ん中に位置しています。北はサウスダコタ(South Dakota)に、東はアイオワ(Iowa)とミズーリ(Missouri)に、西はワイオミング(Wyoming)とコロラド(Colorado)に、南はカンザス(Kansas)に囲まれています。州都はオマハ(Omaha)。州の大部分は平坦な大平原が広がります。トウモロコシを中心とする穀物地帯です。牛肉や豚肉の生産でも知られています。

ネブラスカに関するエピソードがあります。学校の教師らとでネブラスカへ行ったとき、入国手続きをしたデトロイト空港でのことです。家内の番になりまして審査官との間で次のような会話をしてました。

審査官 「入国の目的は?」
家内 「観光です」
審査官 「これからどこへ行くのか?」
家内 「ネブラスカです」
審査官(けげんな表情で)「ネブラスカのどこで観光するのか?」
家内 「リンカーンです」
審査官「観光でネブラスカへ行く日本人はあんたが初めてだ、、、」

デトロイト経由の乗客の中で、観光でやってくる日本人の99%はニューヨークとかボストンとかフロリダへ行くのです。審査官もけったいな日本人に驚いたのでしょう。「ネブラスカに観光へ」には苦笑してましたね。

ネブラスカの西部にはチムニー・ロック(Chimney Rock)など巨大な岩で知られています。このあたりはでは沢山の恐竜が発掘されています。きわめて保存状態が良く恐竜の骨格がはっきりしています。それを展示しているのがネブラスカ大学リンカーン校(University of Nebraska-Lincoln)です。ここの自然博物館(Natural History Museum)の恐竜の化石は圧巻です。大勢の児童生徒が黄色い車体のスクールバスに乗ってフィールドトリップにやってきます。

リンカーン市にあるネブラスカ大学は同システムの基幹大学で、同州の大学教育をリードしています。UW-Madisonの所属するビッグ・テン・カンファレンス(Big Ten Conference)に一員となっています。

ネブラスカ州はのモットーはThe Good Lifeとあります。「安住の暮らし」といった感じですね。ライセンスプレートには、大平原と煙突のような岩山が描かれていてすてきなデザインです。

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留学を考える その37 モンタナ州—Big Sky

かつて合衆国上院議員で駐日大使であったマイク・マンスフィールド(Mike Mansfield)氏の出身地がモンタナ州(Montana)です。1977年から1989年までの長期にわたって大使を努めました。この州はカナダのブリティッシュコロンビア州(British Columbia)、アルバータ州(Alberta)及びサスカチュワン州(Saskatchewan)と接しています。州都はヘレナ(Helena)です。

モンタナ州は白人とネイティブアメリカンの土地をめぐって幾多の戦いが繰り広げらたところです。最後の軍事的戦いの場所となった戦跡があります。スー族(Sioux)、シャイアン族(Cheyenne)、アラパホ族(Arapaho)がカスター中佐(George Custer)の率いる「第7騎兵隊」(7th Cavalry Regiment)の奇襲を撃破したことでも知られています。その戦跡は長らく隊長の名をとった「カスター国立記念戦場」(Custer Battlefield National Monument)と呼ばれました。ですがスー族がこの名称の変更を要求した結果、今は「リトルビッグホーン国立記念戦場(Little Bighorn Battlefield National Monument)」として保存されています。沢山の西部劇がネイティブアメリカンと第7騎兵隊の戦いを描いています。

ライセンスプレートには、「Big Sky」と印字されています。さしずめ「蒼穹の空」といったところです。「モンタナの空は他のどこよりも大きく感じる」と地元の人は自慢げに言うのは、このためかもしれません。氷河が残したグレイシャー国立公園(Glacier National Park)及びイエローストーン国立公園(Yellowstone National Park)の一部を含み、大いなる西部にふさわしい大自然に抱えられた州です。西部開拓時代の歴史、ネイティブアメリカンの文化が多くの観光客を惹き付けています。

大学ですがモンタナ大学(University of Montana)、モンタナ州立大学(Montana State University)が知られています。州内にそれぞれ四つのキャンパスを擁しています。クロウ族系(Crow Indian)リトルビッグホーン・カレッジ(Little Big Horn College)、スー族系(Sioux)のフォートペック・カレッジ(Fort Peck Community College)など四つネイティブアメリカンの単科大学もあります。

By3wtB6IMAAhP9B Mike Mansfieldmap img_01981 リトルビッグホーン国立記念戦場

留学を考える その36 ミズリー州–Show Me State

ミズリー州(Missouri)のニックネームは「Show Me State」となっています。これは、「少々のことでは納得しない」という意味です。なにか気概が感じられます。このフレーズががライセンスプレートに印字されています。

ミズーリは、合衆国中西部のミシシッピー川(Mississippi River)沿いの内陸にあります。8つの州にまたがるところでもあります。州都はジェファーソン・シティ(Jefferson City)。同州を代表する都市はなんといってもセントルイス(St.Louis)です。ミシシッピ川に面するこの町は、開拓時代より西部への玄関口として発展し、現在では中西部きっての観光地となっています。

19世紀の初めにアメリカで歌われるようになった民謡に「シェナンドー」”Shenandoah”」があります。カヌーでシェナンドー川を行き来していた貿易商人(Voyageurs)が歌う古い舟歌でしたが、いつしか白人の男性が酋長の娘「シェナンドー」に恋をするラヴソングへとなり、長い間に歌い継がれていきます。フランス語のVoyageursとはTravelerという意味です。似たような曲に「赤い川の谷間」(Red River Valley)という恋歌もあります。

Oh Shenandoah, I long to see you,
Away you rolling river.
Oh Shenandoah, I long to see you,
Away, we’re bound away,
Cross the wide Missouri.

ミズーリの主要産業は、航空宇宙産業、輸送設備、食品加工、化学工業、印刷/出版、電気設備、製造業など多彩です。農業生産品は、牛肉、大豆、豚肉、乳製品、トウモロコシ、ニワトリなどの家禽、及び 鶏卵です。特に豚や牛の生産が盛んです。近年はワイン産業の育成にも州は力を入れています。

ミズーリ州は、大理石の生産で知られています。その他、鉛、石炭、採石が生産されています。ミズーリ川とミシシッピー川がこうした資源を運ぶ大動脈となっています。川には大小多くのバージ(barge)と呼ばれる運搬船が往来しています。

セントルイス市内には「Gateway Arch」アーチがそびえています。頂上からの眺めは、ミシシッピー川をはさんで360度の景色が楽しめます。ここには、Gateway Archが建設される様子の資料が展示されています。あの壮麗なアーチが出来上がる様をつぶさに映像で説明しています。機会があれば是非登ってください。

面白い話題がミズーリにはあります。ミズーリ州は他の州に比べて、タバコやアルコールの規制が緩やかなことです。例えば、未成年の子どもに保護者が酒をのませることも認められています。禁煙運動が盛んな国としては、大変珍しいことです。バドワイザー(Budweiser)を製造するアンハウザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)の工場もここにあります。2008年にベルギーの多国籍飲料会社インベブに買収されています。

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