心に残る一冊 その145 「やぶからし」 その二 笠折半九郎

「喧嘩は理窟ではない、多くはその時のはずみである」 このような書き出しで始まる短編小説が「笠折半九郎」です。

理窟のあるものならなんとか納まりもつくのですが、無条理にはじまるものは手がつけられないことが多いようです。半九郎と小次郎という二人の若侍の喧嘩がその例でした。二人は紀伊家の同じ中小姓で親友です。半九郎は西丸角櫓の番之頭を兼任し、食禄は三百石。小次郎は二百五十石をもらっています。半九郎は、生一本な直情径行派であるので対し、小次郎は沈着な理性派です。

喧嘩と和解を繰り返しながら、二人は主君紀伊頼宣の主従という隔てを超えた家臣への信愛によって絆で結ばれています。しかし他愛もない話柄が意外な方向へもつれ、ついには決闘を約して別れます。その前夜半叩き起こしたのは小次郎です。城の火事を知らせてきたのです。共に城に走り、配下を指揮して命がけで角櫓を守りとおします。

鎮火後に行われた恩賞で、持ち場を死守した半九郎だけには沙汰がありません。半九郎自身はなんとも思わないのですが、まわりが論功行賞の不平をあげつらって、半九郎をけしかける輩がでてきます。「自分は火消人足ではない」と答えた半九郎の返辞が恩賞組の反感を呼びます。仲介にはいった小次郎との勘定のもつれがまたも燃え上がって、再び決闘という次第となります。

争いの原因を知った頼宣が決闘の場に現れ、力一杯に「馬鹿者、馬鹿者、馬鹿者!」と連呼しながら半九郎を殴打して云います。
「世間の評判などはとりとめのないものだ、城は一国の鎮台として大切だ、宝物ものもまた家にとって大切だ」
「しかし、人間の命は城にも代えられぬ、予にとっては角櫓ひとつよりも、家臣のほうが大切なのだ」
「それほどの思し召しとも存ぜず、愚かな執着に眼がくらんでおりました」
「このうえは唯、、お慈悲でごさいます、わたしに腹を、」
「ならん!」
「そなたらは勝手に果たし合いをしようとした、軽からぬ罪だ、両人とも五十日の閉門を申しつける」
「小次郎も半九郎も一緒に謹慎しておれ、離れてはならんぞ、」

二人は平伏したまま泣いています。