心に残る一冊 その23 「三屋清左衛門残日録」 醜女

この時代小説を読んでいますと、なにか自分に思い当たることが描かれていて実に愉快な気分になります。

「さぞのんびり出来るだろうと思っていたのだ。たしかにのんびり出来るが、やることななにもないというのも奇妙なものでな。しばらくはとまどう」 清左衛門はかつての部下であった佐伯熊太にいいます。

「過ぎたるはおよばざるが如しだ。やることがないと、不思議なほどに気持ちが委縮してくる。おのれのもともとの器が小さい証拠だろうが、ともかく平常心が戻るまでしばらくかかった」

熊太は「ひと一人の命がかかっている話」を清左衛門を持ちかけ助けを求めます。おうめという女のことです。彼女は城下の貸家の娘です。行儀見習いのため城の奥御殿に奉公にはいります。あるとき藩主が何の気紛れを起こし、醜女と呼ばれていたおうめに一夜の伽をいいつけるのです。その一夜の出来事のあと、身籠ったらしいという噂で、おうめには暇が出され実家に戻り、藩から三人扶持をもらう身分となります。三人扶持とは3人の家来や奉公人を抱えることができる切米のことです。

あまり公にできないことなので、ほとほと困っている熊太は、手を貸せと清左衛門に頼みます。

「しかし、わしはもやは隠居の身でな。公けのことを手伝うには倅の許しをもらわなくてはならないだろう」
「そのことならさっき、城で又四郎どのに会った話した」 熊太ははぬかりなく言います。又四郎は清左衛門が家督を譲った息子です。

「おやじは退屈しているはずだから、かまわんでしょうと言っておったぞ」

身籠ったのは、相手がわからぬ父なし子というので、殿の威信を損なわないように、おうめを密かに処分してしまえという山根備中という組頭がいうのです。山根は権威主義に忠実な家風で育ったため、言うだけではなく、実際におうめを抹殺しかねない、と清左衛門は考えおうめを助けようと人肌脱ぐのです。