初めに言葉があった その42 デフレからの脱却  その4 「特定不能の自閉症スペクトル 」

那覇の幼稚園で出会ったAという子供です。この子は発語や会話がありませんでした。話しかけても指示しても応対しないのです。ただ、視線は合う状態です。粗野や自傷的な行動はなく、周りに迷惑をかけることはありません。興味や行動は多岐にわたり、同じことを繰り返すということはあまりありません。むしろ何かを探しているという状態でした。暑い沖縄ですので水遊びが好きで、保護者の寄付で造った小さなプールに入ることもありました。プールの中で一緒に泳ぐとか練習するということは嫌がりました。私は素人なりに「この子は自閉症ではないか」と考えていました。

DSMの診断基準では、自閉症スペクトラム障害 (Autistic Spectrum Disorders: ASD)については次のような基準を挙げています。
1  コミュニケーションにおける質的な障害
2  意思伝達の質的な障害
3  同じような形で繰り返される行動・興味・活動

第一は、対人関係の形成が難しい「社会性の障害」ということです。他の子供や大人と関わりをもとうとしないことです。第二は、ことばの発達に遅れがある「言語コミュニケーションの障害」です。会話が成り立たないのです。第三は、変化を嫌う「想像力の障害」ということです。

A児は、今思えば、DSMの診断基準にある、三番目の常同的な行動や興味に集中するということはないので、果たして自閉症といってよいのかは分かりませんでした。今思えば、特定不能の自閉症スペクトル (Autistic Spectrum Disorders – Not Otherwise Specified )というところです。自閉という状態は多岐にわたり程度もさまざまであることを知りました。

もう一人のBという子供です。この子は、A児とは正反対に会話ができ、行動も活発で集団行動も上手な子供でした。視線がしっかりと合い、指示に従って動く子供です。しかし、好き嫌いがはっきりしていて、ときに教師の指示を嫌がることもありました。周りの同胞との遊びでは自発的な動きを好むために、いざこざが起こりました。自分の意志が通らないときは相手を叩いたりして咬んだりして叱られることがありました。「乱暴者」でした。今の呼び名では「広汎性発達障害」(Pervasive Developmental Disorders: PDD)という分類にはいる子供だったかもしれません。

B児の目の表情から怒りや寂しさが伝わってきました。周りから孤立しがちだったのです。「溶け込む」のが苦手なのです。うまく立ち回るスキルがまだ不十分だったのです。それと年齢相応の言葉の能力も未発達でした。自分自身に困り感があったはずです。母親は毎日幼稚園に送迎していました。家でのB児の様子などを報告してくれる暖かい母親という印象でした。兄弟もB児をかばうなど良好な兄弟関係がうかがえました。私はといえば幼稚園での生活で試行錯誤しながら、B児への指導のとっかかりを探す毎日でした。


51E8N4WYMYL 115a