二文字熟語と取り組む その56  「嚆矢」

ca0d73a117cd0eb2fa252017663469e6 嚆矢 時代小説に登場する二文字熟語で難語を取り上げております。今回は「嚆矢」です。「嚆矢」とは鏑矢(かぶらや)、もう一つ大事なことは物事のはじめという意です。

昔、中国では戦闘開始のとき鏑矢を敵に射たといわれます。矢に鏑をつけその先に雁股をつけたのです。敵方と味方に「これから戦闘を開始するぞ、」という合図で放たれるのが鏑矢。武器ではありません。

鏑矢は、飛ぶとき鏑の孔に風が入ってヒュッと響きを発するのだそうです。「嚆」とは、大声をあげるとか叫ぶという意味もあります。

「嚆矢」は人が発見したり発明する画期的なことの始まりという意です。それも時代を変えるような新しいことです。同義語として「起源」がありますが、こちらは自然発生的な始まりを示す語です。「嚆矢」は人間の創作による始まりということです。

56回にわたって二文字熟語を話題として取り上げてきました。ここらでネタが切れました(;_;。暫くお休みといたします。明日からは別な話題でお届けします。

二文字熟語と取り組む その55  「細作」

stazi3_151021-efz3b Hanzo ded9a3701b4a19e0236fe89926c17bad以前、兵庫教育大学の同窓生に案内してもらい、息子夫婦と孫達とで伊賀流忍者博物館を訪ねたことがあります。博物館は三重県の伊賀市にあります。孫はそこで忍者の服装をして館の内外を歩き回りました。忍者屋敷は茅葺きの農家ですが、あちこちに仕掛けがほどこされています。例えばもの隠し、ドンデン返し、仕掛け戸などです。敷地内では女忍者の「くノ一」が説明してくれます。アメリカでもPokemonと同様に「Ninja」は根強い人気があります。

さて、「細作」とは忍者、忍びの者です。間者、間諜、密偵、探子、スパイなどとも呼ばれています。現在は、情報機関の機関員で諜報員とか工作員といわれます。ジェームス・ボンド(James Bond) もそうです。忍者は我が国の呼び方といわれます。中国は三国時代の呉では「間」といい、戦国春秋の時代には「諜」といい、それ以降は「細作」とか「遊偵」等と呼ばれてきたといわれます。

謀略戦術は古今東西を問わず重要な兵法です。武田信玄や北条早雲、毛利元就、織田信長、徳川家康などがその戦略を用いたといわれます。間諜とか忍者は各地で跳梁していたようです。伊賀、甲賀、雑賀、根来などの間諜集団です。

1582年に起きた「本能寺の変」のあと、堺にいた徳川家康を護衛して伊勢から三河に抜ける伊賀越えを助けたのが伊賀衆や甲賀衆です。彼らはその功績によって幕府に召抱えられるようになります。それが服部正成で、通称「半蔵」と呼ばれました。半蔵の部下であった与力や伊賀同心が江戸城の一角に組屋敷を構えます。今も「半蔵門」が残っています。半蔵門から始まる甲州街道は四谷から新宿、府中、八王子、そして甲府へと続いています。今の麹町一丁目付近です。

間の字に「隔てる」という読み方があります。忍術には役割として敵の君臣らを割くことや、隣国の君主と和合の間を隔てて遮り、援兵のないように工作することもあります。今放送中の「真田丸」にも間諜が活躍しています。情報合戦はドラマの見所の一つです。

二文字熟語と取り組む その54  「昵懇」

005VvsWFjw8eo22xl4shyj30bp0bpt95 54f90f34585d9d888bc7d096597b3207 photo_3私たちは、多くの人々との付き合いで生かされています。その中でも特に親しくしている人がいるはずです。その付き合いの状態を「昵懇」と呼ぶことができます。間柄が親しいこと、心安くしていること、また,そのさまのことです。

「昵」の訓読みとして、大辞林によりますと、なじむ、ちかづく、なれしたしむ などとあります。さらに、ねちねちと近づき親しむ、ともあります。その他、意外な意ですが、いましめる、ただす、ととのえるともあります。

次に、「懇」の訓読みはねんごろ、です。まめましく心をこめるさま、せいいっぱい真心をこめるさまとあります。

このように「昵懇」の仲とは、時に相手を戒めたり、苦言を呈したり、助言することすること、相手もまたそれを真摯に耳を傾け、有り難く受けとめるという関係のようです。

二文字熟語と取り組む その52  「下問」

cate-kyosoku 20130907140334099 9cdr9r0000002fn2「下問」を広辞苑では次のように定義されています。
1 身分の高い者が目下の者に質問すること。質問する人を敬っていう語
2 他人から向けられた問いのことを自分でへりくだっていう語。

漢和大字典には「敏にして学を好み、下問を恥じず」というフレーズも辞書にあります。「下聞 」は同義語です。自分の知らないことを下々に問うことを恥じてはいけないということです。

「下」ですが「掌を伏せてその下に点を加え下方を指示し、掌の上下によって上下の関係を示す」とあります。

「門」は、二枚のとびらを閉じて、中を隠す姿の象形文字です。「問」はわからない所を知るために出入りする口などの意を示しています。神意を諮り問う意です。「問」は、問いただす、ひとをたずねる、責任や罪を問いただす、相手の様子を尋ねる手紙、評判や名声という意味もあります。後に「問答」や「問遺」、「問責」などの意などで用いられます。

上と下という漢字ですが、「一のひきようによって上になったり下になったり」という台詞が江戸の殿様を描く演目にでてきます。下々の生活を知らない殿様を笑う場面です。そして口の字の上下に一を書くのが「中」。上や下よりも中が一番良い、という噺です。

二文字熟語と取り組む その51  「懸想」

kesoubumi01 i_041 P1070541-d2e39「懸想」とは恋い慕うこと、思いをかけることです。どうも、男女どちらの情も示す語のようです。

「懸」という漢字の意味からです。「字通」によりますと、物がぶら下がる、物事が宙づりになったまま決着つかないさま、かけ離れる、隔たる、遠い、むなしく思うといった意とあります。そこから「懸想」とは、男女の情愛を示す語となったということです。想いが成就するかどうかは、不明であることを予感するような響きです。

「懸想文売り」というのが登場します。正月元旦から15日まで、祇園で法師姿で赤い布衣をつけ、鳥帽子をかぶり白い布で覆面し、懸想文を売り歩いたのが「犬神人」と呼ばれた下級の神官です。

江戸でも同じように正月になると辻占いの一種である「懸想文」が売りにだされました。もと花の枝につけた艶書のことです。男女が良縁を得るようにと、細い畳紙の中に米粒をいれて縁起物としたようです。今は、2月2,3日の節分に見られる行事だそうです。

二文字熟語と取り組む その51  「挙措」

00123fb9b0e90ddd782413 ContentViewServlet soukyuunosubaru_img5_2010「挙措」とは「挙止」ともいい、立ち居振る舞いという意味です。「挙」とはこぞって、ことごとくという意味の語です。多くの中から優れた者を持ち上げることが推挙。任官試験を受けることが「科挙」です。

「措」は手と昔から成ります。「置くなり。手に従ひ昔を声とす」とあり、赦すということのようです。安定するように置くという意味もあります。適切に処理するとか、着手するという意味もあります。

「挙措」は手を上げ下げするという意味から、立ち居振る舞いを意味するといわれます。本来、何気なく行っている動作のことです。

「挙措」の熟語はいろいろあります。例えば、「挙措失当」。これは対処の方法や振る舞いが間違っていることです。「失当」は適切ではないことです。「挙措を失う」とは、取り乱した行いをすること。「挙措進退」は、同じく立ち居振る舞いのこと。「進退」とは文字通り進むことと退くことという意です。「進退伺い」は聞き慣れた語です。

居眠り磐音江戸双紙の「紅花の邨」に次のような描写があります。昔の許嫁の奈緖とその旦那の苦境を聞いて助けに山形にでかけた磐音が、地元の女衆の動作を見ていいます。

「挙措が田舎くさくないのは、山形が紅花の交易で、最上川の船運と酒田港を拠点とした西廻り航路で京と深く結び付いているせいか、、、」

二文字熟語と取り組む その49 「宥恕」

notes-514998_640 宥恕 images昨日の夕刊にあった二文字熟語のクイズ問題です。徒、綿、風、出、押に続く漢字は何か、この漢字に続くのは、弁、道、魁 という問題です。熟語を考える時のコツは、難しい漢字を使う熟語を探すことです。

私は日常あまり見かけない「魁」に目をつけました。そうです。「花魁」という語が浮かびました。正解は「花」。「出花」、「徒花」なども難しい語です。実は、「徒花」という語は知りませんでした。「あだばな」は実を結ばず散る花、物事が成就しないという意味だそうです。

さて、弁護士は時になにかの示談書で、「甲は乙を宥恕する」と書く場合があります。許すと同じ意味でして「甲は乙の前記の行為を宥恕する」という使い方をします。少々古風な表記ですが、文面に重みがあります。

「宥」とは、ゆるす、なだめるとあります。見のがしてやること、大目にみて許すことです。寛大な心で罪を許すことでしょう。

宥恕の同義語で「寛恕」があります。相手方の非行を許容する感情の表示語です。心が広くて思いやりのあること、また、そのさま、と辞書にあります。

「寛」とは、空間がひろい。ゆとりがある、やさしい、ゆるやか、心がひろいという意味です。寛大、寛容など多くの熟語があるのは頷けます。過ちなどをとがめだてしないで許すこと、それが「寛恕」であり「宥恕」ということでしょうか。

二文字熟語と取り組む その48 「嗚咽」

530x417xcrying-729439_1920-530x417.png.pagespeed.ic.dszy-WxPZ1 stones-1058367_1920-530x353 woman-1006100_1920-530x299「字通」にも「漢和大字典」にも嗚咽という語がでてきません。懸命に探したのですが、見つけられません。どうも当て字のようです。

広辞苑にありました。「嗚咽」は声すすり泣くこと、むせび泣くこととあります。声が出るのを我慢して泣くさま、悲しみ泣くことです。

字通では「嗚」とは「神の承諾をえること」、「神に祈り、鳥の声などによって占う鳥占いの俗を示す」という説明があります。

「咽」は、のど、むせぶ、というのが訓読みです。呑み込むのが「咽下」。「嗚呼」とは物事に深く感じたり驚いたり、悲しむとき、喜びを発する語、あるいは呼びかけに用いる語のことです。

二文字熟語と取り組む その45 「馥郁」

siturai_929-0975_1 fukuikumenu005 a0f18613e1f7f6a717eb8abeaec57bdb漢字を調べるのに、「字訓」や「字源」の他に、「広辞苑」と三省堂の「大辞林」、そして学研の「漢和大字典」を参照します。この五つを調べると語義が解ってなるほどと頷きます。

「馥郁」とは「良い香りが漂うさま」とあります。ふっくらとしたさまです。「馥」は、香りが豊かにこもるさま、ふくようかなにおい、その他よい影響やよい評判にたとえることもあります。会意兼形声で香りと腹で作られました。「ふっくらとした」とは妊婦を指すのかもしれません。「馥気」は良い香り、「福」(ゆたか)と同系です。

「郁」は、(1) 多くの模様がはっきりとくぎれ、目だつさま、(2) まだらであでやかなさま、(3) 盛んなさま、(4) 香気ががくわしいさま、とあります。

「馥郁」とは、このようになんとも香りの放つような語だと感じます。

二文字熟語と取り組む その44 「重畳」

27015520 big-unit-1053823822 t-f畳は、皮畳、絹畳、むしろ、こもなど敷物の総称です。平安時代には既に今使われているような畳が布団のように使われていたようです。当時これらは大変な高級品で、一部の特権階級に愛用されていたとか。それはそうでしょう。鎌倉時代から室町時代にかけ、書院造りが生まれて、部屋全体に畳を敷きつめるようになりました。庶民に畳が普及したのは江戸時代。畳職人の活躍が江戸の下町を舞台にした小説にしばしば登場します。

畳の材料はイグサ。非常に高い吸湿性を備えています。湿気の多い部屋では水分を吸収し爽やか、乾燥した場合には、蓄えた水分を放出する特徴があるといわれます。昔の畳はゴワゴワしていました。すべてイグサ作りだったからです。今の多くの畳にはベニヤ板のようなものが入っているので踏んでもふわふわしません。

次に畳縁、へりについてです、絹や麻などの布地を藍染め等の食物染にしたものです。 畳縁には、格式を重んじて家紋を入れる「紋縁」というものもあります。これは格式の高い仏間や客間、床の間等で使われてきました。家紋を入れることによって、家のステータスを示しました。紋様は寺社、宮家、武家、商家などで違い、その身分を表す文様や彩りが定められていたようです。

畳の縁を踏まないことが武家や商家の心得とされました。特に家紋の入った畳縁を踏む事は、ご先祖や親の顔を踏むのと同じこととされました。「畳の縁は踏まない」ことが「相手の心を思いやる」ということの表れだったようです。

長い前置きとなりました。「重畳」という語があります。畳が普及し始めた頃の床は、今で言うところのフローリングのような板の間で、人が座るところに敷かれていただけだったそうで、その畳を重ねることができるのは出世を意味し、それで、「この上もなく満足なこと」「大変喜ばしいこと」とされたという説があります。はなはだ好都合なことなど、感動詞的に用いるのが「重畳」です。「重畳、重畳、、、」といった塩梅です。