英語あれこれ その7 ケルトとBoston Celtics

ボストンにはボストン・セルティックス”Boston Celtics”というNBAに所属するプロバスケットチームがある。「ボストンのケルト人」というわけである。アイリッシュが沢山住むボストン。そこでCelticsと名付けられた。

1980年代にセルティックスには、ラリー・バード(Larry Bird)という名選手がいた。黒人選手が圧倒的に多い中で、「白人」のバードは人気が非常に高かった。「白人の希望」という嬉しくない称号ももらった。バードは極めて正確なシュートをうつ名人で、セルティックスをNBAのチャンピオンに三度導いた。まさに黄金時代を築くのに貢献した。

植民地時代のアイリッシュのイギリスに対する抵抗は、ボストン市内の各所にある旧所名跡に残る。例えばボストン茶会事件(Boston Tea Party)である。当時、植民地であったNew Englandの中心、ボストンは紅茶や綿花の本国へ送る港であった。抑圧されていたアイリッシュは独立のために立ち上がる。バンカーヒルの戦い(Bankerhill) 、レキシントン・コンコードの戦い(Lexington & Concord)などを経てイギリスから独立を勝ち得たのは1789年である。

独立戦争はセルティックス—ケルト人の精神が反映されているとも考えられる。被征服という恥辱や汚名を雪ぐ戦いでもあった。

biografia-de-larry-bird-el-eterno-idolo-de-boston-celtics2 Larry Bird
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