給付付き税額控除とは その5 アメリカの給付付き税額控除

給付付き税額控除は、所得税の控除枠を使い切れない低所得層に対して、その差額を「現金給付」として支給する画期的な仕組みです。アメリカの他、税額控除を導入している国は多く、カナダ、イギリス、イタリア、オーストリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、韓国等、OECD加盟国で10か国以上にも及んでいます。税額控除は主に「就労促進」や「子育て支援」の文脈で導入されています。

 先行して導入している欧州諸国やアメリカで、勤労所得税額控除:Earned Income Tax Credit (EITC) の運用実績があります。格差是正や労働意欲の向上につながる制度に思えます。勤労所得税額控除とは、低・中所得の勤労者を対象とした「給付付き税額控除」制度です。所得増と貧困削減を目的とし、条件を満たせば税負担の軽減や現金給付を受けられます。

 同時にこの制度には、いくつかの深刻な実務上の問題点や課題も指摘されています。それを大きく分けると、以下の4つの問題点があります。

1) 不正受給と過誤支給:
 税額控除を適用するには「世帯所得」や「家族構成(子どもの同居要件など」を厳密に把握する必要がありますが、これを狙った不正や、制度の複雑さゆえの申請ミスが多発しています。これが現場での最大の悩みの種といわれます。
・所得の過少申告:  自営業者や現金手渡しで給与を受け取る層が、給付金を目当てに所得を低く申告するケース。
・世帯偽装:  給付率が最も有利になるよう、書類上だけで同居や別居のステータスを操作するケース。
・チェックの限界:  アメリカの事例では、支給された税額控除の約25〜30%近くが「適正ではない」というデータもあり、税務当局が短期間でこれらすべてを審査するのは物理的に困難とされています。

2) 制度の複雑化と「行政・申請コスト」の増大:
 公平性を追求して「子どもの数」「共働きかどうか」「資産の有無」など細かな適格要件を付け足していくと、制度がどんどん複雑化します。

 制度が複雑すぎて一般の人が自分で申請できず、有料の申告作成業者に頼まざるを得ない現象が起きています。代行業者の介入という問題です。結果として、「貧困層のための給付金の一部が、手続きの代行手数料として業者に吸い取られる」という本末転倒な事態も起きています。

 行政の縦割り問題もあります。税金を徴収する「税務官庁」と、生活困窮者を支える「社会保障官庁」が、お互いのデータをリアルタイムで連携し一致させるためのシステム構築に莫大なコストがかかります。

3) 就労インセンティブの「逆転現象」:
 この制度は通常、所得が増えるにつれて給付額がグラデーションで減っていくように設計されますが、設計が非常に繊細です。

 働くほど損をする壁があります。 所得が一定ラインを超えた瞬間に、給付金が急激に減額されたり、他の社会保障例えば、住宅手当などが打ち切られたりすると、「これ以上働くと手取りが減るから、労働時間を抑えよう」という貧困の罠といわれる就労抑制が働いてしまいます。

 ヨーロッパ諸国はこの「崖: cliff effect」をなだらかにするために、給付の減額率を緩やかにする工夫をしていますが、その分、今度は中所得層まで給付対象が広がってしまい、財政負担が膨らむというジレンマも抱えています。

4) 正確な「資産・所得の捕捉」という前提:
 ヨーロッパ諸国がこの制度を運用できているのは、国民一人ひとりに紐づいた確実なマイナンバー制度など共通番号制度と、金融口座や資産情報の網羅的な把握が完全に定着しているからです。

 給与所得だけでなく、隠れた金融資産がある人にまで給付が行き届いてしまっては不公平になります。そのため、利子や配当といったすべての所得を国が迅速かつ正確に把握できるインフラが不可欠であり、これが不十分な国ではスタートラインにすら立てないという難しさがあります。

 まとめると給付付き税額控除は「必要な人に過不足なく現金を届ける」という点では優れていますが、それを実現するための「捕捉の難しさ」、「不正の温床」、「行政事務の肥大化」という、非常に重い運用コストと背中合わせの制度であると言えます。

 日本の国会や選挙でもたびたび導入が議論されますが、上記のような「正確な資産把握」や「既存の生活保護制度との整合性」といったハードルが高く、いまだ慎重な姿勢が続いているのは、こうしたヨーロッパやアメリカの苦い教訓があるためです。

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