1円札に1万円の価値があるのはなぜか

かつて学んだ貨幣論からの記憶である。戦前の紙幣というか貨幣は全く価値を失ったわけだが、このからくりは興味深い。昔の紙幣も日本銀行が発行する法定通貨だった。だから国民は誰一人その価値を疑うことはなかった。今もそうである。1万円札に1万円の価値があると信じている。

 人々は紙幣に期待している。他の人々もこの紙切れを1万円の価値があると思っているから、取引に応じてくれるという期待を持つのである。その期待が壊れるのは、敗戦とか国が滅ぶときである。紙幣がただの紙切れになる現象は、ハイパーインフレーションということである。インフレーションとは需要と供給のバランスが崩れた時に起きる社会現象だ。昭和20年にそのことが起こった。他の国でも戦争はハイパーインフレーションを引き起こした。

 どうして今は我が国を含めて他の国もハイパーインフレが起きないのか。政府が1万円札に1万円という貨幣価値を保証しているからである。言い換えれば紙幣は広義の中央銀行の債務証書であり、その債務を返還する力が政府にあるからである。政府は債務を返済する徴税能力を有していると国民は信頼しているからである。徴税能力とは収入を得る源泉といえる。

 昔は、金本位制といって金を通貨価値の基準とする制度があった。中央銀行が、発行した紙幣と同額の金を常時保管して、兌換といって金と紙幣とを引き換えることができた。このように、銀行の信用で同額の金貨や銀貨に交換することを約束した紙幣のことを兌換紙幣といった。銀本位制もあった。しかし、経済が急速に発展すると、金の生産量が追いつかなくなる。金本位制を保持することが難しくなり、金貨との交換を保証しない紙幣を発行することになった。国の信用で流通するお金である信用貨幣に移行したのである

 政府には多面的な統治能力があるが、その中心は通貨の流通量を維持管理することである。通貨管理、軍事や外交といった国の統治能力が麻痺したのが先の敗戦である。徴税や信用という能力を失ったのであった。

 筆者には昔の1円札はなお記憶にある。この札はアンティークとして蒐集家の間で1万円で売買できるとすれば、興味深いことではないか。1円札と1万円札の値が同じになる。なんとも不思議な感がする。

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