福音主義とキリスト教会 福音派の成立

18世紀にヨーロッパ大陸では敬虔主義運動(Pietist movement)が、イギリスではメソジスト運動(Methodist revival)、北米では大覚醒(Great Awakening)が起こります。こうした宗教的復興運動は、一般に「福音派の復興(Evangelical revival)と呼ばれています。このような運動は、既成教会の秘跡や伝統よりも、回心体験、聖書への依拠、そして伝道活動を重視するものでありました。

 また、イングランド国教会内(Church of England)にも福音派のグループが形成されましたが、彼らはメソジストとは異なり、教会を離脱することはありませんでした。運動の勢いが増し、共通の関心事への認識が高まる中、1846年にはロンドンにおいて、様々な教派や国々の福音派の人々によって「福音同盟(Evangelical Alliance)」が結成されました

18世紀の大覚醒運動

 20世紀半ばのアメリカでは、この用語は、当時続いていた「根本主義(ファンダメンタリズムーfundamentalists)論争」の中から台頭してきたあるグループを指す言葉として用いられるようになりました。それ以前の20世紀初頭、プロテスタントの主要な教派のいくつかにおいて、モダニズム(modernists)と呼ばれたリベラル派(liberals)とファンダメンタリスト(保守派)との間で激しい対立が生じていました。教派の運営委員会などの主導権を失ったことが明らかになると、一部のファンダメンタリストはそれまでの教会を離れ、新しい教会を設立していきました。

福音クルーセード

 離脱した人々の多くは、モダニズムをキリスト教の根本的な信条の否定する異端(heresy)とか、キリスト教信仰の拒絶する背教(apostasy)と見なし、彼らとの決別を求めました。こうした分離の要求は、既成教派にとどまった保守派との決裂を招くことになりました。それはまた同時に、教会が運営する神学校や神学大学などの高等教育機関との決別を意味し、ファンダメンタリズムを掲げる新しい大学や神学校の設立へとつながりました。

 こうした分派的な行動は、現代の神学の正当性を否定するものと見なされました。1930年代後半までには、古い教派にとどまっていた保守派と、教派を離脱したものの友好的な関係を保っていた人々、特にバプテストや長老派が、分離主義的な立場に対抗して協力関係を築くようになりました。彼らはキリスト教の根本的な信条への固守を維持しつつも、学界や社会との対話に応じる姿勢を表明しました。

 分離主義者たちと自らを区別するために、彼らは新福音派「ネオ・エヴァンジェリカル(Neo-Evangelicals)」と自称することを選びましたが、この名称はやがて短縮され「エヴァンジェリカル(福音派)」と呼ばれるようになりました。

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