「反省」や「不戦の誓い」

2026年8月15日の全国戦没者追悼式で、就任後初めて参列した高市早苗総理は式辞を述べた、「戦争の惨禍を、二度と繰り返させない」と誓いを表明した。前年の石破茂前総理が使用した「反省」や「不戦の誓い」の言葉は踏襲せず、安倍・菅・岸田各政権のスタイルを踏襲したことが注目された。「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と述べた。「繰り返さない」という文言に、「せ」の1文字が加わった。これは注目すべき発言だと報道されている。

 式辞の主なポイントとして国家の役割について述べている。すなわち「日本は、各国が直面している様々な課題の解決に向け、重要な役割を果たせます。インド太平洋の輝く灯台として、頼りにされる国になれます」と強調した。これはこれで日本という国の矜持を示した言葉といえる。

 それで思い出すのが、1952年に文芸評論家の小林秀雄が創元社から刊行した「正直な戦争経験談」である。小林は、「僕は無智だから反省なぞしない。利巧な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と放言したことを記している。当時は、「反省」とか「精算」とかいふ名の下に、自分の過去を他人事の様に語る風潮がいよいよ盛んだことを揶揄したらしいのである

時事通信社より引用

 小林は続ける。「大事変が終った時には、必ずもしかくかくだったら事変は起らなかったろう、事変はこんな風にはならなかったろうという議論が起る。必然というものに対する人間の復讐だ。はかない復讐だ。この大戦争は一部の人達の無智と野心とから起ったか、それさえなければ、起こらなかったか。どうも僕にはそんなお目出度い歴史観は持てないよ。僕は歴史の必然性というものをもっと恐しいものと考えている。」

 さらに「そんなおしやべりは、本当の反省とは関係がない。過去のもののもてあそびである。これは敗戦そのものより悪い。個人の生命が持続している様に、文化といふ有機体の発展にも不連続といふものはない。」とも宣言するのである。

 小林は「反省しない」の言葉を用いて、戦前の言動を正しかったとか、悪かったとか戦後の世間一般の価値観でもって自分自身を肯定したり否定しているわけではない。戦争に負けたとたんにその立場を180度転換した戦後の世間一般の価値観でしか己の立場を決定できない人々を小林は「頭がいい人」と揶揄し、批判したのである。

高市総理は、小林秀雄の「僕は無智だから反省なぞしない。という言葉を知っていたかどうかは不明だ。だが、敗戦の放心状態にから、あっという間に反省とか不戦の誓いとか平和と叫ぶお目出度い姿に訣別しようとしたかもしれない。

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