テレビ局が「何を見せると視聴者に伝わるか」という観点にアメリカと日本の違いがあります。アメリカの討論会は、候補者の発言だけでなく、質問への反応、相手候補との応酬、表情や態度まで含めて報道されます。日本のテレビ選挙報道では、候補者の発言を短く紹介したり、司会者や解説者が内容を整理したりする形式も多く見られます。候補者が一つの質問に対して1分以内で答え、さらに質問者が「その説明では答えになっていません」と追及する番組なら、有権者は政策の理解度や説明責任を直接確かめやすくなります。
反対に、時間制限を厳しくしすぎると、複雑な政策を十分に説明できなかったり、短い言葉で相手を攻撃することが有利になったりするおそれもあります。アメリカの討論会にも、この問題はあります。では、日本でもアメリカ型の討論会を増やすべきでしょうか?私はこうした機会を設けるべきだと考えます。
一般的に言えば、日本でも、質問者が具体的な質問をし、候補者が短時間で答え、必要なら追加質問を受ける形式をもっと増やす価値があると思います。例えば、次のようなルールです。
・すべての候補者に同じ質問をする。
・最初の回答は60秒以内とする。
・回答が質問に直接答えていない場合、質問者は30秒程度の追加質問を認められる。
・候補者同士の反論の時間も設ける。
・政策の具体性、財源、実現可能性についても質問する。
こうすれば、単に説明が上手な候補者ではなく、政策を理解し、批判に答え、説明責任を果たせる候補者なのかを判断しやすくなります。ただし、公平性を保つためには、質問の基準や進行ルールを事前に明らかにし、すべての候補者に等しい機会を保障することが大切です。
結論として、日本でアメリカ型の討論会が目立たないのは、法律によって禁止されているからではありません。 放送の公平性への配慮、選挙報道の慣行、政党中心の政治、テレビ局の番組制作の考え方などが重なっているからです。そして、これは変えられない文化的な違いでもありません。日本のテレビ局が討論のルールを工夫し、有権者が候補者への直接的な質問を求めれば、日本でも同様の形式を広げることは十分可能だと考えられます。言いっぱなしの放送は選挙討論ではありません。

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