”名誉あるアメリカの英雄”

「名誉あるアメリカの英雄であり、準建国の父(quasi-founding father)」とも記述されるコロンブスに関して、歴史家のマイケル・ハッテム(Michael Hattem)は次のように説明しています。「コロンブスはイングランドとのつながりがなかったため、イギリスからの歴史的な独立を主張しようとする人々にとって、極めて都合の良い『アメリカの発見者』となりました。また、コロンブスを称える祝賀行事は、新しいアメリカ共和国の起源となる物語を確立することで、国家としての深い歴史的背景を創り出すことにつながりました。」

 こうして、イタリア人探検家は、建国当初からアメリカ合衆国のあり方そのものに深く組み込まれることになりました。コロンブスという名前の継承です。ジョージ2世(George II)の勅許により設立されたキングス・カレッジ(King’s College)は1784年にコロンビア・カレッジ(Columbia College)、後のコロンビア大学(Columbia University)へと改称されました。その数年後には、サウスカロライナ州(South Carolina) の州都がコロンビア(Columbia)と名付けられました。

「ヘイル・コロンビア(Hail Columbia)」という歌は、1931年に「星条旗(The Star-Spangled Banner)」が正式な国歌となるまで、事実上の国歌として親しまれていました。1790年には、連邦政府の所在地が「コロンビア準州(Territory of Columbia)」と命名されました。現在は「コロンビア特別区(District of Columbia)」となり、その区域内にワシントン市(Washington D.C.)が建設されています。

(Wikipediaより引用)

 それからわずか1年後、コロンブスがバハマに上陸してから300周年にあたる10月12日、セント・タマニー協会(Society of St. Tammany) は、アメリカにおける最初期のコロンブス記念行事の一つを主催しました。そこでは祝宴や「コロンビア合衆国(United Columbian States)」への乾杯が行われたほか、内部から照明が当てられた高さ約4メートルの木製記念碑が設置され、「コロンビアの世紀」の到来が告げられました。スミソニアン国立アメリカ歴史博物館(Smithsonian’s National Museum of American History) の学芸員ティモシー・ウィンクル(Timothy Winkle) によれば、この記念碑はコロンブスを「自由の先駆者たる、アメリカ人の原型」として描いています。

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