“構築された人物像”

コロンブスを「自由の先駆者たる、アメリカ人の原型(The Prototype American)」という描写は、アメリカ人の抱く理想に合うよう作り上げられた姿であるとされます。歴史上の彼の実像とは似ても似つかないものでした。そこには搾取の影も、植民地支配に伴う残虐な行為の痕跡も、当時の社会や大多数のアメリカ人が恐れ嫌ったカトリック信仰の気配さえも描かれてはいませんでした。そこに描かれたのは、科学や個人主義といった啓蒙時代の価値観を体現し、先住民からもヨーロッパ人からも等しく愛されながら、腐敗した君主たちの犠牲となったコロンブスという「構築された」人物像でした。自由を象徴する輝かしいその姿は、見る者に向けて直接その光を放っていたとも考えられたのです。

 美術評論家のジョアンナ・スパンケ(Johanna Spanke) によれば、こうした経験がコロンブスとイタリア系移民との「象徴的な結びつき」を生み出すことにつながりました。この動きを大きく後押ししたのは、「コロンブスの騎士団(Knights of Columbus)」のような団体でした。アイルランド系アメリカ人の司祭によって設立されたこのローマ・カトリック系の互助組織は、イタリア系のカトリック移民を積極的に受け入れるとともに、連邦レベルでの「コロンブス・デイ」制定を求めて連邦議会への働きかけを行いました。

 合衆国全土で「コロンブス・デイ」を毎年公式に祝う動きが本格化したのは、1907年にコロラド州のジェシー・マクドナルド知事(Jessy McDonald) が同州で初めてこの日を祝うと宣言したことがきっかけでした。続いて1909年にはニューヨーク州がこれに倣い、1910年までには15の州がこのイタリア人探検家を称える記念日を毎年祝うようになっていきました。

 1934年には、フランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt)大統領がコロンブス・デイを毎年祝うよう宣言を発しました。ただし、この時点では連邦の祝日とはされていませんでした。コロンブス・デイが正式な連邦の祝日となったのは1968年のことで、リンドン・ジョンソン(Lindon Johnson) 大統領が「統一月曜祝日法(Uniform Monday Holiday Act)」に署名したことによります。

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