10月12日は奇しくも日本もアメリカも国の祝日となっています。日本ではスポーツの日、アメリカではコロンブス・デイとなっています。コロンブス・デイの起源や歴史を辿ると、この祝日については賛否両論があることがわかります。それには歴史の解釈や文化の相違が複雑に絡んでいるからです。Britannica事典やWikipediaを参照しながら、数回に渡りコロンブス・デイにまつわる議論を紹介します。
1492年10月12日、イタリアの探検家クリストファー・コロンブス(Christopher Columbus) とその船団は、伝説となったニーニャ号(Niña)、ピンタ号(Pinta)、サンタ・マリア号(Santa María) に乗ってバハマ(Bahamas)に上陸しました。アラゴン(Aragon)とカスティーリャ(Castile)王国の「カトリック両王」(Catholic Monarchs)であるフェルナンド2世(Ferdinand II)とイサベル1世(Isabella I) の支援を受けて航海したコロンブスは、表向きは財宝を求めてアジアへの航路を探していましたが、同時にキリスト教の布教やスペインによる植民地化も目指していました。コロンブスはその後さらに3回にわたってアメリカ大陸への航海を行いました。彼自身はそこをアジアの一部だと考えていました。それから数世紀を経た現在、彼を記念する祝日がいくつかの国で設けられています。
18世紀後半、アメリカ人はコロンブスをある種の神話的な建国の英雄と見なすようになりました。1830年代までには、彼は「大胆不敵」「冒険心に富む」「革新的」といったアメリカの理想を体現する典型的な人物像として捉えられるようになっていました。19世紀から20世紀にかけては、移民たちが「移民としてのコロンブス」を自らの象徴として掲げ、連帯を深めました。
クリストファー・コロンブスは「名誉あるアメリカの英雄であり、準建国の父」として知られている」とコロンブスの伝記作家フェリペ・フェルナンデス=アルメスト(Felipe Fernández-Armesto) は記述しています。しかし、アメリカ合衆国の人々には、スペインのために航海し、後に合衆国となる土地に足を踏み入れたことのないイタリア人探検家をなぜ称賛するのか、正確に説明するのは難しいと考える者がいます。



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