Last Updated on 2025年2月12日 by 成田滋
「乏しきを憂えず、等しからざるを憂え」と言ったのは孔子といわれています。「不平等をなくせば、国は自然に豊かになる。人民が安心して暮らせるならば、人口が減ることはない」とも解釈できそうです。このところ盛んに使われる「経済」という言葉の意味は、経世済民つまり「世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)うこと」だそうです。民を救うために様々な公的対策を行うことが「経済」なのです。この経緯からすれば、経済政策の学問とは公共経済学のことといえます。
民俗学者、柳田國男の「郷土生活の研究法」によれば民俗学の最大の課題は「何ゆえに農民は貧なりや」ということであり 、貧困の中にある農民達を救うための民俗学であり、「経世済民の学」でなければならないと書いています。また、「飢饉という惨事の経験が、私を民俗学の研究に導いた一つの動機ともいえるのであって、飢饉を絶滅しなければならないという気持ちが、私をこの学問にかり立て、かつ農商務省に入らせる動機にもなった」と柳田は記すのです。
柳田は、著書「遠野物語」などにおいて、歴史の中に存在していた常民という少数民族、少数民、マイノリティに先駆的に注目したといわれます。それが山地民であり農民だというのです。当時でいえば最貧で最下層人々です。山奥のまたその山奥の遠野に残された民間伝承を通して、それが決して架空の世界ではなく、現在の出来事であるということを伝えようとしたのが柳田だといわれます。
現在の日本の経済状況を見てください。例えば米の価格です。メディアが「令和の米騒動」と煽るなか、この米騒動の正体は、供給と需要の変化がもたらしたコメ争奪戦です。最も弱い立場だったのは、スーパーでしかコメを買わない一般消費者です。2025年1月は、5キロで5000円となりました。これは過去最高の記録といわれます。それでもパニック買いした人も多く商品棚から米が消えたのです。
米の需要量は増加したといわれます。その一つの要因は、物価高騰に悩む家庭にとって、米は割安感があったからです。農水省によれば、消費者物価指数は、2020年を100とすると、2024年6月は食料品が116と大幅上昇するなか、米類は107と緩やかな上昇でした。円安で大幅値上げした小麦が原材料のパンは121、麺類は120と米のライバルの割高感も影響します。それが米の需要を増やしたのです。しかし、忘れてはならないのは、流通量の少なさを背景とする「売り渋り業者」の存在、備蓄米をめぐる政府対応の遅れ、ひいては生産調整という無為無策の農政の失政であります。米農家からの怒りも起こっているといわれています。
日本の政治は混沌としているように思えます。緊縮財政、規制緩和、自由貿易といった社会のこの状態を過渡期(transition)と捉える見方もあります。既成の体制を改革し、復興する産みの苦しみをしている状態であるというのです。幕藩体制の崩壊、大平洋戦争の敗北という大きな困難を経てきた日本。そこから立ち上がってきた先人の努力を思い起こします。日本人は指摘しうる多くの欠点とともに、また確かに世界の国や国民に伍してひけをとらぬすぐれた点があることを二つの復興という歴史的な事実が示していると思われます。
現在の社会体制のよしあしは、社会で子ども、高齢者、女性などいまだに弱い立場にありがちな者がどのように処遇されているかによって、おおよそ決めうることです。「等しからざるを憂う」ことは、能登半島地震の被災地にもあてはまります。被災地住民にも等しく消費税という租税が課せられています。私たちは、これまで本当に豊かさだったのか、それは幻想ではなかったのかと反芻し始めています。そして節約だ、節電だということを実践することはさして苦痛ではない、質素な生活ができるのだと学び直しています。それでも最低限の生活上での節約には限度があります。所得税の支払いが発生するボーダーライン「103万円の壁」は、極めて大事な提起となっています。
昨今の政党の乱立と離合集散ということの関心は、今年の都議選挙や参議院選挙へと向かっています。少数となった与党も野党も内部の対立を亀裂化し、安定した政権運営は大いに危ういといわれています。大連立により二つのものが混ぜ合わさったとき、双方の長所が活かされることがあるかです。二つを足して二で割ると平均値となるのか、二つを掛け合わせて一方がやめた、という数式だと結果はゼロとなります。「多様性」という時代であれば政党のタケノコ状態は健全な姿なのかもしれません。
今日ほど「乏しきを憂えず、等しからざるを憂え」という言葉に重みを感じないときはありません。これから一人一人が投票という行為で声を上げていくことが、「経世済民」につながるといえましょう。
遠野物語は山奥に伝承されていた架空の話の本ではありません。貧民の生きる姿を口承によって書き込めたものの集大成です。