心理学のややこしさ その八 「Philosophy」

前回、西周が「philosophy」を「希哲学」という造語をあてたことを述べました。このような単語を造ること自体凄いことです。「哲学」そのものが難しい術語です。

ギリシャ語は学問で使う用語の多くを創出しています。古代ギリシャ人の知識に敬服したくなります。「philosophy」もまたギリシャ語の「philosophia」に由来します。「philo」はギリシャ語の「philein」(愛)から生まれています。「sophia」とは智、上智、知性などを意味します。ですから哲学を「愛智」という言い方もあるほどです。

「岩波哲学・思想事典」によりますと、哲学とは、「世界や人生などの根本原理を追求する学問」とあります。古代ギリシャでは学問一般として自然を含む多くの対象を包括していたようです。やがて諸科学が分化し独立することによって、哲学はその対象領域が限定されていきます。ですが、知識の体系としての諸学の根底をなすという理念と性格はいまだに失われていません。

心理学のややこしさ その六 西周と心理学

通常、心理学(psychology)という学名は西周(にし あまね)を端とするといわれます。西は1862年に幕府の第一回海外留学生派遣によって榎本武揚らと共にオランダのライデン大学(Universiteit Leiden)で主にコント(August Comte)の啓蒙思想、論理学、経済学などを学びます。そのとき18世紀のフランスの啓蒙思想家、ティドロ(Denis Diderot)らが著した百科全書(Encyclopedie) に触れ、近代諸科学の体系や分類方法を学んだといわれます。百科全書は、「技術と科学に関する普遍的な百科全書」と訳されています。

さて心理学の語源です。それには明治年間に於ける心理学発達の史料に触れる必要があります。1874年に西は「致知啓蒙」という本を著します。この本は論理学の本ですが , いささか心理学上のことにも言及しています。この本のなかで、西は心理学のことを「性理ノ学」と呼んでいます。その英語は「psychology」とか 「mental science」であるというように注釈をつけています。

西はさらに1877年ミル (John Stuart Mill)の「功利主義論(Utilitarianism)」を訳します。訳は「利学」と題するものです。「功利」を「利学」という訳をつけたことは的を得ています。この中の一節に、「性理ノ学」として「サイコロジ ー」とルビがふられています。この西周の「psychology」の訳が心理学の本源とされる所以です。

西周の貢献ですが、「philosophy」を和製漢語でありますが「希哲学」という造語をあてます。「心理学」の他に「意識」「知識」「概念」「藝術」「理性」「科學」「技術」「帰納」「演繹」「定義」「命題」「分解」など多くの哲学や科学関係の用語を創出します。こうした訳語もさることながら、自然科学や人文科学にたけていた西の碩学と博識は、我が国の学問の発展に大きく寄与したといえましょう。