「どちりなきりしたん1600年長崎版」の序には次のように記されています。誰にでも教理が理解できるように配慮しているという説明です。
「上下、ばんみんにたやすく、このむねをしらしめんがために、こと葉はぞくのみにちかく、儀はデウスのたかきことはり(理)をあらわすもの也」
「媚びたる言葉」とは、上品ぶった言葉遣いではなく、万民の親しみ理解しやすい「世話体」を使っているという説明です。翻訳者は誠に真摯な態度であることが伝わる解説です。
仏教文学が伝来以来、数百年を経てようやく日本文学史上に登場してきました。他方キリシタン文学は伝来以来、わずかに20年ほどで開花し、40年ほどである種の成果を上げたのです。仏教が経典などが貴族社会に浸透したのに対して、「ドチリナ・キリシタン」では万民に理解せしむべきとして、「ドチリナ」教育をとおして、文学や思想を受容できるように、庶民的な地盤を形成したといえます。キリシタン宗門の宣教活動が、福音を「上下万民にやたすく知らしめる」という発想があったのです。
日本では刊行年や刊行地共に不明の国字本「どちりいな・きりしたん」が文学の最初です。続いて文禄元年(1592年)発行の天草版ローマ字本、慶長5年(1600年)発行の長崎版ローマ字本、同年発行の長崎版国字本「どちりな・きりしたん」の4種類があります。これらの本の収蔵館は順番に、バチカン図書館(Bibliotheca Apostolica Vaticana)、東洋文庫、水戸徳川家、カサナテンセ図書館(Biblioteca Casanatense)となっています。
まとめですが、「ドチリナ・キリシタン」のローマ字本はヨーロッパ人の日本語学習のため、国字本は日本人信徒の教理学習用として編纂されています。既述したように、国字本は問答体の平易な文章で書かれています。天正18年(1590年)に2度目の来日をしたアレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano) がヨーロッパから持ち込んだ活字印刷機により他の数々の書物と共に印刷したといわれています。
作曲家の千原英喜は「どちりなきりしたん」という5つの作品を残しています。祈りや讃美の普遍性を込めて作曲したことがうかがえる混声と男声合唱曲です。歌い手は、ラテン語の発音にとらわれることなく、翻訳者と作曲家のエートスを汲んで歌って欲しいものです。
参考図書
・どちりなきりしたん 岩波文庫 1950年
・キリシタン南蛮文学入門 海老沢有道 著 1991年
・南蛮寺興廃記 海老沢有道 著 平凡社東洋文庫 1964年
・キリシタン研究 海老沢有道, 井手勝美, 岸野 久【編著】 1993年


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