この人を見よー内村鑑三

序文

日本の歴史において破格とも稀有とされる人物の一人が内村鑑三です。独立教会の創設者であり伝統福音派の教師であり、また優れた文筆家として知られています。ですが、内村の思想はあまりにも厳格で、時に異端視されてきたのも確かです。その理由は、聖書解釈が忠実で、聖書以外になにものも受け付けないという福音主義と神秘主義に満ちた神学者であったからです。そのため日本や欧米の神学者からも遠ざけられるほど、その主義主張は独特でした。

 なぜ内村を孤高の存在にさせたかは、札幌の地でのウイリアム・クラーク(William Clark)や同窓生であった佐藤昌介、宮部金吾、新渡戸稲造らとの交わり、ニューイングランドでの敬虔主義(ピューリタニズム:Pietism)の人々との出会い、精神病院での働き、アマースト大学(Amherst College)での学びなどの経験でありました。ニューイングランドではトマス・カーライル(Thomas Carlyle)の思想に触れ、ラルフ・エマーソン(Ralph Emerson)、ヘンリー・ソーロー(Henry Thoreau)らからは理性的なユニテリアン主義(Unitarianism)という神の唯一性を強調し、神の超越性を否定する立場より感情的で神秘的な精神性の要求の精神に触れるのです。

 ニューイングランドでの生活から内村は、自己反省や真面目さ、神と個人のつながりという敬虔な精神に触れるのです。そして。超絶主義は、このピューリタニズムが世俗化・合理化された精神的土壌から派生することを学ぶのです。やがて聖書のみを真理とし、自然の中に神の遍在を見出す敬虔な福音主義信仰と日本の武士道という伝統を融合させた独自の信仰を確立していくのです。 

 終わりに内村の作品には、今日では使ってはいけない用語が登場します。本書では意味を損なわぬよう、彼が使った用語をそのまま引用することにします。章で最初に登場する外来語の固有名詞には原語を添えます。  

                          2026年2月16日

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