コルティナ・ダンペッツォと歌劇

2026年2月6日、第25回オリンピック冬季競技大会がイタリア北部の都市ミラノ(Milano)とコルティナ・ダンペッツォ(Cortina d’Ampezzo)で開催されました。この大会の開会式を観ながらいくつかの感慨のようなものを覚えました。第一は演出の素晴らしさです。開会式がまるで歌劇を観ているような雰囲気です。歌があり踊りがあり、そして野外劇場のような晴れやかな舞台がありました。第二は歌劇の三大巨匠の曲をふんだんにとりいれてイタリアを演出していたことです。三大巨匠とは、ヴェルディ(Giuseppe Verdi)、プッチーニ(Antonio Puccini)、そしてロッシーニ(Gioachino Rossini)です。第三は、観客の感情を揺さぶる劇的な演出です。開放感、真面目さ、衣装の美しさ、そして悲劇的な演出です。父親が戦場で戦っているという息子が晴れやかな舞台で手を振るウクライナの選手の姿がありました。

Cortina d’Ampezzo

 コルティナ・ダンペッツォといえば、アルペンスキー回転で猪谷千春が1956年に日本人として冬季オリンピック史上初の銀メダルを獲得した場所です。このとき、オーストリアのトニー・ザイラー(Anton Sailer)が回転・大回転・滑降全てで金メダルを史上初めて獲得したのも思い出されます。1956年といえば私は中学一年生のときです。新聞に載った猪谷の滑りの写真をはっきりと記憶に残っています。猪谷は北海道の国後島で生まれ、大きくなってからニューハンプシャー州にあるダートマス大学(Dartmouth College)で学業と筋力トレーニングをします。ダートマス大学を卒業後、1954年にコロラド州アスペンでの全米大会で優勝、1955年から1957年まで全米大学体育協会(NCAA)の スキー選手権大会の回転競技部門で三連覇するのです。

 歴史的な音楽の先進国がイタリアです。西洋の伝統音楽における代表的な楽器のバイオリンやピアノなどの多くは、イタリア語を母国語とする製造者によってその原型が確立されたといわれます。現在も世界中で通用する音楽関連の専門用語の多くは、イタリア語となっています。今度のオリンピック大会の開会式で音楽をふんだんに取り入れ、音楽の本場はイタリアであることを強調していました。特に劇場型のオペラを思わせる見事な演出から三人の作曲家を取り上げてみます。

 イタリアの特にオペラの歴史において、「三大作曲家」とか三大巨匠と称されるヴェルディ、プッチーニ、そしてロッシーニは、その華麗な音楽とは裏腹に、私生活や作品において極めて「過激」なエピソードを残しています。オペラ王の異名を持つヴェルディはイタリア統一運動の英雄的な存在であり、その頑固さと妥協しない性格が過激さとして表れました。妥協なき芸術性の持ち主で、劇場支配人や歌手の要求を跳ね除け、自身の音楽的信念を強引に押し通したといわれます。代表作として『椿姫(The Lady of the Camellias)』や『アイーダ(Aida)』があります。歌詞の中に革命歌も取り入れているほどです。

 クラシック界の伊達男と呼ばれていたのがプッチーニです。過激な女性関係を持ち、浮気を原動力として作曲すると公言していたとされます。なんとも呑気で天衣無縫な態度です。作風の過激さも知られ、『トスカ(Tosca)』では拷問シーン、『蝶々夫人(Madame Butterfly)』では刀を喉に突き立てて自殺、『ラ・ボエーム(La Boheme)』では不治の病、結核による死など、観客の感情を揺さぶる劇的な展開を惜しみなく表現しました。

 ロッシーニは喜劇の巨匠といわれます。『セビリアの理髪師(The Barber of Seville)』をわずか2〜3週間で書き上げるなど、天才的な作曲速度で知られています。毒舌でも知られ、他の作曲家を批判する際、ブラックジョークを駆使したといわれます。 『セビリアの理髪師』の他に『ウィリアム・テル(William Tell)』などのオペラ作曲家として最もよく知られ、その作品は当時の大衆に非常に人気があったといわれます。

 オペラの他にも、ルネッサンス期(Renaissance)の声楽曲のマドリガル(madrigal)、世俗歌曲のフロットラ(frottola)やイタリア流行歌であるカンツォネッタ(canzonetta)など、我が国でも知られているイタリア音楽の作品形式は幅広いものがあります。

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