1978年、チェコの反体制派ヴァーツラフ・ハヴェル(Václav Havel)は「力なき者たちの力」というエッセイを書きました。彼はその中でこう問いかけます。共産主義体制はいかにして維持されてきたかについてです。彼の答えは、青果店の話から始まります。毎朝、この店主は店先のショーウインドウの玉葱と人参の間に次のように書かれた看板を掲げます。「全世界の労働者よ、一つになれ!」。彼はなぜそうしたのでしょうか。でも彼自身はそのスローガンを信じません。おまけに誰も信じていません。しかし、厄介事を避け、従順さを示し、周囲と折り合いをつけるために看板を掲げるのです。そして、すべての通りのすべての店主が同じことをするというのです。
ハヴェルは言います。もしその看板を置かなかった、厄介なことになるかもしれません。「飾りがないじゃないか」と咎められるかもしません。生活してくためにやむを得ないことをやっているにすぎないのです。「社会と調和」し、安定した生活を保障する何千もの「仔細なこと」の一つを守っているのです。それによって体制は存続するというのです。体制とは軍隊や秘密警察のような武力だけによってではなく、人々が内心では虚偽だと知りながら儀礼に参加することで維持されるというのです。
こうしたスローガンは記号の機能をもっているといいます。潜在的ではあって、きわめて明確なメッセージを伝えています。この看板のメッセージを掲げることによって、青果店の上位にある人々に向けられていると同時に、近くにいるかもしれない密告者からの隠れ蓑となっているのです。記号とは、結論的にはイデオロギーであり、「超個人的」で目的にとらわれなく、何かのまがい物として、良心を欺き、世界や自分の本当の姿を隠し、不名誉な生き方を隠すことを可能にするというのです。「堕落した存在」、「疎外」、「現状への迎合」を隠すことのできるヴェールがイデオロギーだというのです。
ハヴェルはこうした体制を「嘘の中で生きること」と呼びました。体制の力は真実性にあるのではなく、皆がそれを真実であるかのように演じ続ける意志にあります。そしてその脆さも同じところにあるといいます。もし、一人でも演じることをやめたとき、つまり青果店が看板を外したとき体制の幻想は崩れ始めると予言するのです。


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