森有正の経験論

森有正は20世紀日本の重要な思想家・哲学者であり、特に「経験」と「体験」という言葉の違いを通して、人間の内面の深まりや自己のあり方を問い直しました。彼のこの区別は、現代においても大きな意義を持っています。その理由を説明します。森は「経験」と「体験」の違いを、特に以下のような形でこの二つを区別しています。

 体験とは外的な出来事としての出来事や刺激のことで、個人の内面に深くは残らない一過性のものと考えていることです。現象的・表層的・情報的といえます。他方、経験とは体験が自己の存在に深く関わり、内面的な意味や変化をもたらしたと主張します。自己の歴史として刻まれる存在論的、内省的、形成的な意見というわけです 体験が自己の存在に深く関わり、内面的な意味や変化をもたらしたものです。森は、単なる出来事が「経験」になるためには、それが自己の存在に問いを生み、内面を揺さぶり、深く反省される必要があると考えました。

 一体、なぜいま「経験」と「体験」の区別が重要かという現代的意義についての問いが生まれます。「情報」や「刺激」が過剰な時代において、現代はSNSやインターネットにより、日々膨大な「体験的な出来事、例えば旅行・イベント・知識などにさらされています。しかしそれらは一過性で、すぐに消費され、忘れられてしまうものです。森の思想は、「本当の経験とは何か」を問う指針となっているように思えます。「自己の存在に関わるような出来事として、何をどう受け止めていくか」を森は問うています。

森がしばしば引用するノートルダム大聖堂

 「生きる意味の問い」が見失われがちな現代に、森の経験論は、自己と世界の関係を深く見つめる態度に根ざしています。現代のように、スピードと効率が優先される時代では、「自分はなぜここにいるのか」「この出来事は自分にとってどんな意味があるのか」という問いが後回しにされがちです。 森の思想は、「意味を問い、反省し、内面的な成長を促す」経験の大切さを再認識させてくれているようです。

 フランス文学に精通する森は、フランスでの長い生活から、フランスの学校教育や人間形成におけるヒントを提供しています。森は教育哲学にも関心があり、「経験」は人格形成や倫理観に深く関わると考えていました。 今日の教育現場で、「体験型学習」が多く行われていますが、体験が「経験」へと昇華するためには、内省のプロセスが不可欠というわけです。つまり、ただイベントに参加するだけではダメで、それがどう自分の生き方に関わるのかを問う時間や対話が重要になります。森有正の「経験と体験」という思索は「体験を経験に変える力」を私たちに問うています。

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