この人を見よー内村鑑三 その十三 シナ人とアイルランド人

「ジョン公」(John Chinaman)という呼称は、19世紀から20世紀初頭のアメリカで中国系移民に対して使われた蔑称です。この呼び名の由来や背景には、当時の人種差別的な風潮や文化的な無知や偏見が深く関連しています。なぜ「ジョン公」と呼ばれたのかです。アングロ・サクソン系(Anglo-Saxon)アメリカ人にとって、「John」はごく一般的な男性名で、無個性な「誰でもない人」を象徴する名、たとえば 「John Doe」のように使われます。「John Doe」とは、「本名が判らない」、「本名を出したくない」、「身元不明死体」など何らかの理由で男性を仮名で指すときの「呼び名」です。これを中国人にあてがうことで、彼らの個人性や固有の名前を無視し、ひとくくりにする意図がありました。

Anglo-Saxonの由来

 「公」という訳語の由来ですが、「公」は、英語の “Mister” にあたるような敬称風の言い回しですが、文脈によっては皮肉や揶揄を含んでいます。つまり「偉そうな顔をしているが、本当は蔑まれている」というニュアンスです。背景にある歴史的文脈では、19世紀後半、特にカリフォルニアなどの西部地域では、多くの中国人労働者が鉄道建設や鉱山労働に従事しました。彼らの勤勉さや低賃金労働が白人労働者の脅威と見なされ、反中感情が高まりました。この時期に風刺画や新聞などで「John Chinaman」が頻繁に登場し、しばしば吊り目、小柄、長い辮髪などのステレオタイプ的な描写とともに嘲笑されました。

 風刺とカリカチュア(caricature)における「ジョン公」は、風刺画や新聞で中国人労働者を象徴するキャラクターとして登場しました。カリカチュアとは、人物の顔や体の特徴を故意に歪めたり、誇張したりして描くことで、ユーモラスな印象や風刺的な意味合いを持たせる人物画です。滑稽や風刺の効果を狙って描かれるため、しばしば戯画、漫画、風刺画などと言われます。「ジョン公」という呼称は、アメリカ社会における中国系移民に対する差別意識や文化的ステレオタイプの象徴でした。

中国系移民の分布

 「ジョン公」についての逸話があります。若い日本人技師の一行がニューヨークに架かるブルックリン橋(Brooklyn Bridge)を視察に行った時の事です。橋脚の下に立って、吊鏈の一本一本の構造と張力とについて論じ合っていると、シルクハットをかぶり、眼鏡をかけた立派な身なりのアメリカ紳士が寄ってきました。そして「やあ、ジョン」と言いながら、日本科学者の中に割り込んできたのです。「シナからやってきた君たちは、こんなものを見ると、びっくり仰天するだろうな、ウン、、」。この無礼な問いに、日本人技師の一人がしっぺがえしを食らわせて言いました。「アイルランドからやってきたあなたもご同様でしょうよ」。すると紳士は怒って「ノー、とんでもない。わしはアイルランド人じゃない」と言ったのです。そこで「われわれだってシナ人じゃありません」と静かに答えたのです。これは見事な一撃でした。シルクハット氏は仏頂面をして立ち去ったそうです。彼はアイルランド人と呼ばれることを嫌っていたのです。

 アイルランド人、別名アイリッシュ(irish) はカトリック信徒です。新生アメリカでは、カトリックに対するに偏見や恐れが強く、アイリッシュは宗教的理由で差別されることが多かったのです。当時、主流の白人アメリカ人、特にアングロサクソン系は、アイリッシュを劣った民族、白人とは違う下等人種とみなしていました。彼ら移民は非常に貧しく教育水準も低かったため、すぐに安価な労働力として工場や建設現場などで働くようになります。こうして既存の白人労働者との競争が激化し、反感も買ったのです。新聞やポスターなどでアイリッシュが猿に似た姿や酒に溺れる乱暴者として描かれることも多かったといわれます。

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