Last Updated on 2025年5月8日 by 成田滋
リンダ・マクマホン(Linda McMahon) 連邦教育省長官は、2025年3月20日にトランプ大統領による法律が定める極限まで連邦教育省(U.S. Department of Education)を閉鎖し廃止することを命令する大統領令(executive order)を受け、i以下のような声明を発表しました。教育省を廃止とは、我が国でいえば、文部科学省の廃止ということです。このような大統領令は一体どのような背景があり、どのような影響をアメリカの教育に与えるかを考えることにします。
「本日の大統領令は、トランプ大統領による歴史的な措置であり、未来のアメリカの学生たちを解放し、彼らの成功のための機会を創出するものです。私たちは教育を本来あるべき場所である州に返還します。
「教育は基本的に州の責任です。連邦政府の煩雑な手続きを経ずに資源を選別するのではなく、州が主導権を握り、地域社会の学生、家族、そして教育者にとって最善のことを提唱し、実行できるよう支援します。教育省の閉鎖は、資金を必要とする人々への資金提供を停止することを意味するものではありません。私たちは、小中高生、特別なニーズを持つ生徒、大学に通う学生、そして不可欠なプログラムに依存している人々を支援し続けます。私たちは、議会を通じて合法かつ秩序ある移行を確実にするために働きかけ、法律を遵守し、責任を持って官僚主義を排除していきます。」
「大統領令により、私たちは親と州が子どもたちの教育を保障するという大きな一歩を踏み出します。教師は煩雑な規制や事務作業から解放され、基礎科目の指導に戻ることができます。納税者は、革新的な社会実験や時代遅れのプログラムに費やす数百億ドルもの無駄な費用に悩まされることがなくなります。小中高生と大学生は、行政上の負担による重荷から解放され、将来の夢であるキャリアで成功を収めることができるでしょう。」
マクマホン教育長官の声明を詳しく解説することにします。まず、教育省の廃止とは、膨大な財政赤字、つまり歳出の超過を解消しようという意図があります。膨大な軍事費ではなく教育予算の削減ということです。これまで教育省は、初等中等教育法(Elementary and Secondary Education Act : ESEA)「一人の落ちこぼれのない教育」(No Child Left Behind: NCLB)とか、全障害児教育法』(Individuals with Disabilities Education Act: IDEA)によって、6歳から21歳までのすべて障害へ無償の教育、及び給食の提供といった施策を講じ、州や自治体を支えてきました。補習教育や少数民族の子ども達への二言語教育の機会を保証、保護者の不服申し立ての保証、低所得家庭の子どもの教育保証、教師の専門性を高める施策も支援してきました。各州は、こうした連邦政府からの補助に大きく依存しているのです。」
共和党保守派は、教育は本来「州の責任」であり、連邦政府が統一的に管理すべきでないと考えています。連邦教育省の存在は、州や地方の教育方針に干渉しすぎているという見方です。次に、連邦教育省が大きな予算を持ちながら、「役に立たない官僚機構」によって教育成果への直接的な貢献が見えにくいという批判もします。トランプ政権は、チャータースクール(chater school) や公的資金で私立校通学を可能にするバウチャー(voucher) 制度を推進しており、民間主導・地方主導の教育制度を謳っています。各州は、初等中等教育法によって意欲的な教育内容と実績の目標水準を定めるとされています。そして教員資格、学力テストそして成果責任制(accountability)をそれぞれに設定することも規定されています。しかし、公立学校における教育の質に疑問を持つのがトランプ政権なのです。
問題点
教育政策の権限が州に大きく移ることによって、各州が独自にカリキュラム、学力テストの実施や到達目標などを定めるようになり、教育の質と内容に差が生まれる懸念があります。連邦教育省の低所得層・障害児・二言語学習者などへの支援がなくなれば、貧しい州と富める州との教育格差が広がる可能性があります。特に貧しい南部や少数民族の子どもの多い州や大都市では、連邦資金に依存する割合が高いのです。さらに、市民の学校選択が広がるとトランプ政権は主張します。実は貧しい世帯の保護者は、学校を選ぶ余裕がありません。富める人々の特権が学校選択です。
連邦教育省の完全な廃止は現実的に可能かどうかです。連邦レベルで教育に関連する法律や予算配分が多数存在しています。それらの法改正には議会の大幅な支持が必要となり、共和党と民主党の議会での角逐が予想されます。教育省の完全な閉鎖には設立者である合衆国議会の承認が不可欠なのです。その過程で教育の機会の均等や不公正に対してのトランプ政権への訴訟などが考えられます。こうした訴訟は、すでに別の投稿で述べたように、ハーヴァード大学などが先鞭を切っており、トランプ政権の屋台骨を揺るがすような全米的な運動となることが予想されます。
