Last Updated on 2025年5月6日 by 成田滋
連日のようにアメリカのケーブル・ニュースチャンネルでは、トランプの相互関税政策が報じられています。目立つのはその批判です。その中で私が注目する二人の人物を紹介します。一人は政治アナリスト・ジャーナリストであるローレンス・オドネル(Lawrence O’Donnell)、もう一人はコロンビア大学教授のジェフリー・サックス(Jeffrey D. Sachs)です。何故彼らが注目されているのは、トランプの相互関税政策への痛烈な批判が極めて論理的であることです。
NBCとマイクロソフトが共同で設立したMSNBCは、平日夜にオピニオン・ニュース番組を放送しています。「The Last Word with Lawrence O’Donnell」というものです。その名のとおり、アンカーを務めるのがローレンス・オドネルです。彼は1989年、ダニエル・モイニハン(Daniel P. Moynihan)上院議員の補佐官として政界入りし、上院財政委員会 (United States Senate Committee on Finance) における民主党側の長を務めます。彼は自らを「実践的なヨーロッパ社会主義者」と称しています。物腰の柔らかい言葉遣いをするテレビ・ジャーナリストとして知られています。
トランプが関税政策で攻撃の標的にしているのが中国です。中国がアメリカからの関税に対する報復措置を撤回しない場合、中国製品に対してさらに50%の追加関税を課すと脅迫しています。これが実施された場合、アメリカ企業が中国から特定の製品を輸入する際に最大104%の税金がかかるというものです。オドネルは、こうしたアメリカと中国の報復措置について次のようにコメントしています。すなわち、アメリカは中国から衣料やさまざまな生活用品を輸入しています。最大の消費月である11月の感謝祭、12月のクリスマス・シーズンは家族や友人への贈り物、子ども達への玩具の購入が増えます。しかし、追加関税によってこうした品が中国から輸入されない場合は、アメリカのサプライチェーンや小売業、そして消費者は大打撃を受けるというのです。
オドネルは、チャールズ・ディケンズ(Charles J. Dickens)の小説「クリスマスキャロル」(A Christmas Carol)を引用します。ケチで冷酷なスクルージ(Scrooge)が、クリスマスの夜に3人の幽霊に導かれ、過去・現在・未来のクリスマスを見せられることで改心する物語です。オドネルは、トランプを称して「関税のスクルージ」(Tariff scrooge) と名指して次のように言います。
‘Tariff scrooge’ Trump is already killing U.S. jobs and has the worst 100-day polling ever.
関税のスクルージであるトランプはアメリカ人の雇用を奪い、就任100日で過去の大統領に比べて最も支持率が低い。
オドネルはさらに次のように糾弾します。「トランプは関税はアメリカ消費者の価格上昇にはつながらないと主張し、密かに貿易協定を交渉している「ふり」をしている。それ故に「経済無知」という烙印を押されている。」
トランプの相互関税政策を鋭く批判するのが、ジェフリ・サックス(Jeffrey D. Sachs)という国際経済学者です。彼は、コロンビア大学地球研究所長(Earth Institute at Columbia University)として、気候変動や貧困問題といった地球規模の問題に積極的に発信し、29歳でハーヴァード大学の教授となり経済学の領域を超えてその知見は世界的に知られています。国際貿易論の分野で業績を上げ、ラテンアメリカ(Latin America)、東欧、ユーゴスラビア(Yugoslavia)、ロシア政府の経済顧問を歴任しています。特にボリビア(Bolivia)、ポーランド(Poland)、ロシアの経済危機への解決策のアドバイスや国際通貨基金(IMF)、世界銀行(World Bank)、経済協力開発機構(OECD)、世界保健機関(WHO)、国連開発計画等の国際機関を通じた貧困対策、債務削減、エイズ対策等への積極的な活動を行っています。
トランプは、貿易赤字は他国が何らかの形でアメリカを搾取していると主張しますが、サックスはこの見解は間違いで、アメリカの貿易赤字は、支出が所得を上回っているからであるというのです。言い換えれば、アメリカの総消費と投資は国民総生産(GNP)を上回っているというのです。なぜアメリカは所得を上回る支出をしているのかという問いに対して、サックスは、中国とは異なり、アメリカの貯蓄率が非常に低いからだと断定します。民間部門と公共部門の両方で貯蓄率が低く、その最も顕著な事実は、連邦政府が巨額の赤字を抱えていることだというのです。従って、貿易赤字についてのトランプの関税措置は、経済的主張によっては全く正当化されないと主張します。貿易赤字は、アメリカの巨額の財政赤字と低い民間貯蓄の結果であるにも関わらず、アメリカは自国の経済政策の失敗を他国のせいにしており、一方的な追加関税には根拠ががないと断定します。
サックスは、「トランプ政権の主張は議会で検討されることも、公の場で議論されることもない。これは大統領令(executive order)として発布されたものであり、多国間主義だけでなく合衆国憲法にも違反している」と明言します。合衆国憲法第1条第8項は、関税の権限を大統領ではなく、議会に明確に与えています。それ故に、このような一方的な関税賦課に対しては、その合法性を問う複数の裁判が行われています。今回の措置に経済的正当性を見出すことは困難であり、世界中の金融市場も同様で、金融市場はパニックに陥る懸念があります。とりわけアメリカと中国との関税措置に関する報復合戦は、世界経済へダメージを及ぼす懸念となっています。
ここで思い起こす史実は、1215年にイングランドで制定されたマグナ・カルタ (Magna Carta)です。別名大憲章と呼ばれ、人権思想の起源とされています。マグナ・カルタは国王の徴税権の制限、教会の自由、都市の自由、通商の自由、不当な逮捕の禁止を謳います。国王といえでも議会の議を経ずに課税は出来ない、と解釈されるようになり、法の支配と議会政治の原則が成立したところに意義があります。マグナ・カルタの精神はやがて、アメリカのイギリスからの独立を支えた思想的基盤となるのです。トランプは今や合衆国ではキングー国王と揶揄されています。あたかも絶対王政を敷いているかのような言動です。
