恭賀新禧 2026年

 「月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也」と芭蕉が『奥の細道』の冒頭で歌っています。ほとんどの人が高校時代に口ずさみました。Wikipediaで復習しますと「百代」とは永遠、「過客」とは旅人という意味だそうです。人に会うたびに、「本当に昨年はあっという間でしたね」という会話になります。時間は止まることがありません。そして今年は午年、偶然にも私の年です。亡き両親に感謝。

八王子市在住 原田朋栄氏作 (引用許諾済)

 大晦日の午後、駐車場脇に植えている花に水をやっていましたら、一階にお住まいの方から声をかけられました。ちょっとした立ち話をしていると、かつてシカゴで働いていたそうで、ウィスコンシン州のことも話題となりました。実は、私の3人の子どもと5人の孫はウィスコンシン州、マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、そしてモンタナ州に住んでいます。と言うわけで、私の一家は、日本を離れて各地に散らばる「ディアスポラ(Diaspora)」なのです。ディアスポラとは、古代ギリシア語で「離散」を意味するようです。世界史では、ユダヤ人が故郷を追われ離散した歴史、例えばバビロン捕囚などに由来すると言われます。

 今日、日系何々人と呼ばれる人々は、アメリカ、イギリス、カナダ、ブラジル、フリッピンなどで暮らしています。日系人初のアメリカ連邦議員となったダニエル・イノウエ氏とか2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏といった有名な人から、無数の名もなき人々まで、それぞれの地においてコミュニティを形成し、彼の地で貢献してきました。いわば現代のディアスポラです。

 マディソンで小中高の教育を受けた子どもはそのまま大学へ進み、今はアメリカ国籍を得て仕事をし家族を育てています。と言うわけで、我が家は堂々と「ディアスポラ」の一員と名乗ってよいと思われます。生前の父から私の家系を聞いたことがあります。元々は平家の落人で青森県の弘前付近に身を隠したようです。時代を経て両親は樺太へ移住し、戦後は北海道の美幌に引き揚げます。それから名寄、稚内、深川、旭川、札幌、下田と転々とし八王子で亡くなりました。「流浪の民」というわけです。私も血筋をひいているようで、埼玉から大学院に通い、それから琉球で幼児教育をやり、国際ロータリークラブなどから奨学金をもらいウィスコンシン州都のマディソンへ行きました。そこで学位を取得してからは横須賀と兵庫県の加東市で働きました。奇しくも両親と同じく八王子を終の住処としています。やがてこれから向かう処は決まっています(^0^)

マディソンで小中高の教育を受けた子どもはそのまま大学へ進み、今はアメリカ国籍を得て仕事をし家族を育てています。と言うわけで、我が家は堂々と「ディアスポラ」の一員と名乗ってよいと思われます。2026/01/02

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