チェコスロバキアの歴史 その四 ヴァーツラフ・ハヴェルとは

ヴァーツラフ・ハヴェルの著作の一つに「ハヴェル自伝ー抵抗の半生」があります。ハヴェルは首都プラハの名家実業家の息子として生まれます。「ヴァーツラフ」とはチェコの守護聖人である聖ヴァーツラフにちなむ伝統的な名前だといわれます。「より多くの栄光」や「花咲く栄光」という意味があるようで、政治家などでしばしば見受けられる名前といわています。

(LinkedInより引用)

 ハヴェルが世界的に知られている主な理由は、「反体制の知識人」から「民主化の象徴となる大統領」になった人物だからです。特に冷戦末期の東欧民主化の歴史の中で重要な役割を果たしました。具体的にそれを説明します。

 第一は、ハヴェルは共産主義体制に反対した「反体制知識人 (dissident)」であったことです。彼はもともと劇作家・エッセイストでした。当時のチェコスロバキアはソ連の影響下にある共産主義国家で、言論の自由が強く制限されていました。彼は体制を批判する文章を書き、民主主義や人権を訴えたのです。その活動の中で特に有名なのが、1977年の人権運動「憲章77」(Charter 77)への参加です。この運動は政府の人権侵害を批判したもので、ハヴェルはその中心人物でした。そのため何度も逮捕、投獄されていきます。

 第二は、ビロード革命(Velvet Revolution)の象徴的リーダーであったことです。1989年、東欧で共産主義体制が崩れていく中でチェコスロバキアでも民主化運動が起こります。これがビロード革命です。ハヴェルは民主化勢力の中心となり、ほぼ流血なしで共産政権が崩壊しました。

 第三は、反体制活動家から大統領になったことです。革命の直後、1989年にハヴェルはチェコスロバキアの大統領に選ばれます。さらに1993年、国が分離してチェコ共和国(Czech Republic) が誕生した後も、初代大統領として2003年まで務めました。つまり「政治犯から、革命の指導者、そして大統領」という極めて象徴的な人生を歩んだ人物です。

 第四は、世界的な思想家としての評価を受けていることです。ハヴェルは政治家であると同時に思想家・作家・劇作家としても知られています。特に有名な思想は前述してきた「力なき者たちの力」に示される道徳や市民社会を重視する政治思想で、民主主義運動の象徴的人物として世界中で尊敬されていきます。

綜合的な教育支援の広場

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です