チェコスロヴァキアの民主化革命の歴史における「憲章77(Charter 77)」とは、は自由を求める声が結晶となった非常に重要な市民運動のことです。劇作家であり、後に大統領となるヴァーツラフ・ハヴェルらが中心となって起草したこの宣言は、単なる政治的なスローガンではなく、「当たり前の権利を守れ」という切実な訴えでした。
この憲章のきっかけは「ロックバンドの逮捕」です。意外かもしれませんが、直接の引き金となったのは「プラスチック・ピープル・オブ・ザ・ユニバース(Plastic People of Universe)」というサイケデリック・ロックバンド(psychedelic rock band)の逮捕でした。彼らが体制にそぐわないという理由で投獄された際、ハヴェルは「これは音楽の問題ではなく、人間の自由全体への攻撃だ」と抗議し、異なる思想を持つ人々をまとめてこの憲章を起草しました。
憲章77の特徴と理念は次のようなことです。すなわち既存の権力を倒そうとする「革命組織」ではなく、あくまで非公式な市民フォーラム(Civic Forum)としてのスタンスを貫いたことです。武力ではなく、非暴力による対話と法律の遵守を求めました。さらに保守派からリベラル、元共産党員、宗教関係者まで、多様な層の人々の思想の垣根を超えて協力したことです。:ハヴェルらは「真実の中に生きる」という概念を提唱し、嘘で塗り固められた体制に対し、個人が誠実に生きることで対抗しようという姿勢を示したのです。
憲章77は、国家に人権条約の履行を求めることでした。共産党主導のチェコスロバキア政府は国際連合の欧州安全保障協力会議における人権文書、「ヘルシンキ宣言((Helsinki Declaration)」などに署名していました。しかし、国内の実態は言論の自由が厳しく制限された弾圧的なものでした。ハヴェルらは「政府が自ら署名した法律や国際条約を守れ」と、法的な正攻法で政権に迫ったのです。
憲章77では以下の自由が侵害されていると批判しています。すなわち、言論や出版の自由、思想や信仰の自由、芸術や文化活動の自由、教育や研究の自由などです。作家や芸術家、学者が検閲を受け、追放されているというのです。憲章77では法の支配の回復を訴えています。市民は不当に逮捕され、政治犯として拘束されていました。それに反対を表明しています。秘密警察による監視などを批判し、法律に基づく公正な扱いを要求しています。
憲章77では、市民による監視活動の重要性を訴えています。憲章77は政党でも運動組織でもなく、人権侵害を記録し公表すると宣言します。そして国際社会に人権侵害の実態を知らせるのです。そのために市民ネットワークとして活動すると宣言しました。憲章77は政府の転覆が目的ではないのです。権力を争う「政党」ではなく、あくまで個人の良心に基づく「緩やかな連帯」であることを強調しています。重要なのはここで、政治組織ではないことを明確にしていることです。政権を取ることを目指す運動でなく、法律と人権を守るよう要求する運動なのです。つまり「体制内の約束を守れ」という合法主義的批判でした。憲章77は組織ではなく、規約も恒久的な機関も、組織に縛られた会員制度も持たないのです。人々の自由で非公式かつ開かれた共同体であるというのです。
ハヴェルらは、市民的権利の遵守に対する責任に関しては、第一義的に政治と国家権力に責任があると主張します。それだけではなく、一般市民の状況に対しては、誰もがそれぞれの責任を負っていると国民に促すのです。そのようなあり方を「真実の中に生きる」と主張するのです。全く新しい要求をするのではなく、当時の政権が批准していた国際人権規約などを「守れ」と主張した点が戦略的に非常に強力でした。憲章77を作成した中心人物の一人であるハヴェルは、後にこの精神を「力なき者の力」として定義するのです。
この憲章に署名した人々が、1989年のビロード革命といわれる共産党体制崩壊において中心的な役割を果たすことになります。ハヴェルはこの運動のスポークスマンを務めたことで、何度も逮捕され、通算で約5年もの獄中生活を送ることになります。しかし、この運動が種となり、1989年のビロード革命でハヴェルは国民的な英雄として大統領に選出されることになります。



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