アメリカ合衆国建国と植民地時代の歴史 その108 白人至上主義者の秘密結社

Last Updated on 2025年3月26日 by 成田滋

議会による再建計画のもとで南部の諸州に設立された政府は、従来の決まり文句とは異なり、かなり誠実で効果的な行政を行いました。この時期は「黒人の再建」と呼ばれることもありましたが、南部の急進派政府は、アフリカ系アメリカ人に支配されることはありませんでした。黒人の知事はおらず、黒人の上院議員も2人、下院議員も数人しかおらず、黒人が支配する議会は1つしかありませんでした。アフリカ系アメリカ人が政権を握ったとしても、その能力や誠実さは白人と同様であったと思われました。

 このような急進派の政府は確実に資金を必要としましたが、戦後の復興や、ほとんどの南部の州でたとえば公立学校の設置のために、多額の州による支出が必要だったのです。汚職はいろいろありました。例えば、1871年のニューヨーク行政を破綻させたツイード・リング(Tweed Ring)といった職員の汚職グループが摘発されました。リング(William Tweed)という役人が首謀した汚職です。しかし、実際に起こったスキャンダルから言えることは、共和党員が民主党員よりも酷いとか、黒人が白人よりも罪深いということといったことではありませんでした。

 アパラチア山岳地帯の南部白人の一部と豊かな低地の農場主は、新政府においてアフリカ系アメリカ人とその北部生まれの「カーペットバガー」(carpetbagger)と呼ばれた政治に関心のある者に協力することを望んでいました。そのような人々は「スカラウグ」(scalawags)といわれ、ヤクザ者扱いを受けていました。

 南部白人の大部分は、アフリカ系アメリカ人の政治、市民、社会の平等に猛烈に反対し続けました。彼らの敵意は、いわゆる「高慢な黒人」を罰し、彼らの協力者である白人を南部から追い出そうとするクー・クラックス・クラン(Ku Klux Klan)のようなテロ組織を通じて見られることがありました。民主党は、南部で徐々に勢力を回復し、北部が急進派政権の支援に疲弊し、南部から連邦軍を撤退させるときを待っていたのです。

 表面的には,黒人も白人と平等の地位を得たようにみえます。しかし、クー・クラックス・クラン(KKK)という白人至上主義者の秘密結社は、黒人に対するリンチを数多く引き起こします。白いガウンと覆面を着け、十字架を燃やして有色人種を脅迫する儀式は知られました。

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