Last Updated on 2025年6月28日 by 成田滋
キンゼイ報告(Kinsey Reports)とは、アメリカの動物学者で性科学者であるアルフレッド・キンゼイ博士(Alfred Kinsey)とその研究チームによって、1940~50年代に発表された、アメリカ人の性的行動に関する科学的調査報告書のことです。この報告は二つあって、1948年の「Sexual Behavior in the Human Male『男性における性行動』」、そして1953年の「Sexual Behavior in the Human Female『女性における性行動』」です。
キンゼイ報告は、一般には性科学の歴史において重要な一里塚ーマイルストーン(mile stone) の一つといわれます。ですがその信憑性については学術的にも議論が分かれています。以下に、その信憑性について評価する際の主なポイントを整理して説明します。
信憑性があるとされる理由は、大規模なデータが収集されたことです。キンゼイ博士とそのチームは、6,000人以上の女性に対して詳細な性的行動に関するインタビューを行いました。当時としては非常に大規模かつ系統的な研究といわれました。次に、学問的な先駆性ということが注目されました。当時タブー視されていた女性の性的行動に科学的関心を向け、公にした点は画期的で、その後のジェンダー(gender)やフェミニズム(feminism)の研究、性科学の発展に寄与したといわれます。さらにキンゼイ報告は、道徳や宗教的価値判断を排し、観察された「行動」に基づいて記述されており、それまでの性に関する記録よりも科学的な姿勢を保っていました。データの分析ではいわゆる行動主義的アプローチをとったことです。
しかし、キンゼイ報告は多くの批判や信頼性に疑問が呈されました。第一の批判は標本抽出(サンプリング)の偏りです。キンゼイは「無作為抽出」を十分に行っていなかったと批判されています。例えば、性的にリベラルな人と呼ばれるセックスワーカー、大学生、受刑者などを多く含んでいたため、全米女性の平均的な行動を正確に反映していないという指摘です。第二の批判は、インタビュー手法の問題です。データ収集が主にキンゼイ自身によって行われたため、被験者が答えを誇張したり抑制する「社会的望ましさのバイアス」(social desirability bias) が生じた可能性があることです。第三の批判は、倫理的な問題です。一部の情報源では、未成年者や性的逸脱行動を記録する際に、同意や倫理的配慮が不十分だったといわれます。
キンゼイ報告の女性版は、「科学的信頼性というより、社会的・文化的意識改革の観点から重要な文書」と評価されそうです。完全に信頼できる統計的記述とは言い難い部分があり、現代的な意味での「厳密な科学的研究」としては限界があったのですが、それまで無視し抑圧されてきた女性の性的実態に光を当てた先駆的研究としては意義があるといわれました。
世論調査やインタビュー調査というのは、偏りの原因に対する不断の戦いということです。この戦いには勝利がないこと、終わることのない難しい戦いです。「日本人の65%が消費増税に反対している」といった報道に対して、その65%と言うのは、日本人のどのような年齢、性別、職業の人なのか、といった疑問を絶えず抱きながら読むべきなのです。
