Last Updated on 2025年7月15日 by 成田滋
トランプ大統領は7月7日に、日本を含む14カ国に対する書簡で新たな関税率を通知しました。彼は、4月に導入を発表した相互関税のうち上乗せ分の停止期限を7月9日から8月11日へ延期する大統領令にも署名しました。本稿では、日本とアメリカは、相互関税交渉を通してどのような情報合戦をしてきたかを考えていきます。
日本は経済再生担当大臣を何度もアメリカに派遣し、閣僚交渉を重ねるなどして解決の糸口を探ってきました。この担当大臣が、「トランプ大統領が私に会ってくださったことは大変ありがたい。自分は格下も格下。出てきて直接話をしてくださったことは、本当に感謝している」など、おかしくへりくだっていました。このようなペコペコした姿勢では外交交渉はできません。東京にあるアメリカ大使館は、日本政府の対米交渉の情報を逐次暗号化してワシントンに送っていたはずです。日本政府の対応はほとんど筒抜けとなっていたようです。日本は主に貿易拡大や非関税措置の見直し、経済安全保障での協力に加え、アメリカの自動車産業への貢献度に応じて自動車の関税率を引き下げる仕組みの提案もしてきました。
貿易赤字の削減を求めるアメリカ側との隔たりは埋まらず、日本側が一つの節目と位置づけた6月のG7サミットです。石破総理大臣がトランプ大統領と首脳会談を行ったものの合意には至りませんでした。この時点で交渉は終わったといっても過言ではなかったのです。にも関わらず、づるづると閣僚間の交渉は続きましたが、終盤には財務長官や商務長官とも会えず、電話でのやりとりという惨めな交渉となりました。大臣折衝は完全にスルーされました。結局、関税率は4月時点の計24%から計25%に引き上げられました。アメリカに輸入される自動車には25%、鉄鋼・アルミニウム製品には50%の追加関税が既に課されています。
アメリカ大使館の情報部員らは、仮に「相互関税」の関税率が35%に引き上げられた場合、自動車関税なども含めたアメリカの関税措置全体で日本のGDP=国内総生産は1年程度で1.1%押し下げられると試算していたようです。関税が30%に引き上げられた場合でも日本のGDPは0.97%押し下げられるという野村総合研究所の情報を得ていたようです。
現在、円安の状態が続き、輸出産業は大いに潤っています。アメリカはこの状態を苦々しく思っているはずです。そこで日本は、こうした為替相場の状態からドル建ての輸出入貿易を提案するなどして、アメリカの攻勢に対応できたはずです。さらに日本が保有する多額のドル建国債(米国債)を売りに出すことを示唆することで、アメリカを揺さぶることもできたはずです。現在日本は、1.13兆ドルの米国債を有し、日本は最大の外国保有者となっています。米国債は、高い流動性を持ち、3.6%という円建て債券よりも高い金利を享受できる可能性があるのです。 アメリカは、日本政府がそのような交渉カードを使わないという情報を得ていたに違いありません。
関税交渉にあたり、アメリカは各国に先立ち日本を最初の交渉国に選びました。日本との協議が最優先だ、というトランプの発言には、日本が欧州連合(EU)や経済協力開発機構(OECD)との協議をさせないという戦術があったに違いありません。日本は、その戦術にまんまと乗ってしまい、タフな交渉を強いられたのです。「日本としては譲歩せず、関税の撤回を求め続けるべきだ」という世論はありますが、関税の撤回を迫る米国債売りという脅しでも、在日米軍の駐留経費の話題も出すべきだったのです。初めから日本が譲歩する気がないことを知ってディール(取引)をしようとしていたのがトランプです。
アメリカの通商代表部(USTR)と日本の経済産業省などがやりとりする際には、外交ルート専用のDIPLO通話線と呼ばれる暗号通信回線を使っています。各国の大使館間では、エンドツーエンド(end-to-end)で暗号化された通信が行われています。いわゆる「電信暗号文」です。具体的には、メッセージは送信者のデバイスで暗号化され、受信者のデバイスでのみ復号化されます。このため、途中のサーバーや他の誰もメッセージの内容を見ることができません。
外交上の隠語と言われる「暗号的表現」もいろいろあります。実際の交渉では、直接的な表現を避けるために「婉曲表現」とか「建前の言葉」を使います。これも一種の「外交暗号」なのです。
表現 実際の意味
「前向きに検討する」—–> 実際には反対または拒否する可能性が高い
「柔軟に対応する」——–> 一部譲歩はするが、根本的には妥協しない
「相互利益の観点から」—–> 自国の利益を最大限に守りたい
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