憲法改正論議を考える その二 「イデア」とは

 2024年5月3日の憲法記念日に東京新聞が、社説で憲法改正論議について「洞窟の比喩」の話題を引用していました。「洞窟の比喩」とはプラトン(Platon)の著した「国家」第7巻に登場します。この著作は全10巻で構成され、紀元前430年から紀元前421年頃のプラトン中期の作品であるといわれます。

プラトン

 「国家」はプラトンの政治哲学、神学、存在論、認識論を代表する著作の1つとされ、善的・神的・宇宙的な自然の秩序を、小宇宙としての人間の魂、その集合体としての国家やその秩序を司る法にまで言及し、国制・政体論、正義論、哲学者・哲人統治論などを浸透させようとする内容です。

 プラトンの「国家」はアテネ(Athens)の富裕居留民であったケパロス(Cephalos)という人物や、プラトンの次兄であるグラウコン(Glaucon)との会話が記述され、いわば対話篇として構成されています。対話篇に出てくる人物は、プラトンが創設した「アカデメイア(Academia)」で学ぶ者です。この対話で提起される話題は、一体正義が何なのかという問題から始まります。対話の終局では、正義や善のイデア(Idea)と称される考えによって、哲人統治者なる存在が必要であると主張するのです。

 この哲人統治者とか哲人王にとって不可欠なものとして、「善のイデア」に到達するための数学諸学科と弁証術の習得という教育の理念が論じられます。そこで養われた知の徳性(知性)を頂点とする「善き政体」の獲得、確立、守護、保全という観点からの正義が人間を幸福にするものだとプラトンは主張するのです。

プラトンが「国家」で語るイデアとは、目に見える個々のものの背後にある「永遠不変の本質・真の実在」であり、私たちが普段見ているもの、例えば人・木・机・行為などは、すべて変化し、不完全であるという前提をたてます。すべて変化する例として、「美しい花は枯れる」、「正しい行為も状況によって揺らぐ」、「円を描いても完全な円にはならない」を挙げます。ですが、それでも人間は「美」、「正義」、「完全な円」という基準を知っていると主張します。この「完全な基準」こそがイデアであるというのです。イデアとは、永遠で変化しない、感覚ではなく理性でのみ把握できる、本当に「ある」と言えるものと規定します。

哲人統治者とはどのような教育によって生まれるか、そしていかにしてその者が「善のイデア」に到達するかをプラトンは「洞窟の比喩」によって説明するのです。次稿では「洞窟の比喩」の内容を紹介します。

参考:
・国家 プラトン著 藤沢令夫訳 岩波書店 2002年
・プラトン 斉藤忍随著 講談社 1997年

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