合成の誤謬とは

 「私はラーメンが好きで、刺身を食べるのも好きだから、ラーメンに刺身を加えて食べるのも好きに決まっている」といった推論は成立するでしょうか。この話では食べ物同士という要素間の相性を無視しています。別の例ですが、会社が同時にリストラや賃金カットなどの費用削減をして利益を上げても経済全体が縮小し、さらに会社の業績が悪化することが往々にして起こるといわれます。

 このように全体の一部の事実を全体の事実であると推論すると非形式的な誤り、誤謬が生まれるということです。「木を見て森を見ず」という状態への警鐘があります。経済活動では、ミクロ(個別)では正しく合理的とされる行動が、マクロ(全体)で見ると逆効果になり、望まない結果を招いてしまうことです。

John Maynard Keynes

 今の日本はコスト・プッシュ型のインフレであるといわれます。原材料費や人件費などの生産コストが上昇し、企業がそのコスト増を製品やサービスの価格に転嫁する状態です。実際、これまで100円だった多くの商品が120円や150円に値上がりしています。つまり100円という貨幣の価値が下がっているのです。そこで、買い物を控えて貯蓄に回そうと考えます。不況時に個人が節約すると、全体の消費が落ち込み、かえって景気を悪化させ、所得が減って貯蓄を取り崩す羽目になる状況も生まれかねません。これが貯蓄の逆説のようなことで、自分だけ貯蓄するのは合理的ですが、全員がそうすると消費が減り、景気が悪化し、結果的に全体の貯蓄額が減るという現象が生まれるのです。

 公共政策を考えると、歳出削減という財政引き締めを国も地方自治体が主張したとしますと、国全体で見ると経済が縮小し、所得税や法人性などの税収が減る可能性があります。このようにミクロの最適化がマクロの全体最適に繋がらないことを示します。この考えを「合成の誤謬(Fallacy of composition)」と主張したのが、イギリスの ジョン・ケインズ(John Maynard Keynes)という経済学者です。彼は、この合成の誤謬を踏まえ、不況時には政府が支出を増やして消費の落ち込みを補うべきだと主張するのです。「鷹の目」という大局観で全体を俯瞰し、個別の行動が社会の全体に与える影響を考慮することの重要性を説いているように思えます。 この概念は、経済だけでなく、システム開発や組織運営など多くの分野で応用される考えです。

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