Last Updated on 2025年4月16日 by 成田滋
トランプ政権の相互関税政策の影響は海外だけではありません。アメリカの大学へも深刻な打撃を与えようとしています。世界で最も優れた大学の一つ、ハーヴァード大学(Harvard University)もその影響を受けています。ハーヴァード大学の学生数は22,000名、そのうち大学院生は15,200名という一大研究中心の大学です。これまでのノーベル受賞者数は160名、大学が有する基金(endowment)はなんと370億ドル(5兆2,890億円)で全米第一となっています。ちなみにWikipediaによりますと日本で最も基金を有するのは慶應義塾大学で780億円です。この違いが日米の差異を顕著に示しています。
トランプ政権は、これまでガザ(Gaza Strip)紛争に関連する学生抗議活動へのハーヴァード大学の対応を批判してきました。トランプ大統領は、 ハーヴァード大学がキャンパス内のユダヤ人学生を反ユダヤ主義的な差別や嫌がらせから適切に保護していなかったとして、1964年公民権法第6条(Title VI of the Civil Rights Act) に違反していると非難しています。
これに対してハーヴァード大学のガーバー学長(Alan M. Garber) は2025年4月14日、トランプ政権との補助金を巡る交渉で、学生や教員の「反ユダヤ主義的な活動」(antisemitism movement) の取り締まり強化などを求めた政権側の要求を拒否すると明らかにしました。トランプ大統領は、政権が推進する方針に従わない教育機関への補助金を打ち切る姿勢を示しています。 ハーヴァード大学は政権と真正面からぶつかる初めてのケースとなっています。
パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip, Palestinian Territories)での戦争を巡り、トランプ大統領は「反ユダヤ主義」から学生を守らない大学への補助金打ち切りを明言し、ハーヴァード大を含む多数の大学に対策を講じなければ強制措置を取ると警告しました。2024年に全米に広がったガザ反戦デモの発信地となったコロンビア大学(Columbia University) は、4億ドル (573億円)相当の補助金や契約を凍結された後に政権の要求を受け入れ、パレスチナを含む中東研究のカリキュラム見直しや抗議活動の取り締まり強化を約束しました。背に腹はかえられないと考えたのでしょう。
トランプ政権が推し進める改革は「法から乖離している。大学は独立性を放棄することも、憲法上の権利を放棄することもない」とガーバー学長は強調しています。 そしてハーヴァード大学は月曜日、トランプ政権による90億ドル (1兆2,888億円) の研究資金供与を脅かす要求を拒否し、政府が推し進める改革は政府の法的権限を超えており、大学の独立性と憲法上の権利の両方を侵害していると主張しました。
ガーバー学長はさらに「どの政党が政権を握っているかに関わらず、いかなる政府も私立大学が何を教育できるか、誰を入学・採用できるか、そしてどのような研究分野や調査研究を追求できるかを指示すべきではない」と付け加えています。
ガーバー学長のメッセージは、トランプ政権が送付した書簡への抗議です。書簡には、 ハーヴァード大学が連邦政府との資金提供関係を維持するために満たさなければならない要求が含まれていました。これらの要求には、学術プログラムや学部の監査、学生、教職員の視点、大学のガバナンス構造と採用慣行の見直しなどが含まれています。
政府が審査している90億ドル(1兆2,888億円) には、 ハーヴァード大学への研究支援2億5,600万ドル (371億4,552円)に加え、大学およびマサチューセッツ総合病院(Mass General Hospital)、ダナ・ファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)、ボストン小児病院(Boston Children’s. Late Monday)など、複数の著名な病院への将来の拠出金87億ドル (1兆2,428億円)が含まれています。トランプ政権は月曜日遅く、 ハーヴァード大学への22億ドル(3,142億円)の助成金と6,000万ドル (85億7,780万円)の契約を凍結すると発表しました。
ガーバー学長は、 ハーヴァード大学が反ユダヤ主義との闘いに引き続き尽力していることを強調し、過去15ヶ月間に実施された一連のキャンパス対策についても詳細を説明しています。さらに、人種を考慮した入学選考を廃止した最高裁判決(Supreme Court decision) を大学は遵守し、 ハーヴァード大学における知的・視点の多様性を高める取り組みを行ってきたと述べてきました。
反ユダヤ主義との闘いにおける大学の目標は、「法律に縛られない権力の行使は、 ハーヴァード大学の教育と学習を統制し、運営方法を指示することはできない」とガーバー学長は述べています。さらに「我々は欠点に対処し、我々はコミットメントを果たし、価値観を体現するという仕事は、我々がコミュニティとして定義し、取り組むべきものである」と反論するのです。
ハーヴァード大学は、ここ数週間でトランプ政権が標的とした数10校の一つに過ぎません。先月、教育省はコロンビア大学、ノースウェスタン大学(Northwestern University)、ミシガン大学(University of Michigan)、タフツ大学(Tufts University)を含む60の大学に対し、1964年公民権法の差別禁止条項に違反したとして強制措置を取ると警告する書簡を送付しました。さらに、政権は複数の機関の研究資金を凍結するという措置も講じました。
大学、連邦政府、民間企業の間で強固な研究・イノベーション・パートナーシップ(innovation partnerships) が築かれたのは、第二次世界大戦の時代まで遡ります。全国の学校で実施された政府支援の研究は、数え切れないほどの発見、機器、治療法、そして現代社会の形成に貢献してきました。コンピュータ、ロボット工学、人工知能、ワクチン、そして深刻な病気の治療法はすべて、政府資金による研究から生まれ、研究所や図書館から産業界へと波及し、新たな製品、企業、そして雇用を生み出してきました。
20253月に医学研究機関(United for Medical Research)が発表した報告書によると、生物医学研究へのアメリカ最大の資金提供機関である国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)が資金提供する研究費1ドルごとに、2.56ドルの経済活動が創出されていると発表しています。報告書によると、NIHは2024年だけで369億ドル (5兆2,695億円)の研究助成金を交付し、945億ドル (13兆4,898億円)の経済活動を生み出し、40万8,000人の雇用を支えているとも伝えています。
2025年4月7日のインタビューで、デューク大学(Duke University) 経営学准教授で、アメリカ政府と高等教育機関の数十年にわたるパートナーシップに関するワーキングペーパーの共著者でもあるダニエル・グロス(Daniel P. Gross)准教授は、大学からの研究資金の撤退はアメリカのイノベーションにとって「壊滅的打撃」だと述べています。デューク大学に移る前は ハーヴァード・ビジネス・スクールで教鞭をとっていたグロス氏は、「大学は現代のアメリカのイノベーションシステムに不可欠な要素であり、大学なしでアメリカは成り立たない」と述べています。
ハーヴァード大学医学部( Harvard Medical School)のジョージ・デイリー(George Q. Daley)学部長は、バイオ医学は長きにわたり連邦政府との強力なパートナーシップに依存しており、そのパートナーシップはアメリカ国民の命を救う進歩という形で実を結んできたと述べました。デイリー学部長は今月、同医学部のジョエル・ハベナー(Joel Habener)教授が、糖尿病治療薬や抗肥満薬の開発につながったGLP-1に関する研究でブレイクスルー賞(Breakthrough Prize)を受賞したことを指摘しました。デイリー学部長はまた、心血管疾患、がん免疫療法、その他多くの疾患における革新的な研究にも言及し、連邦政府の補助金の重要性を指摘しています。
「70年にわたるパートナーシップを振り返ると、政府の投資は見事に成果を上げてきた」とデイリー学部長は述べます。「 ハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、そして数々の優れた病院がベンチャーキャピタル投資を引きつけ、今や製薬研究インフラが地域社会にもたらされています。これらはすべて、アメリカのバイオサイエンスの至宝です。」
中国との競争が激化する現代において、バイオサイエンス(bio science)への脅威はさらに大きな問題となっているとデイリー学部長は付け加えます。「研究費の削減は自滅的で、経済、そしてバイオテクノロジーと医薬品分野におけるアメリカのリーダーシップにとって有害だ」とデイリー学部長は述べています。「研究費のカットは、アメリカのリーダーシップの本質を脅かすような、そして最終的にはバイオテクノロジーに巨額の投資を行っている中国のような国々との経済競争力を脅かすような形で、鉄槌が下されたように感じる」とも述べています。
ガーバー学長は地域社会へのメッセージの中で、大学の研究が科学と医学の進歩に貢献していることを強調するとともに、独立した思考と学問の重要性を次のように強調しています。
「思考と探究の自由、そしてそれを尊重し保護するという政府の長年のコミットメントにより、大学は自由な社会、そして世界中の人々のより健康で豊かな生活に不可欠な形で貢献することができました。私たち全員が、その自由を守ることに責任を負っているのです。」
私の印象ですが、 ハーヴァード大学などへの研究費補助の凍結という方針は、明らかに間違いであると考えます。科学研究は膨大な費用と時間と人的な資源を要する分野です。アメリカがこのような政策を続けるとすれば、世界的な競争の時代に遅れをとるばかりでなく、人類の発展にもマイナスになるはずです。
アメリカは何十年もの間、モノづくりよりも高付加価値のソフトウエア開発にシフトしてきました。これも多くの大学機関における科学研究の果実です。ただ、多くの識者は、来年秋の中間選挙をにらみながら、トランプ関税をはじめとする通商政策の不透明感を懸念し、トランプ政権の持続性や一貫性に疑問を持っています。ハーヴァード大学の学長のコメントからうかがえることは、トランプ政権の大学への介入や研究費補助の凍結はしばらくの辛抱であると考えているふしがあることです。
参考: https://news.harvard.edu/gazette/
