ドイツ語の旅 その2 ドイツ語の影響

Last Updated on 2025年5月16日 by 成田滋

戦前の日本の教育におけるドイツ語の位置について触れます。明治時代から昭和時代前期にかけてあったのが旧制高校です。帝国大学を中心とする官公立の旧制大学への進学のため、男子のみに対して行われた予備教育です。旧制高校の卒業証書さえあれば、専攻を選ばない限り、どこかの帝国大学に無試験で入学できました。それ故に旧制高校に入学した段階で社会的に羨望の的となりました。

旧制第一高等学校本館(東京大学教養学部)

 高等科のカリキュラムを調べてみます。高等科は、文科と理科に大別され、履修する第一外国語により、文科甲類(英語)、文科乙類(ドイツ語)、理科甲類(英語)、理科乙類(ドイツ語)として語学を学んでいました。フランス語を第1外国語とする学校は少なかったようです。3カ年の終業期間における授業時間数をみますと、文科、理科とも圧倒的にドイツ語の時間が多かったことが分かっています。我が国はドイツとの結びつきが強かったことがその理由です。

旧制第三高等学校正門(京都大学)

 このように旧制高校のカリキュラムに反映されるように、日本ではドイツ語教育に「思い入れ」が強かったことが分かります。近代日本は、帝政ドイツ、ヴァイマル共和政(Weimarer Republik)を通じて、ドイツから様々な影響を受けてきたことがあげられます。人と文明の流入です。明治政府や西洋医学を輸入する際に多数のドイツ人教師を招きました。当然ながら、多くの医学用語がドイツ語となり、例えば診察記録と呼ばれるカルテ(Karte)はすべてドイツ語で書かれました。クランケ(Kranke)、カテーテル(Katheter)、ギプス(Gips)、チアノーゼ(Zyanose)、レントゲン(Röntgen)など、日本の医学用語にはドイツ語を語源とする外来語がたくさんあります。

 物理学や化学用語としては、エネルギー(Energie)やアレルギー(Allergie)、登山や山岳用語ではピッケル(Eispickel)、リュックサック(Rucksack)、ザイル(Seil)、シュラフ(Schlafsack)、ヒュッテ(Hütte)、ゼッケン(Decken)などが今も盛んに使われています。軍隊用語としては、カンプ(Kamp)、タクティーク(Taktik)、シュトラテギー(Strategie)、マイスター(Meister)など多士済々です。

 政治や社会運動に関係する用語にもドイツ語に由来するものが多くあります。結束という意味のブント(Bund)、ケルン: 核(Kern)、ゲバルト: 暴力(Gewalt)、フューラー: 総統(Führer)など)。これは当時の日本の左翼思想に影響を与えたマルクス主義のマルクス(Karl Marx)やエンゲルス(Friedrich Engels)の原著の影響だと思われます。ヒトラー(Adolf Hitler)の「我が闘争」(Mein Kampf)という本は、ドイツ語のタイトルで知られるようになりました。

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