チェコスロバキアの民主化革命は、1989年に起こった「ビロード革命(Velvet Revolution)」と呼ばれています。その理由は、ほとんど暴力や流血がなく、非常に穏やかに政権交代が起こったためです。ビロードとは、やわらかく滑らかな布のことです。この革命では軍や警察との大規模な武力衝突がほぼ起こらなく短期間で政権が崩壊し、大量の死者が出なかったという特徴がありました。そのため、「柔らかく、滑らかに進んだ革命」という比喩で「ビロード革命」と呼ばれるようになりました。
この革命は1989年11月、首都のプラハで学生デモが始まりました。その後数十万人規模の市民がデモ、労働者のゼネスト、共産党政権の支持崩壊が急速に進みます。最終的に共産党は権力を放棄し、反体制派の中心人物だったハヴェルが大統領に選出されました。
1950年代から1989年にかけて東欧各地で体制を築いていた共産主義国家が崩壊していった年です。1956年のハンガリー動乱、1989年のブルガリアなどでの東欧革命、1989年のルーマニアなどでの革命です。すべて密告、逮捕、投獄、拷問、処刑が行われました。ちなみにルーマニアにおける革命では、死者の総数は1,142人、負傷者は3,138人、殉教者748人以上と報道されています。それに対してチェコスロバキアでは、ほぼ平和的な政権交代だったため、「ビロード革命」という象徴的な名前がつきました。ちなみにもう一つ面白い点があります。1993年にチェコスロバキアが平和的に分裂した出来事はビロード離婚(Velvet Divorce)と呼ばれます。こちらも「ビロード」という言葉が使われており、平和的な政治変化の象徴語になっています。



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